711 農場学校、開校
その日は、久々に魔王さんとアロワナさんが農場にやってきていた。
友人同士で話が弾む。
「……と、いうわけでヒーローのカッコよさに、ウチのジュニアも目がキラキラってわけだったんですよ!」
「さすが聖者殿! ……子どもを喜ばせるのにも思ってもみない手段を用いる」
話題はこないだ盛り上がった変身ヒーロー作成のこと。
魔王さんもアロワナさんも、小さい子どもを持つ父親なので、その手の話題には食いつくぞ。
「むぅうう……!? ウチのディックがもっと大きくなったら試してみるかな!?」
「そうですねえ、ゼロ歳一歳児にはまだ早い遊びかもしれませんねえ」
人魚王アロワナさんの下に生まれた人魚王子モビィ・ディックくんは去年生まれたばかり。
同世代のウチの次男ノリトも、長男と違って変身ヒーローの前ではポカンだった。
対象年齢三歳以上と言ったところだな。
余談だけど、玩具のパッケージによくある『対象年齢○才以上』って但し書きを見て、何ともなく後ろ暗い気持ちにならない?
それはいいか。
「魔王さんはどうです? 魔王さんとこのゴティアくんはドストライクの年齢層だと思うんですが?」
「いや、どうだろうな……?」
おや?
なんだろう歯切れの悪い魔王さんだな?
「我が長男ゴティアだが、もう物心つく年齢でどうしたものかな……案外と大人びた性格になってしまってな」
おやおや。
俺の友だち関係ではもっとも早く生まれた魔王さんの息子ゴティアくんは、今年五歳……いや、六歳か?
俺の前の世界に当てはめれば小学校に上がるような年齢。
それに魔族を背負って立つ魔王ゼダンさんの長男ともなれば、その後継者としての期待を一身に受ける立場。
子どもながらも落ち着きがあるのはいいことなんじゃない?
「我も魔王としての職務が多忙で最近かまってやれなくてなあ……。数日ぶりに顔を合わせると『父上、ご無沙汰しております』などと畏まって言われて……。魔王として後継が健やかに育っているのを喜ぶべきところ、父親としてもっと甘えてほしいと思うのは贅沢なのか……!?」
悩むところが多くて大変だな魔王さんも。
たしかにそんなに成長したんなら今さら変身ヒーローとかにハマりそうもないかも。
「その下の子たちは、すべて女子ゆえな……ああいうものには興味を持ってくれぬかもしれん……!」
「たしかに子どもの性別は重要ですもんね……!」
男の子にヒーローに憧れ、女の子はお姫様に憧れるものなのだ。
俺が多くの方々の協力を得て作成された変身ヒーローだが、女の子にとっては少々心の琴線から外れるかもしれない。
しかし心配ご無用! 女の子向けのコンテンツにだって俺のデータには詰まっている。
「ならば今度は、女児向けのヒーローも作製しましょう! バティに依頼して、白黒のフリフリ衣装を製作してもらいます!」
「白と黒? 女の子が喜ぶようなものなら、もっと華やかな色の方がいいのでは?」
「それは追々です! 後々どんなにパッションな色が出るとしても最初は白と黒なのです! それが原則なのです!」
「原則……!? そうか……!?」
俺が余りに乗り気だったために魔王さんをドン引きさせてしまったか?
自重せねば……!?
「世間話はそれぐらいにしておいて、そろそろ本題に入りませぬか」
いいタイミングでアロワナさんが話題転換をかけてくれた。
その仕切り能力! さすがは新人魚王!!
「ふッ、魔王である我と、新たな人魚王となったアロワナ殿。この世界の最重要人物がこれほど簡単に会することができるのも、それを主導する聖者殿の偉大さゆえよな」
「何言ってるんですか? もともと二人とも仲よしでしょう?」
俺が間に入らなくってもお二人なら気軽に会えるでしょうよ?
