710 蟹は高級食材
無事、ジュニアたちからの尊敬を勝ち取って父親としてのステップアップを確信した俺。
早速ジュニアがヒーローキックの真似事などしておる。
「ほくとこうきんぶんだんきゃくー」
まことに子どもらしい、ごっこ遊びであった。
こうしてジュニアたちに夢を与えてくれたのも、多くの人が荒唐無稽な構想に手を貸してくれたお陰だ。
特に大蟹の精霊デスマスくんは初対面だというのに親身になってくれて、本当に恩義を感じました。
改めてありがとうと言いたい。
『そんなことないですますー。ボクの方こそ誰かの役に立てて本当に嬉しいんですますー』
デスマスくんと握手を交わす。
相手はハサミだけど。
『これからもボクにできることなら何でも頼ってほしいですますー。あ、そうだ。お近づきのしるしにコレを上げるんですますー』
え? 何か贈り物を?
ここまで散々お世話になってきたというのに、さらに何かいただくなんて……。
大蟹デスマスくんは、みずからの左右から伸びる脚の一本をハサミで掴むとブチリコと引き抜く。
「ええええ……!?」
『上げるんですます。蟹の脚は身が詰まってて美味しいんですます』
いや……!?
たしかに蟹が高級食材で極めて美味なのは存じていますが……!?
まさかそのために、体の一部を引き裂いて頂戴いただけるなど……!?
さすがに重すぎますことよ!?
『大丈夫ですます。ちぎった脚はまた生えてくるんですますー』
とか言ってるうちにデスマスくんの脚の取れた部分からまたズモモモ……と新しい脚が生えてきて、ほんの数秒のうちに元通りとなった。
これが蟹の再生力?
あるいは上級精霊としてのパワー?
まあいいや。
しっかり再生するというなら良心の呵責に苛まれることなく存分に蟹足を満喫することにしよう!
蟹を食べるなら何と言っても鍋!
鍋高級食材の代表選手と言っていい!
そんなカニ鍋を食べられるなんて何という僥倖か!!
『蟹を食べると無口になる』とかそんなことも言われるが、蟹などという超美味を食せる代償と思えばまったくデメリットになってないわ!
いざ、蟹すきーッ!!
……と巨大蟹さんから貰った巨大蟹足をお鍋の中にホールインワン!
「入らねえ!?」
鍋の中に蟹足が!?
そりゃそうよさっきから『巨大』ということを何回にもわたって強調しているんだから!
我が家で常用している土鍋の許容量をアッサリ越えていきますともよ!!
どうする!? この状況!?
巨大蟹足を土鍋に入るように細かく刻めばいいのか?
しかし殻ごと茹でて、その風合いを楽しむのも蟹鍋の醍醐味というもの。
それができないというのであれば蟹鍋として致命傷と言っても過言ではない!
じゃあ、この巨大蟹足も収めてしまう専用の巨大土鍋を作る……のも面倒くさい!
一回使用したら以降は二度と使わないということが確定しているものを拵えるのはなあああ……!?
『うわあぁあああああんッ! やっぱりボクはダメなヤツなんですますッ!?』
「デスマスくぅん!?」
いかん、このまま折角の贈り物を扱えないようでは、デスマスくんの自信を粉砕してしまう!
彼の想いを無駄にせぬためにも、絶対にもらった巨大蟹足は美味しく調理しなければならない!!
ならば一旦蟹鍋は諦めて……!
煮るのがダメなら焼いてみる!!
容器に収めなければどうにもならない煮炊きと違い、焼くだけならば何とかなりそう!
専用の石積み釜土を作り、その上に巨大な蟹足を置いて火をつける。
ファイヤー!
そしていい具合にからに焼き色がついたら、試しに食してみるぜ!
「あっつ!? あつあつあつあつ……!?」
さすがに焼きたてはクッソ熱い!?
口の中火傷しながらなんとか食しきれたものの……!
