735 困惑する神
余はハデス。
地の底、冥界を支配する冥神ハデスである。
この世界を天と地と海……三つに分けてその一領域である地上を管理し、あらゆるトラブルから生きとし生ける者を守る役割も持っている。
ゆえに大地の神という称号も持っているが、その権能はむしろ我が妃、地母神デメテルゼポネに帰するところが大きい。
地上すべての生命を生み出し、慈愛をもって見守る力は彼女の母性によってなされる。
だからこそ余は妃デメテルセポネに敬意を表し大地神とは名乗らず冥神の名で通っている。
彼女を敬い、心から愛している。
だからこそゼウスやポセイドスのアホどものように浮気も一切しない!
一回もしていない!
していないと思う!
……していないんじゃないかな?
まあ、そんな余だから地上での信仰は案外薄かったりするのだよな。
地上の命ある者たちの大地信仰はまず我が妃を崇め、そののちに妃の連れ合いということで余をお崇め奉る。
ゼウスやポセイドスのスットコドッコイどものように、常に自分が前面に出てアピールはしないから派手な信仰はないが、それでもいいのだ。
我が妃が生み出した人の子どもが栄えれば、それがもっとも大切でかけがえのないことだ。
ゼウスやポセイドスのようなナチュラルボーンクソ野郎とは違うからな余は。
ヒトの子の生活が第一!
そんな人に優しい余は、今日も地上の生活を見守りトラブルがあれば対処するようにしなければ……。
と思って遠視していた折、何やら奇妙なものを発見するのであった。
* * *
ん?
なんだこれは?
気づけばある時、何やら奇妙なものが地上で広まっていた。
あれは、余の姿を似せた像ではないか。
神像か。
それが一つならずたくさん。多くの人の子たちの間で売り買いされておるではないか。
一体何があったのだ?
『ついに地上のニンゲンどもがハデス様の偉大さに気づいたんじゃないッスかねえ?』
『やっとついに……ニンゲンども鈍すぎる……!』
そういうお前らは、冥界の眷属にして我が忠実なる従者。
死神タナトスと眠りの神ヒュプノスではないか。
『大体、地上のニンゲンどもはモノをわかっておらぬのです! 数多くの神の中でもっともニンゲンを慈しんでおられるのは他でもないハデス様であらせられるというのに、ニンゲンどもはまったく顧みない!』
『ニンゲンども見る目がない……! ヤツらが地上に好きに住んでいるのはハデス様のご厚意でしかないのに……!』
まあ、そう言うでないぞ。
ニンゲンたちは小さな生き物、その日その日を生き抜くだけで精一杯なのだ。
それを思えば、別に神々の信仰ぐらい忘れても罰は当たるまいよ。
世界も生命も神の手で創り出したのだ。その生を謳歌することこそ神への恩返しと思わぬか。
『ハデス様! なんと広いお心を!!』
『ハデス様こそ地上の真の担い手……! 仁愛に満ちた支配者……!』
はっはっは、そうおだてても何も出てこんぞ?
『それを思えばニンゲンどもの間でハデス様の像が広まるなど、実に自然なこと。ヤツらも遅ればせながらハデス様の素晴らしさに気づいたのでありましょう!!』
『もっと流行れ……! もっとバズれ……!』
落ち着くのだ二神とも。
人のすることに神々の意思を介入させてはならない、我らを崇めさせるにしても、それは人の子たちが自分から進んでやるようにならなければ意味がないのだ。
信仰を強制するなど、ゼウスやポセイドスのような生来悪役クソ野郎のすることだからな。
ゆえに、こうして人の子たちの自由意思で余の像を買いまくってくれるということは、実に嬉しいことではないか。
今までの地道な活動が報われたと思えば、なんだか涙がちょちょびれてくるわ。
今日はちょっとしたお祝いでもするかの。
『ですがハデス様……! ちょっと待ってください……!?』
『ニンゲンどもがハデス様の像を弄って……、ああッ、何だこれ……!?』
『ハデス様の像を改造して……関節が動くようにしたッ!?』
『さらには……、色まで塗って……!?』
お、おう……!?
なんだこれは?
最近の人間界では、神像をそうやって加工することが流行っておるのか?
昔はもうちょっと厳かに扱うものだと思っていたが……!?