「それに我らがこうして直接顔合わせする必要のある案件を次々と作り出すのも聖者様ぐらいしかおられませんゆえなあ」
「たしかにたしかに」
ハハハハハハハハハ……、と笑い合う海の王と地上の覇者。
俺は、どう合わせていいのかわからない。
「この農場にて再び、有望な若者を集めて教育をする。その調整のためなら各王が直接意思疎通する必要もありますからな」
「うむ! 三大種族が融合する世界和平に向けて、慎重に送りだす若者を選出しなければなりますまい」
そう。
わざわざ魔王さんと、人魚王のアロワナさんをお呼びだてした理由は一つ。
これから始まる農場留学生・第二期の構想固めをするためだ。
かつては、人魚国の複雑な教育事情や、魔国に芽生え始めた慢心とか、様々な事情が複合してなし崩し的に始まった制度。
それが大成功となったので継続させていこうという話になった。
魔王さんアロワナさんなどの各国指導者も、ここ農場で行われる人材育成に強い関心を寄せている。
「我が魔国からは、引き続き魔王軍から若手仕官を出すつもりだ。先にここ農場で叩き直された者たちは随分しおらしくなったが、慢心する者は次から次へと湧いて出る」
「農場から帰ってきたマーメイドウィッチアカデミアの才媛は、人魚王宮ですこぶる評判が高い。教育に関わったパッファの評判も比例して上がっていく。我が国としても継続して有能な人材を送り込みたいところだ」
と大層前向きであらせられた。
俺としても先生がハッスルしてくれるので是非とも進めていきたい企画ではある。
そのためにも事前の入念な打ち合わせは欠かせないのであった。
「魔王軍の若手だけでなく、今回は他の分野の若手も送り込みたいものだ。ノーライフキングの先生から授かる知識は貴重だからな、軍部だけで独占していいものはない。ルキフ・フォカレに命じて内政官からも見込みのある者を選抜させよう」
「前回よりももっと規模を大きくしてもいいですな。我が国でもマーメイドウィッチアカデミアだけが教育機関にあらず。他の分野からも成長の望ましい者をピックアップしていかねば」
「何しろ先生の直弟子になれる栄誉ですからな」
「世界究極の叡知ノーライフキング。その教えを直接受けられるなど何という栄誉か。一人でも多く成長の機会を与えてやらねば……!」
「お互い欲深いことだな、ハッハッハ……!」
「為政者として魔王殿を見習っているだけですよ、フフフフフ……!」
おお、なんとも偉い人たちっぽい会話!
こうして世界の指導者さんたちの合意を得て、新たなる農場留学制度は実行に移されることだろう。
しかしその前に……。
「……俺からも考えていることがあるんですが」
「なんですかな?」
「聖者殿のお考えならくだらないことのわけがありますまい。どんどん提案してください」
いや、そんなに期待値を上げられると心苦しいんですが……!?
今までずっと思っていたんだが『農場留学生』という呼び名がイマイチしっくりこなくてさ。
そもそも農場って、モノを学ぶ場所じゃないから『留学』って言葉もしっくりこない。
もっと他に呼び名はないだろうかとかねてから考えていた。
最初の彼らを見送って、次なる生徒を迎える仕切り直しのこの時期こそ、新しい呼び名を考える絶好のタイミングじゃないだろうか。
「というわけで新たに、こういう呼び方をしていきたいんですが……!」
農場学校。
ここ農場で営まれる、若い子たちの成長を促す場所。
第一期の成功を得て、今年から正式に農場学校の設立、開校を進めていこうと思います!
「おお、それはいい!」
すかさず魔王さんがリアクションする。
「これまでも『農場留学生の卒業生』というのは何とも決まらぬ響きだったのでな。農場学校……いい字面ではないか」
「これより『農場学校を出た』という経歴が有能な人材の代名詞になるのでしょうな。大いに賛成です!」
農場の中の一機関がある……という定義での『農場学校』だと考えればいいだろうか。
そうすることで農場内のまとまりもスッキリするし、これからこの場で学んでいく学生たちの立場も明確になるはずだ。
さあ、農場学校の開設に向けて、ズンズン進んでいくぞ!
* * *
……ところで。
「あ、あの……ッ!?」
おずおずと上げられる声。
それに魔王さんアロワナさんが反応する。
「どうなされた? ここまで何も発言されておらぬではないか?」
「そうですぞ、人族の代表としてもっと主張していただかねば、ここに勢揃いした意味がないではありませんか!」
と海と魔の最高権力者からハッパかけられる人が、この場にもう一人いた。
農場学校は人族、魔族、人魚族が共同して進めていく企画なので。
魔族の魔王さん、人魚族のアロワナさんに加えて、やはり人族の代表も揃ってないと話し合いにならないよね、ということで来てくれた方がもう一人いたのだ。
人族領主のダルキッシュさん。
しかし、この会談が始まってからまだ一言も発言しておられない。
「いやだから……、私はまったくこの面子に格が合っていませんって!? 各国の王に対して私一人がただの領主クラスでは……!?」
「何を仰る! 我ら三人で各種族を代表すると義兄弟の誓いをした我らではないですか!」
「そんな誓いましたっけ!?」
魔の王と海の王に並び称される人族の領主さん。
そのプレッシャーたるや想像もつかない。
「何、問われるのは肩書きの格ではなく当人の手腕であろう。オークボ城クリアの常連組に食い込むダルキッシュ殿なら、我らと並んでもまったく遜色ない!!」
「それ世界を牛耳るのに関係ある要素でしょうか!?」
泣いて訴えてもしょうがないです。
友だちを作ることにかけて無類の能力を発揮する魔王さん、アロワナさんに引きずられ、有無を言わせず肩を組まされるダルキッシュさんだった。
荷が思いとは思われますが、人間国側の入学希望者集め、よろしくお願いします。
そして、新学期がいよいよ近づいてくる。






