702 農場卒業生の活躍・人魚編
私の名はクラム。
人魚王家に代々お仕えする名家シェル一族に連なる者ですわ。
我が一族は代々、人魚王宮で家令や侍女などを務め、王族の方々の生活を補佐し、滞りなく政務していただくよう心を砕いてまいりました。
私自身も、優秀なる祖先より引き継いだこの仕事をまっとうし、次代へと引き継がせていきたいと考えております。
しかし。
そんな名家たる私が憂う事態が起きているのですわ。
私たちがお仕えする人魚王家で近年起こった変化。それは何と言っても名君の誉れ高かった人魚王ナーガス様が長年の在位にピリオドを打って引退され、その代わりに御子息アロワナ様が王位に就いたこと。
それに伴い人魚王妃も、ナーガス様の愛妻シーラ・カンヌ様から、アロワナ王の若き新妻パッファ様へと交代されました。
市井の人妻と違い、妃には多くの表での責務が課せられます。
王室を取りまとめるのはもちろんのこと、王に伴われて公式祭典に出席したり、あるいは流行の最先端を担って国の品位を底上げしたり……。
王自身に何事か起こった際、代理として国家の運営を担うことすらあります。
要するに人魚王妃とは、時には人魚王自体に匹敵する重要性を持ったポストなのです。
それを務めるには古今典礼を網羅した知識や、まったく隙のない教養が必要不可欠。
他に市井の者どもが求めるような見目麗しさがあってもいいでしょう。
当代の人魚王妃となられたパッファ様は、見目こそ氷のような冷たい煌めきの美貌を持っていますが、残念なことに生まれ卑しく、いかなる人魚貴族の血も引いてはいない庶民の生まれなのです。
しかも『凍寒の魔女』などという凶悪な呼び名で通った札付き。
そのようなかしまし娘を人魚王妃に迎えるのは、長年仕える侍女長として不安甚だしいところがありましたが、実際即位してみると案外そつなくこなし、公務でも家庭でもよくアロワナ陛下を支えております。
王妃としてもっとも重要な務めであるお世継ぎの出産もそつなくこなし、第一子となったモビィ・ディック王子殿下は目立った欠落もなくすくすくとお育ち遊ばしている。
父母となって生活環境が激変した中でも、夫婦仲は良好でこの分なら第二子のご懐妊もすぐではないかと言われていますわ。
この人魚侍女長クラム。
人魚王宮に長年勤める忠臣として気を揉んでおりましたが、そろそろ認めざるを得ないようですわね。
パッファ様こそ、次代の人魚王妃を務めるに相応しい御方であると。
さすれば、もう様子見もやめて本格的にお仕えするのが人魚宮侍女長としての正しい振舞いですわね。
それではまず王妃お付きの侍女を選別することから始めねば……。
定員は……五十人ぐらいでよいかしら?
いずれも人魚国の名家から選抜した、第一級の淑女ですわ。
全員がマーメイドウィッチアカデミアを卒業して学歴も充分ですし、人魚王妃の傍仕えとしては申し分ない水準と自負しています。
さあパッファ人魚王妃陛下。
この侍女たちを我が手足と思って存分にお使いくださいませ!!
* * *
「いや、いいです」
「あれぇええええええええええッッ!?」
なんでッ!?
困りますわよ王妃!? 何故王宮のしきたりに従ってくださらないんですか!? これだから庶民の出は!?
「だってさー、アタシが結婚したのどれくらい前だと思ってんだよ? 嫁入りしたての慣れない時期とか、妊娠してつわりの酷かった時期とかこそ助けてほしかったんだけど、何とか乗り越えてこのタイミングで手伝い寄こされてもさー」
「王妃は侍女を何だと思っていますの?」
「お手伝いしてくれる人のことじゃないの?」
ハァ。
これだから庶民の出は。
ちゃんと説明するのでかっぽじってお聞きくださいませ。
「侍女とは、ただの手伝いではございません。人魚王族として果たさずにはおれぬ公務。そうした高貴な責務を果たすためにこそ侍女は必要なのですよ」
「仕事に貴賤はないよ?」
「私が用意した侍女たちは、いずれも生まれたしかで極上の教育を受けた淑女たちです。いずれは高貴な男性の下へ嫁ぎ、高貴な家庭を築き上げることでしょう」
「それで?」
「そうした家庭は、人魚国を支える重役を務める家となりますので、そうした相手と繋がりを持つことは重要でございましょう? なので今のうちに王妃手ずから花嫁修業を躾けて、子飼いにしておけば、きっと後々益となるに違いありませんわ」
「くだらねえ、そんなのやってる暇はねぇよ」
なんですってえええええええーーーーーーッ!?
王妃、心得違いをなさってはいけませんわ!
私は王妃のためを思って言っておりますのよ!
「コネ作りなんてやっすいことで仕事した気になってんじゃねえよ。女は働くもんだぜ。額に汗して働くのが本当の仕事よ」
「まあ、王族のお考えではありませんわ!!」
そう言いながら王妃陛下は、みずから王子殿下にごはんを与えたり着替えさせたりしておりますわ。
そのようなことメイドにでも任せておけばよろしいでしょうに!?
「何言ってんの? 自分の子どもの世話を他人任せにする母親がどこにいるかっての。どれだけ忙しかろうと、この子はアタイがこの手で育てる!」
「それは王族として間違っておりますわ!」
ああ、心配していたことがやはり!
