704 エンゼルの帰還
俺です。
卒業生たちの現状を伝える手紙は読み応えがあるなあ。
皆の成長がしっかりと確認できて感動した。
ノーライフキングの先生などは感動しすぎて号泣されていた。
すっかり涙もろくなってしまわれて……。
彼らの若き活躍に負けないよう、俺たちもより一層真剣に丁寧に働かなければ。
余談だが、手紙が届いてから数日したあと、ディスカスたち新人魔女は休暇兼里帰りを終えて職場復帰した。
今や彼女らこそが農場の一分野を支える欠くことのできない人材だ。
彼女らの休暇中、発酵食品部門や冷蔵部門を切り回ししていたプラティだったが、久々のそれらの作業が相当キツかったのか、帰還してきたディスカスたちを見て『やっときてくれたー!』と感激して抱き着くほどであった。
農場開始当初はプラティ一人で担当していた食品冷蔵や発酵食品づくりだが、あれから規模も膨らんだしプラティ自身二児の母となって、子どもたちの世話でも多忙を極めている。
かつて農場の手伝いとしてやってきたパッファやランプアイも結婚を機に帰国し、辛うじて残ったガラ・ルファやエンゼルが手伝いをして何とか回せてた感じだった。
「それもこれも主力メンバーが戻ってきてくれて解決だわー! 本当によく帰ってきてくれたわね! 誰かが戻ってくることでこんなに嬉しいと思ったことはないわ!」
「そこまで!?」
魔法薬使いにおいて同族の誰をも凌駕する実力を持つはずのプラティがそこまで言うのは珍しいことだった。
あからさまに他人を頼るセリフを吐くなど……。
「プラティ様にそこまで頼っていただけるなんて……!?」
「嬉しくて涙が出そうです……!?」
というか、実際出ていた。
これまで天才の名をほしいままにして一人で何でもできるプラティも、母親になって人と助け合うことの大切さ、協力することの素晴らしさを学んだのか。
「というわけで、ここまで来たらエンゼルは用済みね。今まで手伝ってくれてありがとう。帰っていいわよ」
「んええええええええええッッ!?」
そんなわけでもなかった。
新人魔女たちの不在中、大忙しのプラティを支えていた妹エンゼルを用済みになれば不要とばかりに切り捨てる。
「というか、何故今さらエンゼルがまだ農場にいるんだ?」
人魚国第二王女エンゼル。
プラティの妹でもある。
長兄のアロワナさんが王位についた今、どんな呼び方したらいいかよくわからないけれども。農場において立場的にはマーメイドウィッチアカデミア分校に所属する一生徒という肩書きで、ここにいるはずだ。
卒業を迎え分校がいったん解散となった以上は人魚国にいったん帰るのが筋だろう?
「それがこの妹のしたたかなところなのよ」
プラティが言う。
「新人魔女たちが里帰りするタイミングを狙ってやがったのね。彼女らが抜ければ大忙しになるということを見越して、それで残っていればアタシから追い出されないと見越していたのよ。コイツごときでも戦力になるなら無下にするはずがないってね……」
エンゼルの頭を鷲掴みにして、ギリギリと力を籠めるプラティ。
その状況が恐ろしすぎた。
掴まれたエンゼルの足が地面から離れる!?
「あだだだだだだだだ……!? お姉ちゃん! お姉ちゃんが大変な時にアタシも役に立ったでしょう!? アタシの助力が必要だったでしょう!? アタシに大変な恩ができたでしょう!?」
「その通りよ? だからちゃんと『ありがとう』って言ったでしょう? これで正式に貸し借りなしよね?」
「お姉ちゃん!『ありがとう』の言葉はすべての負債を吹き飛ばす極大消滅呪文じゃないのよ!?」
母親として少しは成長したかと思ったのに……。
すぐにプラティは理不尽を振りかざす女帝の佇まいを取り戻す……!?
まあ、こっちの方がたしかに『プラティだね』という感じがしまくるけれども……!?
「エンゼルの考えはお見通しなのよ。忙しさに付け入り、なし崩しの残留を勝ち取った上でそのまま居つき、なあなあで農場での永住を勝ち取ろうとしたんだろうけれど、そうは問屋とトンカツ屋なのよ?」
「うげー!? 見抜かれていたー!?」
姉も妹もどうしようもないな。
下賤な打算しか行動原理がないのか!?
「いいじゃないのよお姉ちゃーん!? アタシも農場に残りたいー! ステーキやカツ丼、お好み焼きを毎日食べたいー!」
「ええい、せからしい! アンタの魔法薬使いとしての能力は、ここで働く基準に全然足りてないの! それでも猫の手を借りたい状況なら『助かった!』と思うけど本命のディスカスらが戻ってきた今アンタはただの控え選手! ベンチはベンチに戻りなさーい!」
「ヒデエ!」
どっちもな。
「大体、アンタに魔女の才覚はそこまでないってことは最初からわかってんだから、だから折衝役というかネゴシエーターとしての能力を高めるための教育を、この何年間みっちりしてきたんでしょう?」
えッ? プラティそんなことしてたの?