『いやいやいや……! 神の像といえば、モデルとなった神そのものとして扱うのが常識ですぞ! このように好き勝手に弄るなどとは……!?』
『神を侮る行為……! 不敬、不信……! 神罰の対象……!』
ままま、待つのだ我が忠実なる神々タナトスとヒュプノスよ!?
これが人の子たちなりの敬い方なのかもしれないではないか! 人の文化は時代によって移ろい、様々なものに変わっていく!
その一面が、我々の理解を越えたものであることも充分あり得るってマジ!
『ああッ!? 今度は……!?』
『なんと恐れ多い……!』
えッ? 何々?
今度は何をやらかそうとしているの人の子!?
ひぃいいいいいッッ!?
何でこの余の像は、こんなに腕が長いの!?
これなら背中を掻くのも余裕だねってボケてる場合じゃない!?
あっちの余の像は足が長いし! あれむしろカエルじゃん!? ジャンプ力が高いの!?
そしてあっちの余の像は、どうして上半身も下半身も上半身なの!?
うおおッ!? 脚がないから四本の腕でシャカシャカ動いている!? このムーブ何となく見覚えがある! 台所で見かけるような……!?
『ハデス様! これは明らかに我らが主神に対する冒涜です! 早急に対処しなければ冥神の沽券に関わります!!』
『神罰を……! 愚かなる人類に鉄槌を……!』
待て待て待つのだタナトスにヒュプノス!?
だからこれは人の子なりの余への敬いかもしれぬではないか!?
『本当にそう思えます?』
『もはや異形のサバト……!』
たしかにそうなんだけれども……!?
ダメだ、二神を説得する材料がない!?
『この死神タナトスが発する神罰は、もっとも率直なる死……! 愚かなるニンゲンめ。後悔する時間も与えず冥府に連れ去ってやろう……!』
『ねむれーねむれー……!』
いかん、二神が本気だ!
冥界の神たる我がどうやったらコイツらを止められるんだ!? 土下座か!?
『そこまでですよ二神とも』
そこへ現れたのは地母神デメテルセポネ!?
我が妃!
『軽々しく神罰など振るってはいけません。悪戯に人々を脅かしては愚かなる天や海の神々と同じになるではないですか』
『しかしながら冥神妃様! この人間どもの所業は目に余ります! 今こそ神罰の使いどころかと!!』
『使ってこその抑止力……!』
我が忠実なる従者神たちが殺気ビンビンすぎて、我が妃でも抑えきれそうにない!
これどうしたらいいの? やっぱり土下座!?
『あの人の子たちも、彼らなりに神を敬っているのよ。人の子には神の姿がわからないでしょう。だからああしてもっとも神に相応しい偉大な姿を手探りで探しているのよ』
『一番基本形とする神像があるのに!?』
『さらに上を目指したいのよ』
なるほど我が妃。
その発想はなかった。つまり人間たちは、より強くて美しい冥神ハデスの姿を模索しようというのだな?
それで、もっともカッチョイイこのハデスを崇めようと?
『中には迷走気味なものもあるけれど……なかなかいいデザインもあるんではなくて? この翼の生えているアナタとか素晴らしいわ』
『女性ってなんでそんな羽根つきがヒットするんですかね?』
ううむ、よくわかったぞ!
ならばこの本神であるハデス自身こそがもっともイカした姿をセルフコーディネートしてみようではないか!
その姿で人々の前に姿を表せば、皆どのような余の姿を想像すればいいかわかって、きっと喜ぶことだろう!
そうだな……?
腕を八百本ほど増やして、そのすべてを長くしてみよう。
さっき見た腕の長い余の像にリスペクトされたわけではないぞ?
さらにそこから下半身は蛇みたいにして……、そうだデメテルセポネが『翼カッコいい』と言っておったな?
では翼も生やしてみよう八百枚ぐらい。
さらにそこから……おッ、このデザインいいな?
この世界にはない重火器を装備しておくのも舶来感があっていいではないか?
そんなこんなで完成した冥神ハデスNEWバージョン!
どうだデメテルセポネよ!
余の新しい姿は!?
『うーん、どこのラスボスかと思ったわ?』
つまりカッコいいということか!?
そうであろうそうであろう!?
よーし、今度から不死王に呼ばれて地上に現れる時は、この姿にしよう!
聖者のヤツも驚くだろうし、このカッコいい余の姿に感動することだろう!!






