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717 居座る生真面目

 入学式もつつがなく終わり、我が農場にも日常が戻ってまいりました。


 俺です。


 日常が戻ったと言いつつも、農場では多くの少年少女たちが学生として移り住み、それ以前とはまったく別物の賑わいを見せている。


 やはり若い子たちの流入は、農場そのものをリフレッシュさせる効能も有しているようだな。


 先生を始めとして他多くの農場住人も教師役として学生たちに関わっているようだし、全体としても農場学校はプラスに働いているようだった。


 しかし、その中でただ一つ……。

 俺を困惑させる変化が……。

 というより『変化しない』ことで俺を大いに困惑させる一つのものがあった……。

 それは……。


 カープさん。


 マーメイドウィッチアカデミアに所属する女性教師。


 名門校の教師だけあって冷徹で厳しく、落ちこぼれの生徒などは躊躇なく切り捨てる鉄の女性。

 種族は人魚族だ。


 その関わりは、かつてマーメイドウィッチアカデミア農場分校が設立されるにあたり、生徒たちの引率役としてやってきたことから始まった。


そのマーメイドウィッチアカデミア農場分校が、農場留学生制度の発端となり、やがて今回の農場学校へと移り変わっていったのだから感慨深いものであるが……。


 しかしだからと言って、それに付随する変化がその時のまま不変となっているのもどうかと思うんですよ。


 何じゃそりゃ、どういう意味か? というと……。

 つまりカープ女性教諭はまだ我が農場にいるのです。


   *   *   *


「皆さん! 予習復習はテキパキとするように! 勉学は日頃の積み重ねこそが大切ですわよ!」


 そんなカープさんは、今日も生徒たちの指導に余念がない。

 入学してきたばかりの生徒たちにビシバシと基礎教科を叩きこむ。


 ……しかしだな……。


「あの……、カープさん?」

「学業の成就は、始まりの頑張り次第で決まるのです。ここで頑張れば最後まで頑張り抜けますし、怠ければ最後まで怠け癖が抜けきらぬもの! ですから皆さんはここで息切れるまで全力で……!!」

「いやカープさん。ちょっとカープさん、カープさん」

「何ですの、気安く人の名前を連呼して!? いくらプラティ王女の婿である聖者様でもレディに対する礼儀を弁えてほしいわ!!」


 だったら一回で呼んですぐ応えてくれませんかね?


「カープさんにお聞きしたいんですが……」

「なんです!? 私は見ての通り新しい才能の指導に余念がないんですのよッ!? 邪魔だてするならいくらプラティ王女の配偶者でも……!」

「……アナタいつ帰るですか?」

「えッ?」


 カープさんは、あくまで人魚国所属のマーメイドウィッチアカデミア教師だ。

 かつてはその分校を農場に築くということで、主役である女生徒たちの付属としてやってきた。


 それから幾年。

 マーメイドウィッチアカデミア農場分校に所属していた女生徒たちは農場留学生に交じり、その上で幾多もの授業と試験を潜り抜けて無事卒業までこぎつけた。


 彼女らはここから巣立ち、それぞれの人生を突き進んでいる。


 そこで一旦マーメイドウィッチアカデミア農場分校も目的を果たし解散となった。

 なのにマーメイドウィッチアカデミアに所属するカープさんはまだ農場にいるのです。

 どういうこった?


「何ですの? プラティ王女のお婿様は、私をここから追い出したいのかしら?」

「端的に言ってそうです」

「ハッキリ言う!?」


 というか、そうするのが筋でしょう?


 彼女は、人魚国の名門校に所属する者として農場に住むようになった。

 その滞在理由が消失したからには、一度人魚国に戻って身の振り方を考え直すべきでは?


「しかし、農場にはまた勉学に励む若者たちが集まってきたじゃないですか。その子たちにしっかり教育するのは教師たる私の使命!」

「その使命は、アナタが務めるマーメイドウィッチアカデミアの生徒さんにのみ向けるべきでは? ここにいる生徒たちは違いますよ」


 マーメイドウィッチアカデミア農場分校は、当時の生徒が卒業した段階で解散している。


 そのあと新たに農場学校ができて生徒を募集したが、それはもう完全にマーメイドウィッチアカデミアとは無関係になっているのだ。

 なのでカープさんが関わる要因はハッキリゼロとなっている。


「根拠がないままカープさんにい続けられたら何かのトラブルの元になるかもしれない。こっちとしてもそれは困るのでお引き取り願いたいんですが……!」

「し、しかし私はマーメイドウィッチアカデミアで十数年と教員一筋に生きてきました。能力もあると自負しています! そんな私だからこそここで働けるものと……!」


 だからその能力は勤めている学校で発揮してくださいってば。


 よくわからん。

 何がそこまでしてカープさんを農場にしがみつかせようというのか?


 ここでの暮らしが気に入って?

 しかしカープさんのように真面目でストイックな人なら、むしろ逆に『堕落は許しません!』と快適な生活を振り切るものではないか?


 彼女の意図がまったく読めない。


「フッフフフフフフ……、その生真面目女を扱いかねているようじゃな……!」

「ムムムッ!? どなた様!?」


 急に誰ともわからぬ声がしたので振り向くと、そこにいるのは妖しい佇まいの女人魚。

 アナタは『アビスの魔女』ゾス・サイラさん!?


「人魚宰相に就任して多忙を極めるはずのアナタが何故ここに!?」

「それはもちろん、帰国勧告を無視する不逞の輩がいるというので、わざわざ連れ戻しに来たのよ。この『アビスの魔女』ゾス・サイラがのう」


 そんなッ!? 今では人魚国の重鎮として人を使う立場にあるゾス・サイラさんみずから?

