714 入学式
新たにここ農場で学ぶ新学生がやってきて、農場に賑わいが一気に増した。
ガヤガヤと騒ぐ少年少女たちを隠れて覗く俺。
かねてから計画されてきた農場学校。
今日はついに生徒たちを集め、農場学校がスタートする入学式の日だった……!!
「うひゃあぁああああ……、もう引き返せないぃいいいいいい……ッ!?」
今さらながらのことを言う。
大それたことをしてしまったものだ。こんなに多くの前途有望な若者たちを集め、教育していこうなんて。
彼らの将来が俺たちの肩に懸かってしまったんだぞ?
改めて考えると責任重大すぎる!?
「ぷぷぷぷぷぷぷ……!? プラプラプラ、プラティ? 今からでも詫び入れて中止にした方が……!?」
「何を今さらビビってるのよ? 既にリテセウスくんたちで成功した試みでしょう? 同じことを繰り返せばいいだけなんだから簡単じゃない!」
隣に寄り添うプラティに叱咤される。
「ぱぱ、がんがんばー」
ジュニアからも応援された!?
うおおおおおおッ!? こうなれば頑張る他ねぇええええええッッ!?
既に集まった生徒たちの前には、ノーライフキングの先生が出ていて入学式の司会進行を務めている。
『えー、このうららかなめでたき日に、若いキミたちとの出会いがあることを心より喜ばしく……』
そして入学式にありがちな校長的無駄に長いお話を展開している!?
『……という長々しい話はここまでにして』
切り上げた!?
長話キャンセルとはさすが先生!?
『では、今日からキミたちと共に生活する人々を紹介していこう。多くはキミたちに直接指導を行う教員を兼ねておる。当然のことながら誰に対しても敬意を怠らぬよう』
ちなみに、青空の下に集まる生徒たちは先生を前にしてガッチガチに硬直してしまっていた。
なんで?
先生がノーライフキングだからか。
『何を今さら?』という感じも否めないが、それこそ感覚がマヒしてきた証拠であった。
世間一般的にはノーライフキングは、世界二大災厄の一方として心底恐れられる相手。
遭遇=死と認識しなければいけない相手だ。
そんなのと出遭ったからにはブルッてチビッたとしても致し方ない。
それでも先生は過去の経験から、ご自分の体から噴き出す瘴気を中和させる魔法を修得したのでだいぶん緩和されてるはずなんだがなあ。
ノーライフキングという事実だけでビビり散らかすには充分か。
『では紹介していこう。まずはオークボ殿とゴブ吉殿じゃ。拍手をもってお迎えしよう』
促されてパチパチと鳴る。
もはや言われるがまま。
その拍手の音を浴びつつ、壇上へと上がるオークボとゴブ吉。
『彼らはそれぞれ、この農場で働くオークとゴブリンたちのリーダーを務めておる。個体的にも数段階の変異化を経てオークボ殿はユリウス・カエサル・オークに、ゴブ吉殿はタケハヤ・スサノオ・ゴブリンへと進化していて単体でも世界を滅ぼせる能力を有しておる』
改めて説明されると凄いなウチのオークとゴブリンは。
ラスボスクラスの存在感。
『その強さは必ずやキミたちに教訓を与えてくれることじゃろう。彼らも定期的にキミたちの指導に加わるが、何か困ったり危険なことがあった際はすぐ彼らに助けを求めるように。彼らは優しいから必ず力になってくれるじゃろう』
優しいから。
それは紛れもない事実です。
オークボとゴブ吉、厳かにこうべを垂れて礼儀を示す。その仕草がことのほか重厚であった。
『次に、養護教諭のガラ・ルファさんじゃ』
「よろしくお願いしまーす」
続いて現れる小柄な女性。
『彼女は、かつて人魚国で医療関係の仕事に従事しておった関係で、ここ農場でも皆の健康管理をする役割を担っておる』
「皆さんも、少しでも体に異常を感じたらすぐ私のところに来てくださいねー。病気の対応は早め早めが肝心なんですよー」
かつて農場に派遣されてきた人魚の一人で、『疫病の魔女』の異名を持つガラ・ルファ。
同時期に訪れたパッファやランプアイが結婚退職した今、農場に残る最後の魔女となってしまった。
しかし、その腕はたしかで農場の健康管理は彼女が支えていると言っていい。
とっても頼れる仲間だが……。
それを初めて目にした生徒たちの中から……。
「あれはもしや六魔女の一人ガラ・ルファ……!?」
「ただでさえ常識破りと恐れられる魔女の中でも群を抜いて凶悪といわれる……!?」
「冗談じゃないわ! そんな人の診察を受けたら何かの実験台にされるのがオチじゃないの!?」
「人魚界を震撼させた狂気の魔女が普通に住んでるなんて……やはりここは魔界……!?」
と戦慄するのは主に人魚国から来た生徒たちだった。
相変わらず魔女たちの評判は残念な方に凄まじい。
「一緒にしないでよ。ガラ・ルファの評判が飛び抜けてヤバいのよ」
隣で、同じく魔女であるプラティが抗議する。
かといってキミの悪名もかなりのもんだよ?