妹のエンゼルに対して?
「この子、そういう能力にズバ抜けているのは前々から察せられたでしょう? 自分にとって嫌なことを避けるために、あらゆる手段を使って状況をコントロールしようとするし……!」
うん、そうだね。
とても褒められたものじゃない、本当に手段を選ばないような手段ばかりだけれどね。
「そういうね狡賢さは政治に生かされるものだと思うのよ。こういう才能って、ウチの家族の中ではなかなか発揮されないから、ある意味貴重なのよね」
言われてみればたしかに。
俺がこれまで知り合ってきた人魚王族のご一家……。
……プラティ、アロワナさん、ナーガスさんシーラさんご夫妻……。
これら皆、正面から叩き潰すタイプの暴虐者で、そういう意味では実に基本に忠実な人たちだ。
なんならアロワナさんの伴侶となったパッファもまた。
口八丁言い逃れ悪あがき大好きなエンゼルみたいなタイプは、たしかに人魚王家には珍しいのかもしれない。
「アンタの才能は、これからアロワナ兄さんの治世に重要なファクターになると思うのよ。だからいつまでも農場にいたままじゃ、アンタの能力を人魚国の役に立てることはできないでしょう?」
ここで新しい魔女となったディスカス、ベールテール、ヘッケリィ、バトラクスも元々はエンゼルが見出して彼女の取り巻きにしていた連中だしなあ。
口八丁で言い包めたり、市井の有用な人材を見出したり……。
あれ?
なんか言われてると段々エンゼルが政治能力に秀でているような気がしてきた?
「アタシには政治的才能があった……!?」
エンゼル自身もなんかその気になっておる!?
これが自己暗示とか何とか!?
さらに畳みかけんとするプラティ。
「アタシだって、元人魚国王女として責任的なものを感じているの。第二王女であるアナタを鍛えて人魚国の役立つようにすることで、その責任を果たすことにしたいのよ」
「お姉ちゃん!!」
「アナタは魔法薬師とするよりは二枚舌の交渉役とした方がよく暴れられると思ったんで、そっちの方面に伸ばしたのよ」
ところどころ厳しい罵倒になるのは、二人の姉妹関係をよく表しているなと思った。
「じゃあもしかして、アタシが盗み食いしてるのがバレた時に、爆炎精霊イフリートを頭上に乗せながら言い訳しろとか、わけのわからない命令したのも?」
「極限状況でもちゃんと口が回るように胆力を鍛える試練よ」
「巨大ガエルに丸飲みにされそうになりながら言い訳しろとか言ったのも?」
「訓練よ」
「悪魔に、魔界へ引きずり込まれそうになりながら言い訳しろとか言うのも!?」
「修行?」
本当かなあ?
エンゼルがそういう状況に追い込まれた時、大体プラティが楽しみにしているお菓子を盗み食いしたり、プラティ用に仕立てられた服を勝手に着たり、プラティがちょっと目を離した隙にジュニアに悪戯しようとしたりとか、過剰にプラティの怒りを買った時だったからなあ。
「すべてアナタの将来を思って、あえて厳しく当たったのよ!」
その場しのぎの出まかせはプラティもかなりのもんだと思った。
「わかったわ……アタシ、お姉ちゃんにこんなにも愛されていたのね……!」
怖ぇなこの姉妹。
傍から見守っていて尚更思う。
「アタシは人魚国へ戻るわ……! そしてお姉ちゃんに鍛えられて伸ばしてもらった交渉力政治力でお兄ちゃん……もとい人魚王アロワナ様のお役に立って見せるわ!」
「よく言ったわエンゼル、それでこそ人魚王家の女よ。この農場で学んだことを恥としないように必死の思いで頑張りなさい」
「はいッ!!」
エンゼル、試験管に入った薬を一気に飲み干すと、その体が変容していき下半身が二本の脚から、魚の尾びれへと変わる。
地上人化する魔法薬を解除され、人魚が本来の姿を取り戻すのだ。
これで海に潜っても大丈夫!
「エンゼル様……今まで一緒にいてくださってありがとうございました……!」
「私たちがここまで来れたのもアナタのお陰です!」
「エンゼル様は、私たちの恩人です! 一生忘れません!」
「私たちはいつも一緒です!!」
農場に訪れた時は一緒だった四若魔女たちもエンゼルを囲む。
賞賛とお礼の言葉を述べるために。
若い彼女たちが青春の日々を同じくしながら、将来の道を進むために分かれていく。
それでも一緒に過ごした日々は変わらない。
彼からも彼女たちは友だちなのだ。
「大好きよ! みんな大好きよぉー!」
友だちを抱きしめながら号泣するエンゼル。
卒業式を随分前に済ませたというのに、今まさに感動が巻き起こるのだった。
それを傍目に見ながら、プラティが……。
「計画通り……! 上手いことエンゼルを追い出すことに成功したわ……! やっと我が家に平穏が戻ってきたわね……!」
……とほくそ笑んでいた。
プラティの方がよっぽど言い包めるのが上手いじゃないか……!?






