699 農場卒業生の活躍・人族編(6/7)
「ぶぎゃんぴぃいいいいいいッッ!?」
一発ビンタを食らったサルダケース。
その勢いで体を高速回転させ、その場でコマのように回転する。
しばらくすると地面との摩擦で回転も落ち着き、勢いも緩まってきた。
回転が収まると同時に、その場にペタリと尻餅をつく。
「な、殴った? 殴っただとこのボクを……!?」
「大袈裟な。平手で撫でた程度じゃないですか。僕が拳を固めてぶん殴ったらアナタなんか歯の四、五本はへし折れて顎の骨が砕けていますよ」
「何をするこの無礼者があああッ!? 領主を! 領主のこのボクを殴っただとおおおおおッ!? なんというこの重罪人が! であえであえ! この痴れ者を捕えよおおおおおッ!!」
サルダケースは喚き散らすが何を言っているのか?
この場に、ヤツの命令を聞いて僕を捕えようとする者なんて誰もいなかった。ヤツの敷いた圧政のお陰で、領兵なんてとっくの昔に解散して一人も残っていない。
だったら館にいる執事かメイドにやらせる?
それすらほとんど残っていない。
「どうした!? どうして誰も出てこない!? 領主のボクが命令しているんだぞ!?」
「誰も命令に従わないとは、哀れな領主様だ。……じゃあ僕が代わりに言ってみましょうか?」
「は?」
「であえー」
その声に即時反応し、その場にいた男たちが立ち上がった。
ゼピニオさんたち野盗集団だ。
一見拘束されていたかに見えた彼らだが、彼らを巻く縄は結ばれておらずその気になればいつでも払い飛ばすことができた。
要は『拘束されている』という偽装だ。
だから今は、自由になった彼らが逆に、サルダケースを取り囲む状況となっている。
「ひえぇええええええ!? っぱあああああああああッ!?」
安全と聞いて戻ってきたはずが、包囲され虜となっている。
頭数からして敵いようがなかった。
サルダケースはお坊ちゃまらしく取り巻きを伴っていたが精々二、三人と言ったところで、なおかつお坊ちゃま仲間といった風情のヒョロ男たちだから屈強の元野盗などと戦力的に比べようがない。
「リテセウス! リテセウスお前謀ったな!? 罪人たちと共謀してボクのことを害するつもりか、この反逆者!!」
「いいや逆だ。罪人で犯罪者はお前だサルダケース」
これだけ逃げられないほどに取り囲まれながらどうしてこれだけ偉そうにしていられるのか。
「お前という存在自体が罪だ。領主という立場にいながら働かず、領の政治を滞らせて民への支援を断たせた。それでいながら重税を課し人々を苦しめ、しかもそうして吸い上げた金で自分自身は豪遊し、私腹を肥やす」
「テメエは、人の上に立つ者がやっちゃいけねえことを軒並みしでかしてんだよ! 誰もテメエを領主だなんて認めねえ! ただの迷惑なクソガキだ!!」
ゼピニオさん、初対面するサルダケースに罵声を浴びせる。
無法の徒となってまで圧政に抗しようとした人だ、積もりに積もった憤懣は一方ならぬだろう。
「ううう、煩い! ボクは領主だぞ! この領も領民もボクのものだ! ボクのものを好きに扱って何が悪い!?」
しかしバカなサルダケース。自尊心だけを頼りに言い返す。
「お前らこそ、ボクのために生きて死ぬことを誇りに思え! ボクに役立つことだけがお前らの価値だろうが! それなのに文句を言うとはなんたる思い上がりだあああッ!?」
「では、貴様が領主の務めを果たさず、あまつさえ重税で民を苦しめた事実は認めるのだな?」
「だからそれこそボクの領主として当然の……、あれ?」
サルダケースは気づいた。
今のは一体誰による問いかけだったのかと。
その声は、僕やゼピニオさんとはまた違う威厳に満ちていた。
気づいた時にはもう遅い。
「恥を知れ、義務を果たさぬ罪人が」
「んぐぱぁッ!?」
隠形魔法を解き、現わされたその姿にサルダケースは身震いした。それもそうだろう、新たな登場人物それは……。
魔王軍占領府の長官マルバストス総督だったからだ。
「リテセウスの要請を受けて出張ってみれば、とんだものに遭遇したものよ。みずからの罪を大声で認める大バカとは」
「お前! お前、魔王軍だな!? センデキラス領主として要請する、我が領で起こった反乱を鎮圧しろ!!」
総督に縋りつくサルダケース。
その御方がどれくらい偉いのか、多分わかってない。
「お前らが滅ぼした王族の代わりに、人間国の平和を守るのが役目だろう!? 我が領はただいま反乱の徒に占領されている! この反逆者どもを、魔王軍が責任もって一人残らず死刑にしろおおおおおッ!?」
「愚か者、裁かれるのはお前だ」
「ひへッ!?」
マルバストス総督からの厳しい声に、暗愚領主は震えあがる。
あの人ただでさえ厳しいのに……、なんで目の前であそこまで愚かしいことが言えるのかな?
