709 完成、異世界ヒーロー
俺です。
成果はあった。
ここ異世界で五十年先も愛され続けるヒーローを創造せんために色々頑張って、そのために必要不可欠なファクターを探して海をも越えましたよ。
やはりヒーローには個性づけが必要でしてね。
大体なんかデザインのモチーフとなるものがあるものです。
それを探して野を越え山越え、海すら越えて手がかりを探すこと数時間。
ついに手掛かりを見つけたわけだ。
以前、懇意になったことがある海の精霊クラーケン。
我が妻プラティのマブダチでもあるらしいお彼(?)だが、その会話を思い出して、この世界には硬い甲殻を持つ巨大ガニの上級精霊がいることを思い出したのだ。
蟹。
いいんじゃないかなと思った。
生物的イメージとしても硬いし強そうだし実際、日曜朝のヒーローでも何度かモチーフされたことはあったはず。
ならば蟹こそ俺たちの目指す異世界ヒーローの有力候補じゃないか!!
ということで、蟹さん本人(?)と会いにいってみて、つつがなく意気投合。協力を得られることになった。
巨大蟹の精霊デスマスさんというのだそうだ。
え? 違う? デスマスくん?
はい。
余談だが蟹ガラ入りの味噌汁が飲みたくなった。
早速農場へと戻り、プラティに動いてもらってデスマスくんから生命因子を抜き取ってもらう。
献血する程度のもので本体の健康にそれほど影響はないとのこと。
それに従来からのヒーロー変身魔法薬を混ぜ合わせ、カッコいいデザインになるように念を込めてから。
「……完成!」
これで変身ヒーローになれるだろうか?
成功か否か、これからの実験で明らかになる!
* * *
実験の場には、けっこう多くの見物人が詰めかけていた。
プラティ始め、エルフのマエルガやドワーフのエドワードさん、さらにデスマス卿もといデスマスくんなど変身ベルト作成に協力してくれた人たちはもちろん。
先生やヴィールなど行きがかり上に関わった者らや、オークゴブリン他のエルフなども物見高さのために集まっている。
そして我が子、ジュニアとノリトだ。
二人に喜んでもらうためにこそこの企画がスタートしたんだからな。
しっかり見ていてくれよ……この父の勇姿を!!
「変……身……!」
まずは変身するための必要な宣言。
どんなに代が移り変わろうとも、このセリフを変えることはないのだ。
それでいて、両手を交差させてからゆっくりと振り回すあの独特のムーブ。
その手には一本の試験管が握られていた。
中に満たされているのは、デスマスくんが提供してくれた生命因子を混合してプラティが拵えてくれた変身用魔法薬である。
ソイツを勢いよくベルトのバックルへ……。
ガシーンと!
そして始まる変身!
魔法薬がベルトを中心に広がっていき、俺の体を包み込む。
そしてデスマスくんの生命因子に反応して、こないだの黒全身タイツとはまったく違う独自の形へと変容していく。
これこそ俺が追い求めていた本当の形。
これならば普通に日曜朝のテレビに出ていたとしても問題ないのではあるまいか?
そうして完成した姿は……!
普通にカッコよかった。
「うおおおおおおおおッ!? カッコええええええええええッッ!!」
主に見物人の男性陣から熱狂の歓声が上がった。
うむ、スマートでいかにもヒーロー然とした姿だ。
万が一にも『カニ怪人』みたいな格好になったらどうしようかと不安視していたが、乗り越えられたな。
もちろん、実現されたヒーローの姿はそこはかとなく蟹っぽい意匠があって鋭角的だ。
胸部とか肩とかは装甲的なものがついてるし、特撮ヒーローとしてはやや重武装系かもしれない。
「ふぅ……、ふッ! ふッ!」
変身した感触を確かめるように拳を振るってみる。
ビュンッ! ビュンッ! と空気を切り裂く音が唸った。
あれ? 思ったより拳の速度早くない?
「アタシが作成した変身魔法薬の力は完璧よ! 変身した旦那様のパンチ力は、大幅強化されているのよ!」
マジかい!?
