736 華麗なる挑戦
俺です。
超ビックリした。
野暮用があってハデス神を呼び出したらラスボスみたいな姿で出てくるんですけど。
第二形態かと思った。
ついに神らしく地上を滅ぼすことにでもしたのかと思いきや、単にこないだあった『ゴッド・フィギュア』祭りの影響を受けただけだった。
アレを覗いていたのか……!?
たしかにあのカンブリア爆発かのごとき様々な異形ハデス像を見たら困惑もするよなと思った。
でもあれはけっしてハデス神にああいう姿になってほしいという願いを捧げたんではなくて、機能性と戦略性の追求の結果なので、何とも真に受けないでほしい。
ハデス神は、そのままのハデス神であっていいんだよ?
翼はあってもいいかもしれないけれど。
そのビームライフルは持っててもいいと思うけど。
今度、ハデス神のフォーマルモードに似合いそうな『ゴッド・フィギュア』を拵えてみるとするか。
バトルだけがフィギュアの楽しみではないからな。
* * *
そうして今回からまったく別のお話となっていく。
唐突だがプラティは農場の中に自分専用の薬草園を持っている。
俺の妻にして農場ナンバーツー管理者である彼女だからある程度の自由は利くし、超一流の魔法薬使いでもあるので一定の薬をストックしておかねばならない。
必要な薬草をいつでも利用できるように薬草園を持っておくことはいわば魔女の嗜みでもあった。
なんでも百種類以上に及ぶ薬草が植えてあるそうで、俺もちょっと体調が悪くなった時……体がだるく鳴ったり、二日酔いになった時……プラティに頼んで薬草を煎じてもらったりしている。
何か機会のあるごとにプラティは新しい薬草を追加して、年月の経つごとに薬草園は種類豊富となっている。
一体どれだけ増やすんだろうなあ? と傍目に思っていたのだがどうやら彼女には、あえて薬草の種類を増やす目的があったようだ。
そのことをある日打ち明けられた。
「これだけ薬草の種類が豊富となれば、そろそろ間に合いそうねえ……!」
「え? 何?」
「アタシの野望の第一歩が、ついに踏み出されたということよ!」
プラティが野望とか言い出すとただひたすらに物騒ではあった。
だって、あのプラティだし。
ともすれば気紛れに世界征服でもやりそうな女。俺と結婚してなければきっとしていたであろう彼女が身を固めて落ち着いたのは、世界にとっての幸運か?
しかし、俺と一緒になって二児を儲けた今になって、大いなる野望が動きだす?
「今、アタシの薬草園には六六六種の薬草が植えてあるわ」
「そんなにたくさん?」
思ったよりたくさんあった。
「それらを総動員すれば、アタシの長年の夢が叶うことでしょう。ずっと想い焦がれていたわ、その伝説を耳にした時から……!」
プラティほどの女性がそんなに長いこと想い焦がれていた伝説って何?
聞くからに壮大な感じがプンプンしてきたけど大丈夫? その願いを叶えるために世界の命運が左右されたりしない?
「カレーよ!」
「は?」
「カレーを作るわよ!!」
唐突に話が飛んだように思えたのは俺だけだろうか?
「プラティがもう何年も想い続けてきた伝説の話とかじゃなかったっけ?」
「だからその伝説のカレーよ!」
「カレーが伝説なの!?」
衝撃、カレーはレジェンド。
そもそもカレーって日常の代名詞のような感じだったんだけど、いつからそんな伝説になるほど大層なものになったっけ?
ここに来てからか。
俺の元いた世界ではカレーなんて、それこそ毎日のメニューの一つでしかなかったけれど異世界に渡ってから一回も食べてなかった。
何故かって作り方がわからなかったからだ。
カレーの作り方。
カレールーを入れます。
そのカレールーがない。
だからまずはカレールーから作らんとだけれども、その素材も製造法もわからんので作りようがない。よってカレーそのものを作り出すことも叶わない。
そこで残念なことながらカレーは、こちらの世界では食することもできない幻のメニューとして伝説に語り継がれることになった……。
「そのカレーの存在を何故プラティが知っているの?」
存在しないものを知ることはできない。
ではどうやって?