 指名手配犯として逃亡していた数年前がウソであるかのようだ!?


「その帰国勧告を無視している人って……!?」

「もちろん、そこで仏頂面ぶら下げておる阿呆のことじゃー」


 やっぱりカープさんだったの!?

 お国から正式に『帰ってこいやワレ』と呼びかけられていたのか!? それで動かないってよっぽどじゃない!?


「わッ、私はここに残ることに意義を感じ取ったのです。ここ農場学校は、それこそ世界一の人材育成の場。そこに私がマーメイドウィッチアカデミアで培ったノウハウを加えれば、必ずこの学校はより完璧なものとなります」

「だから言いたいことがあれば一度人魚国に戻って理事会にでも学園長にでも訴えればいいじゃろうが。何の相談もなしに農場に居座るというのはどう考えても無理筋じゃあ。そんなの真面目一辺倒のおぬしが一番よくわかっとろうがあ」

「ぐんぬぬぬぬぬ……!?」


 カープさん、反論できぬとばかりに黙り込んだ。


 普段真面目な彼女だからこそ、今の自分に理がないことはよくわかっているのだろう。

 無理筋を自覚しながら、何故そこまで農場から離れることを拒む?


「ふむ、聖者にはわからんか。さもあろうのう。だったらこのわらわが特別に教えてやってもよいがのう……!?」

「やッ、やめなさい……!」

「コイツはのう、ゴブ吉とやらから離れたくないがために母国からの勧告も無視して居座り続けておるのよ! であろうぅ!?」


 ……。

 えッ、なんで?

 そのタイミングでゴブ吉が出てくるの? ゴブリンチームのリーダー・ゴブ吉のことでしょう? なんで?


「そんなこともわからぬのですか、嘆かわしい!?」


 おうぅッ!? なんぞや!?

 いきなり凄い勢いで押し迫られた!?


「この広い世界でゴブ吉様ほど誠実でかつ正確なお方はいないではありませんか! 日々の仕事を効率的にこなして間違いもなければ遺漏もない! あれほどの素晴らしい逸材を使う立場にいながら、聖者様はあの御方の価値を理解していないというの!?」

「……いやぁ……!?」


 ゴブ吉にはいつもお世話になっていて、感謝を忘れたことはないが?

 農場の大事な仲間のゴブ吉ですが、そんな彼について熱く語っているカープさんはもしや……!?


「ゴブ吉のこと、好……!?」

「何を言っているのですキャーーーーーーッッ!?」

「ごぶえッ!?」


 照れ隠しにしても逆水平チョップはやめてッ!?


「惚れた腫れたなどッ!! 教師である私が浮ついた感情に振り回されるなどありえません! この感情に名前を付けるとしたらそう、尊敬とでも言うのがピッタリです!」

「じゃあ農場を離れたって何の問題もないだろうのう?」

「ぐぬぬぬーーーーッ!?」


 ゾス・サイラからの執拗な絡みに、刻一刻と抵抗の余地を奪われていくカープさん。


「ほれほれ、問題ないなら一緒に帰るぞぉん? ルールを守るのがおぬしの存在意義なんじゃろう? そのためにわらわが直々に連れ帰りに来てやったんじゃから感謝してほしいのう? んんん~?」

「そんなこと言って……、アナタの魂胆は読めていますわよゾス・サイラ!」

「んッ!?」

「アナタだってあのオークボさんに懸想してらっしゃるんでしょう!?」

「んおおおおッ!?」


 おッ、ゾス・サイラさんがたじろいだ?

 これは反撃の狼煙!?


「アナタだってオークボさんと一緒にいたいのに、シーラお姉様から宰相に任命されたおかげで人魚国から離れられなくなったのですものね! その窮地には同情いたしますが、それを私に八つ当たりするのはお門違いですわ!!」

「はぁーッ!? お門違いはそっちじゃろう? わらわの状況が悲惨なのと、おぬしのルール破りは無関係じゃろうがあ! わらわが必死で働いておる間おぬしだけ好きなヤツの傍にいられるなんて許せるかとは思ったがな!」

「ホラやっぱり嫉妬ではないですか! 恐れ多くも人魚宰相という重役を仰せつかったのですから自分の幸せなどガン無視して働きなさいな!!」

「だったらお前だって学校教師だろうがああああッ!」


 えーと……。

 ゾス・サイラさんはオークボが好きで……。

 ……カープさんはゴブ吉が好き?


 そしてお互い好きな人がいる農場から離れたくないというのに立場がそれを許してくれないと。


 ……一体これ、どう処理をつければいいんだ?

夏休みをいただきまして次の更新は8/21(土)の予定です。

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書籍版19巻、8/25発売予定!

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↑コミカライズ版こちらから読めます!
― 新着の感想 ―
[気になる点] ゾス・サイラ…お前まだオークボに告白してなかったんか。 [一言] ゴブ吉にも春か!? まあ、カープ以外の女子にももてそうな気もするが。
[一言] 僭越ながら慣用句の指摘をさせていただきます。 「惚れた晴れたなどッ!! 教師である立場の私が浮ついた感情に振り回されるなどありえません! この感情に名前を付けるとしたらそう、尊敬とでも言う…
[良い点] この壮大な物語、メキシコからの挨拶をありがとうございました。ここでは、新しい章をリリースするときにいつもあなたを読んでいます。 抱擁と休息
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