俺の『至高の担い手』でパンチ力を単位化したところ……
パンチ力:10t。
てな感じに出てきた。
「……」
試しにジャンプしてみたところ、助走なしの垂直飛びで軽く35mは飛べた。
うわぁ、高ぁい……!
……じゃねえよ!?
変身して身体能力が軒並み上がってる!?
キック力:20t!?
走行速度は100mを5秒ぐらい!?
何だこの子どもが軽い気持ちで考えた程度の数字単位は!?
試しにレタスレートと力比べしてみた。
「ぐおおおおおおおおおッッ!?」
「ふんりゃあああああああああああッ!!」
「ぐぁあああああッ!? ギブギブギブギブギブッ!?」
数秒間とはいえレタスレートと互角を張れるなんて!?
なんという力強さだッ!!
「これがアタシの魔法薬の効き目よ! 世界一の魔女たるアタシが手掛けるんだから、最高の一品に出来上がるに決まっているじゃない!!」
これでは普通に本物のヒーローではないか!?
いや、俺は子どもに喜んでもらうためのほんの遊具のつもりで手掛けたんだが。さすがにこんなだと子どもらもドン引き……!?
「ぱぱ、かっこいい……!」
そうでもなかった。
今まで見たこともないようなキラキラした瞳で俺を見詰めるジュニア。
弟の方のノリトは、まだよく理解できてないようでポカーンとしている。
しかし長男だけでもそんな憧れの眼差しで見てもらえるなんて……!?
俺は……、俺は父親として……!?
「よし、こうなったらパパ必殺技出しちゃおうかなー!!」
『手伝うですます!!』
巨大蟹デスマスくんも参加して、人蟹一体のコンビネーション技が発動する!
まず、ジャンプした俺が大蟹デスマスくんのハサミに乗って、ハサミに押し上げられてさらに高くジャンプ!!
縦回転しながら天高く登り、最高度まで上昇しきったところから重力の勢いも得て流星のごときキック!!
特に標的はないので、砂浜にでも着弾したら砂も綺麗に吹き飛んでエグいクレーターができた。
「うおおおおおおぉーーッ!? すげえええええええええッッ!?」
その威力に自分がビックリ。
またとんでもないものを拵えてしまったあああああッ!?
『うひぃいいいいいいんッ!! ボクの因子を使ってここまで派手に暴れてくれるなんてええええッ!! 嬉しいですますうううううううッ!!』
その横で巨蟹が感涙にむせび泣いていた。
……まあ、そこまで喜んでいただけるならこちらも一緒に嬉しくなりますが……!?
「ぱぱ、かっけー! ぱぱ、すげー!」
そして、父の凛々しい姿にこの上なく興奮するジュニア。
それこそが最終目的だったので嬉しいことは嬉しいが……!
「ムムム……! このままジュニアの尊敬を、ご主人様一人だけに集約させるわけにはいかないのだー!」
と対抗心を燃やすのはヴィール!
「よーし! こうなったらおれの生命因子も分けてやるぞー! そしてそのパワーで変身するのはジュニア、お前だー!」
あの竜、ジュニア自身を変身させることで、あの子の心証をよくしようという目論見か!?
大部、こすい考えが身についてきやがって!?
「さあ、ジュニア用にもう一つのベルトを用意するのだー! おれ様が責任もってジュニアを変身させてやるのだー!」
「ダメよ」
「あれぇー!?」
ノリノリのヴィールを抑えるのはプラティであった。
「いくらアタシ渾身の作だからって、少々思った以上に出力が高すぎたのよねー。
あんなの危険で、まだまだ三歳のジュニアには使わせられないわ。玩具としては大仰すぎたわねー」
さすがプラティ。
暴走しかけんとしたヴィールを鮮やかに止めて息子の安全を確保するのだった。
こうして異世界にヒーローは爆誕し、無事息子たちからの尊敬を勝ち取ることができた。
結果は上々ってところだな。