庶民生まれのパッファ王妃では、王族のやり方を理解できずに和を乱すと思っておりましたわ。
やはりこの侍女長たる私が、真の人魚王妃に相応しいよう導いてさしあげねば。
「王妃陛下、王族の暮らしとは一般庶民とはまったく違うモノでございますのよ。くだらぬ雑事は下等なメイドなりに任せておいて、王族の権威を保つことこそに王妃陛下はご集中ください」
「権威を保つって、舞踏会に出ておべんちゃらを使いつつ取り巻きを増やすってことか? くだらねえ、そんなことで保てる権威に何の信頼があるんだよ?」
何ですって!?
「そんな権力に擦り寄ってくるヒトデみてえな連中は、ちょっと落ち目になると潮が引くように去っていくってのはわかりきってんだよ。そんな連中に媚び売って、貸しを作ったところで、ちゃんと返ってくるかもわからねえ。見返り求めるならこんな時間も労力も無駄なことはねえ」
「し、しかしながら人魚王宮を生き抜くためにも派閥作りは必要ですわ! 特に庶民出のパッファ様はただでさえ後ろ盾などないのですからもっと熱心に人脈を築くべきかと……」
「ランプアイとゾス・サイラがいれば充分だろ」
ぐっほ、そうでしたわあああああああ……ッ!?
この女、庶民であるくせに何故か強力な知り合いばかりいて、現人魚宰相ゾス・サイラと師弟関係にあり、さらに元人魚宮近衛兵であるランプアイとも入魂の間柄。
さらにそのランプアイは『闘魚』の異名で恐れられる軍人家系ベタ家に嫁入りしているのですから今の時点で彼女の持つ人脈は文武両方を掌握していると言っても過言ではありません!?
なんで庶民の分際でここまで凶悪なコネを?
「魔女を舐めんじゃねーよ。狭い社交界で権力ゲームに興じてるアンタらより、実力だけが物を言う世界でぶつかり合ったアタイたちの絆はフジツボより硬いんだぜ。いざとなったらアタイとランプアイとゾス・サイラとそれにプラティのヤツも加えて人魚国の敵を海の藻屑のモズクにしてやらあ」
ぐほッ、人魚王宮始まって以来の天才と謳われたプラティ王女の名まで……!?
なんでそんなに実力者の知り合いが多いんですか?
魔女だから?
「実力者には実力者の知り合いができるもんなんだよ。親から貰った肩書きなんかとは違う、正真正銘自分の手で培った実力がなあ」
「だ、だからと言って王妃の務めを怠っていいわけではありませんわ。王妃には、人魚の社交界で立派に通用する淑女を育て上げる責務がございます。下手な拘りは捨て去り、どうか素直に侍女をお付けくださいますよう」
そして王妃直々の指導を受けたと箔のついた淑女たちは、配偶者を探す若き人魚紳士の人気物件となるのですわ!
彼女らを選抜して王妃に引き合せた私の株も上がるというもの!
「たしかに人魚宮の人材育成も王妃としての重要な仕事だよな」
「そうです、そうですとも!」
やっと素直に私の言うことを聞く気になりましたのね庶民。
「なので既に、有用の人材を多数用意しておいたぜ」
「は?」
* * *
そして王妃の指示で、人魚宮へと引き入れられた多数の乙女人魚。
彼女らは一体!?
「今年卒業した、マーメイドウィッチアカデミア農場分校の生徒どもだよ」
農場分校!?
一体何ですのそれは!?
「まあ、試験的に運用されたヤツだから知らないのも無理はないが、陸のとある場所で、徹底的な英才教育を施された文字通りの才媛だぜ。アンタが紹介した子よりは間違いなく使える水準に達している」
「何ですって!?」
「何しろ魔法薬の扱いは、アタイとプラティとランプアイで徹底して叩き込んだんだからな。それどころか陸の実力者からも教えを受けたりして、知識の広さは海から上陸するレベルだぜ。一緒に学んだ人族魔族の生徒とも人脈がある」
そんな!? そんな稀有な人材がわたしの知らないところで!?
人魚王宮に仕え、あらゆる貴族とのコネを持つ私が知らない人材がいるなんて、許せませんわ!
「今年になってついに一人前と認められて卒業したから、何人かはアタイの手元において働かせたいんだよね。ってことでアタイの侍女はコイツらでいいだろ。そっちの彼女らはテキトーに解散させといて」
「そんなこと許せませんわああああああッッ!?」
栄えある人魚王妃お付きの侍女が、私の許可なく決められるなんて!
そんな大惨事あってはなりませんわよ!
王妃陛下は、人魚宮の秩序を蔑ろにされますの!?
私は人魚宮の侍女長! その私が侍女の人事を取り仕切ってこそ人魚宮の平和は保たれるのですわ!
黙って私が選抜した侍女を採用してくださいまし!
「そうですわ! よいことを思いつきました。どちらが王妃の侍女に相応しいか、ハッキリさせればよろしいのでしょう!?」
「ん?」
「勝負と行こうではありませんか! 私が推薦した侍女たちと、王妃様に取り入らんとするどこのイカの骨ともわからぬヤツら、どちらが優れているか勝負で決定するのです」
「ほうほう」
王妃陛下、やる気ですわね?
やはり庶民にはこういう短絡的な提案が食いつきいいですわ!
「テメエもアタイの趣味を理解してきたじゃねえか。いいぜ、強い方が勝つ、これほど簡単な物事の決め方はねえ。アタイが手塩にかけて育てた小魔女どもの実力、思い知らせてやろうじゃねえか」