プラティはアカシックレコードを閲覧する能力でも獲得した?
「何言ってるの、旦那様が教えてくれたんじゃない」
「え? 俺?」
「いつだったか異世界にカレーなる世にも美味しい料理があると。しかしそれを作るには、こっちの世界に存在しない食材が必要になるから結局調理はできないって……」
なんとアカシックレコードは俺だった。
不用意に異世界の知識を振り撒いている。
「人間、食べられないと言われると余計に食べたくなるものなのよ……! それで旦那様から聞き出したヒントを頼りに着々と準備を進めてきたの……!」
「ヒント?」
「カレーの材料は薬草なんでしょう?」
薬草というかスパイスだけどね。
しかしスパイスは大元としては植物だし、特別な風味をもった植物の葉なり根なりのことをスパイスって言うんだから、まあ間違いじゃあるまい。
異世界からの知識はあっても、所詮すべてのことを知っているわけでもない俺。
だからカレーは美味いということを知っていても、カレーをどうやって作るかまでは知識になかった。
いや、カレールーを入れればいいということは知っている。
しかしカレールーを一から作るにはどうすればいいか、知らん。
というわけで俺の知識的にそこで終わりになるんだけども、辛うじてカレーはスパイスから作るということは知っていた。
インドの本格的なヤツ。
ただそれは本かネットからの聞きかじり知識なのでそこまで具体的なことは知らず、かつてプラティに苦し紛れに教えた記憶があった。
だってあまりにも食い下がってくるものだから。
あの頃からカレーが食べたくて仕方なかったのかプラティ……!?
「まさか、そんなに多くの薬草を育てたのって……!?」
「これだけ多くの種類を用意したら、きっとその中にカレーの材料になるものが含まれているでしょう? それを突き止めて、この世界でカレーを創造するのよ!」
なんという執念。
そんなに長い時間と手間暇をかけてカレーを作り出そうとするとは、これこそ人魚界一の天才といわしめたプラティの行動力なのかッ!?
「これから薬草園の薬草を材料に、様々なカレーと思われるもののサンプルを作っていくわ。それを旦那様の知識で、本物に近いかどうかの判別をしてもらいたいのよ!」
「トライ&エラーの総当たり戦かぁ……!?」
また途方もない話になってきた。
何百種類という薬草を揃えるだけでも時間をかけたというのに、そこからさらに当たりのスパイスを探し当てるのにもどれだけかかるというのだろう。
しかしプラティは挫けない。
夢の食べ物カレーを作り出すまで、彼女は進み続けることをやめないのだ。
胸に宿した願いがある限り、歩き続ける不屈の意志。それがあるからこそプラティは天才であるのだろう。
そんなプラティの助けになれるなら、俺としても夫の本望。
よかろう好きなだけ付き合ってやる!
俺とプラティの力を合わせて、この異世界でもカレーを!
「ありがとう! 旦那様ならそう言ってくれると思ったわ! それでは早速試作品一号を試食してね」
え? もう作ってあるの?
用意のいいプラティが俺の前へ差し出したさらには、彼女なりにカレーの特徴を模索して仕立てられたものが盛りつけられていた。
恐らくは彼女の薬草園から採取された薬草の何種類かを素材に作られたものだろうが、それが……。
「……青い」
オーシャンビューかってくらいに青かった。
実に鮮やかなブルー。
「薬草園にある薬草全六六六種のうち、三八四種を使用して作ってみたのよ!」
「種類も多い!?」
本物のカレーだってそこまで多種多様な混合物じゃねーよ。
「さあ旦那様ご賞味あれ! そして本物のカレーとどれほどの隔たりがあるか感想を聞かせて!」
いや、これは食すまでもなくとんでもない隔たりがあるんですが……!?
俺はとりあえず、プラティに向けて縋るような思いで言った。
「プラティ、何よりもまず確認したいんだけど……」
「何?」
「これ毒とか入っていないよね?」
薬も使いようによっては毒。
それが三百何十種類も入っていたら、体にどんな影響があるものかと恐ろしくて口には運べなかった。
プラティ長年の夢。
カレー作り。
その道は果てしなく遠い。