「新入生の皆さん! そんなに怯えないでください!」
「そうです! ガラ・ルファさまは偉大な魔女なのです!」
と進み出てくるのは、ガラ・ルファよりやや年若い人魚族の乙女?
「私は『熟成の魔女』ヘッケリィ! ガラ・ルファ様の指導を受けて魔女の称号を得るほどまで成長した女!」
「同じく『整頓の魔女』バトラクス! アナタたちの先輩に当たる前期卒業生! 今の私たちがあるのもガラ・ルファ様のお陰!」
おおう、今農場でフレッシュな新人魔女のうちの二人じゃないか?
そう言えばあの二人、先輩魔女の中ではガラ・ルファに一番懐いて直接指導を受けていたな。
一人前になっても恩義を忘れず、先輩をフォローしようというのか!?
なんという師弟愛!?
「ガラ・ルファ様の狂気は世界一です! この世を歪める極重の狂気!」
「その狂気の前では『アビスの魔女』ゾス・サイラ様すら敗北を認めるほど! だからこそガラ・ルファ様は魔女最狂! 世界一の狂気の持ち主!」
「そのガラ・ルファ様の下で究極の狂気に触れ、乗り越えることができれば必ずや皆も立派な魔女になれるでしょう!」
「讃えよガラ・ルファ様を! 究極の狂気を! さあ、狂気コールを行きましょう!」
狂気! 狂気! 狂気! 狂気! 狂気! 狂気! 狂気! 狂気! 狂気! 狂気!
ヘッケリィとバトラクスに煽られて、生徒全員からの怒涛の狂気コールが巻き起こる。
それを受けたガラ・ルファ本人は意識が遠い場所に飛んで行って無の表情となっていた。
ヘッケリィとバトラクスの師弟愛はエッジが聞きすぎているなあ、と思った。
『では次の紹介へと移ろう』
そしてあの異常なる雰囲気の中にも一向動じない先生はやっぱり強い。
『次に紹介するのは、農場の整理整頓をしてくれる子たち。大地の精霊たちじゃ』
「「「「「よろしくおねがいいたすですー!」」」」」
と言ってワッと出てくる小さな少女たち。
外見こそただの幼女だが、その正体は大地のエネルギーが意思を持った精霊たちの実体化したものだ。
「かおあわせですー!」
「おめどおりですー!」
「あたしたちが、のーじょーのゴミをしまつするですー!」
「しまつやですー!」
相変わらず勢い強いな。
自然のエネルギ-先駆ける春だからなおさら元気がいい。
『彼女らは農場の整理整頓を担当しているので、すれ違うこともよくあろう。可愛くて小さいからと言ってイジメてはならんぞ?』
「あたしたちは小さくてもヤワではないですー!」
「さんしょはこつぶでもピリリとからいんですー!」
「なめたらあかんぞですー!」
大地の精霊たちは、各々騒ぎ立てながらあちこち走り回ったり、中には先生の体によじ登る者までいた。
先生のローブゆったりしてるから掴んで登りやすいんだな。
そしたら他の大地の精霊たちも真似し始める。
「あー! たのしそうですー!」
「あたしものぼるですー!」
「さんちょうをとったですー!」
「このやまにじんをしくですー!」
ノーラーフキングに無遠慮によじ登る子どもたち。
そんな揉みくちゃにされながら『ほっほっほ……』と笑うのみの先生と、それを目の当たりにして絶句している新生徒たち。
あれだけフリーダムな大地の精霊を前にして『ヤベェ連中だ……!?』という実感を持ったことだろう。
あれでヘタに逆らおうとは思うまい。
『……では最後に、この農場の主にして農場学校の主催でもある聖者様をご紹介しよう。農場にてもっとも偉い御方である、謹んでお迎えするように』
あッ、俺が呼ばれた?
でもこんな猛者ラッシュのあとで俺なんぞが出てきて、あまりのオーラのなさに拍子抜けされませんかね?
しかし呼ばれたからには飛び出てジャジャーンしないといけないので、腹を括っていきますか。
「あ、どうも、どうも……!?」
数多の視線が俺に突き刺さるッ!?
いたたまれない雰囲気を回避するには、そう、喋り続けるしかない。
「えー、皆さんが学びに来てくれたことを心から嬉しく思います。我が農場からは既に何人もの先輩が巣立って、世界各地で成果を上げています。皆さんもそれに続き、この農場で学んで強く賢くなってくれたらなあと思います。これから皆で一緒に頑張っていきましょう!」
いかん、俺の方が尚更校長っぽい話になってしまった!
ともかくも皆さんを歓迎いたします農場一同!