「この件、貴様に非があることは明らかである。リテセウスからの訴えは既に裏取りが終わっているし、貴様自身からの罪を認める発言も経った今この耳で聞き届けた。貴様の罪状もはや揺るがぬ」
「何をバカな!? ボクは領主だぞ! 領主だ領主だ領主だぁああああああッ!?」
そう言えば何でも通ると思っているサルダケースは、ただそれだけしか繰り返さない。
議論も口ゲンカもあったものではなかった。
それはそれで論破のしようもないから厄介極まりないが。
「占領府の務めというなら、罪を犯した領主を拘束し、可及的速やかに罰さねばならない。悪徳領主サルダケース。みずからの不徳を償うがよい」
「バカバカバカ! バカを言うな! お前らの仕事は領主であるこのボクを守ることだろう! ボクを害したら、他の人族領主が黙っていないぞ! いいのか!?」
何故か自信たっぷりに脅してくるサルダケース。
「ボクが不当に害されたら、人間国に数多くいる他の領主たちも『明日は我が身』かと疑うぞ! そして魔族と人族の信頼は崩れ、再び戦乱時代に突入だ! それでもいいのか!? 嫌ならボクを助けろおおおおおッ!?」
変なことにだけ口の回るバカだな。
しかしそうはならない。
「そうはならぬ、我ら人族領主は、魔族と魔王軍を信頼している」
「お前のような無能領主より余程な。むしろお前を罰しない方が信頼が失われる」
虚空から発せられる二つの声。
『まだ何かあんの!?』と皆が戸惑う中、隠形魔法を解いて姿を現した二人。
威厳ある成人の男は、一人がワルキア辺境領の領主ダルキッシュ様と、もう一人がグランドバルグ領主オセンニム様。
要は両方、サルダケースと同様に責任ある領主様だった。
その傍らにはダルキッシュ様の奥さんで領主夫人のヴァーリーナ様がいた。
元魔王軍人で、隠形魔法を使ったのは彼女か。
「人族の領主を代表し申し上げる。このサルダケースの悪行は、同じ領主として許しがたきもの。魔族占領府には厳正なる裁定をお願いしたい」
「民を顧みない領主など無価値であることを通り越して有害。存在してはならぬ。厳しい判決を下してくれるなら、我ら領主は全力で支持いたしましょうぞ!」
お二人とも、僕が農場で勉強していた時代にお世話になったりお世話した方々だった。
今回の騒動で、味方してもらうためにあらかじめ根回ししておいた。
それに応えてお二人とも、お忙しいであろうにわざわざ来てくれたのだ。
「バカ野郎ぉおおおおおッッ!? なんでなんでなんでだ!? なんで皆ボクの味方をしない!? ボクは領主だぞ!? 正しいのは使用人のリテセウスなんかよりボクの方に決まっているじゃないかああああッッ!?」
ここまで多くの人から見放されながら、それでも自分の破滅を受け入れられないサルダケース。
醜く手足をジタバタ振って訴える。
「誰でもいい! あのリテセウスをひっ捕らえろ! 罰して殺せ! 領主であるボクの命令だぞおおおお! ボクの言うことを聞けば副領主にしてやる! 誰か! 誰かぁああああああッッ!?」
当然のように、誰も答えない。
もう付き合っていられないとばかりにマルバストス総督が合図して、どこぞに控えていた魔王軍兵士がガッシリと、サルダケースの両手を掴む。
そのままシュンと消え去った。
転移魔法で占領府まで運んでいったんだろう。本当にこういう時便利でいいな転移魔法。
「あの男は、占領府により公正なる裁判にかけられたのちに相応しい量刑が課されるであろう」
「総督、ご足労いただきありがとうございました」
深々と頭を下げる僕。
「礼など不要。むしろこちらが謝罪すべきことだ。このようなことがないよう徹底して取り締まるのが我らの仕事であるというのに」
「我々とて同罪です。同じ領主の悪行ならば、風の噂になって近隣に届いていてもよさそうなもの」
そう言い添えるの領主ダルキッシュ様。
オークボ城を領内に保有する御方でそのご縁で知り合いになった。
「それが、リテセウスくんに報告されるまでまったく気づかなかったのです。自領だけに手いっぱいで周辺との連携もできぬというなら真の有能領主とは言えませんので」
「私も、リテセウスくんには大きな借りがある。こたびの働きでそれが少しでも返せたのなら満足だ」
グランドバルグ領主のオセンニム様は、かつて悪い人に誑かされて反乱を起こしてしまった領主様だ。
その鎮圧に聖者様やオークボさんが乗り出して、僕も一働きした。
「リテセウスくんが迅速な働きのお陰で、私は自領の民を傷つけないで済んだ。その恩は今でも忘れぬ」
「皆で勝ち取った成果ですので」
と色々思い出話を交わす光景を、かつての野盗リーダー、ゼピニオさんが眺めて一言。
「マジで凄まじいコネを持ってやがる……!? 一体どうしたら、あんな若さでそんな人脈開拓できるんだよ……!?」
僕というか、僕の修行した場所が凄かったんです。
さて、この領を蝕む最悪の病巣が排除できて、これで一件落着と思いきや……!?
「問題はまだ残っておる」
マルバストス総督が言った。
えッ? 何です?
「この領の行く末についてだ。悪徳領主はたしかに捕えた。しかしそれは、この領が最悪といえども主を失ったということでもある」
「主なくして領を引っ張っていくことはできませんからな。早急に新たなる領主を据えて、立て直しを図らねばなりますまい」
総督や他領主様たちの言い分ももっとも。
サルダケースを蹴り落として、ヤツの後任につくべきは誰か?
「リテセウスよ、キミが新たな領主となり、この領を引っ張っていかぬか?」
とマルバストス総督が唐突におっしゃられた。