「美味しい!!」
蟹の身って何でここまで美味しいのだろう!?
甲殻の中にギュッと詰まった筋肉の塊的なものが独特の歯ごたえですよねえ!?
めっちゃ熱いけど!?
ポン酢でもかけて冷やすか、味付けも兼ねて!
「よし、やっと上々の滑り出しを見せたぞ……!」
しかしここでは止まらないのが俺よ。
二の手、三の手で畳みかけるぜ。
焼けた蟹の身をほぐして細かくし……。
……チャーハンにインッ!
パラッパラのチャーハンはあらかじめ用意しておきました。
「カニチャーハンッ!!」
カニ料理としてもう一つのド定番!
熱くパラパラのチャーハンに絡む蟹の風味!
盗作贋作を売りさばく黒い画商もこれなら満足だ!
「うめえええ! うめええええええッッ!! おれ様のドラゴンラーメンと一緒に出してもピッタリの味だああああッ!!」
ヴィールがカニチャーハンをかき込む。
いつものごとく、新作料理あれば無条件で現れるコイツであった。
しかも早速ラーメンにチャーハンを合わせようとするとは。
これで餃子が揃ったら無敵ではないか。
「凄いじゃないか蟹! ただ単に甲羅の硬いヤツかと思ったが、こんな美味しさを秘めた凄いヤツだったんだな!」
『そんなに褒められると照れるんですます……!?』
ドラゴンであるヴィールから手放しの称賛を受けて、デスマスくんも気分ハレバレだ。
よし、ここでさらなる一手を出すぜ……!
「この……カニスープでな!」
『カニスープですます!?』
そう、カリッカリに焼いたカニの甲羅で、これ以上ないかってほどに出汁をとった濃厚カニスープ。
これを飲めば、もう口の中が蟹一色となって、他のカニ料理の味がわからなくなるというシロモノ!
『ええッ!? そんなものを飲んだら、もうカニ料理が楽しめなくなってしまうですます! 罠ですます!!』
「そうだ、このカニスープの罠であらゆるカニ料理を滅ぼしてくれよう! グワッハッハッハッハ!!」
高笑いする俺の脇でヴィールが『何だこの寸劇?』と訝っていた。
そこへ現れる救世主!
『諦めてはダメよ! デスマスくんちゃん!』
『ああ、アナタはッ!!』
クラーケンのクラーク・ケント!
深海の暴君と謳われた大海獣にしてデスマスくんのライバル! 大タコ!
八本の脚を荒ぶらせて上陸だぁ~~!!
『要は、濃厚な味で味覚が麻痺しちゃうんでしょう!? それならば一旦他のものを口に入れて味覚をリセットすればいいのよ! いけええええええッ!!』
そう言って、タコ足が口の中に投げ込まれてくる!?
どういう状況!?
ああ……、しかしこのタコの独特の歯ごたえ……!?
噛み切れるか切れないかの絶妙な硬さ加減で、顎に力が入って脳が活性化される……!?
「おお!? タコ刺しを味わったことで口の中がリセットされて! また蟹の味を楽しめるのだああああッ!! 蟹! タコ! 蟹! タコ! いくらでも食せる無限ループだあああああああッッ!?」
ヴィールも、その味の新鮮さにご満悦だ!
『クラーク・ケントさん……! ボクのためにこんな……!?』
『アタシたち……宿命のライバルでしょう? ピンチの時に助け合うのは当たり前よ?』
『クラーク・ケントさぁあああああんッ!!』
感動極まって抱き合うタコと蟹。
感動の名場面だった。
「だから何なんだ? この茶番?」
どうせだから楽しく食事した方がいいかなあと思って。
どうせならデスマスくんの蟹足と、クラーケンのタコ足で海鮮パーティでもしようぜ?
ということで皆で海の幸に舌鼓を打って、楽しく美味しい食事にありつけましたとさ。






