06 モンスター
「い、イノシシ……!?」
木々生い茂る山中。
ソイツと鉢合わせした瞬間、全身に戦慄が走った。
自分で言っといてなんだが、このイノシシはイノシシじゃない。
イノシシに似た様相だが、まったく別のモノだった。
何しろ角があるのだから。
闘牛を思わせる二本一対の角が、串刺しにするぞと言わんばかりに前方へ向けて伸びている。
それだけじゃなく、本来イノシシが備えている牙も、俺が知るものより遥かに大きく鋭い。
合計四本二対の突起物を備えたイノシシだった。
その凶悪さは、元の世界でテレビ越しに見たイノシシなんかとは比べ物にならない。
「こわ……!?」
角イノシシは、既に俺の存在に気づいてあからさまな敵意を向けている。
迷わずに突進してきた。
「うひいッ!?」
弾丸のような突進を危うくかわす。
角イノシシは勢いそのままに駆け抜けていき、木の幹にぶつかった。
幹に四つの大きな穴が開き、その欠損に耐えきれず木はミシミシ言いながら倒れてしまった。
家の柱にも使えそうなほど太い木だったのに。
「うわああああああ……!?」
このイノシシ、明らかに普通じゃない。
まさにザ・ファンタジーと言った感じだ。
もしや普通の動物とは違うモンスターというヤツだろうか?
そりゃあ異世界だからモンスターぐらいいて当然だが……。
とか言ってる間にまた突進してきた!?
「うおおおッ!?」
とにかく問題とすべきは、このイノシシモンスターの強烈な敵意だ。
俺を見つけた瞬間「生かして帰さん」と瞳が語っている。
俺だって異世界にやって来て早々死んでたまるか!
何か武器になるものはないか?
今日の山中散策用に携帯してきた装備から色々まさぐってみて……、マチェット(山刀)を取り出した。
元々は邪魔になる雑草や枝を切り払うためのものだったが、唯一これだけが武器として使えそう。
角イノシシ。
俺を真っ直ぐ見据え、後ろ脚を掻いている。
「今度こそ串刺しにしてやるぞ」と言わんばかりだ。
俺もマチェットをかまえ、息を飲む。
緊張が最大限に高まる。
先に動いたのはイノシシの方だった。
弾丸突進。
しかし俺は既にそれを一回見ている。二回目ならばより正確に動きを捉え、先読みしつつ、紙一重で攻撃をかわしながらカウンターでマチェットを叩きつける!
山刀の刃は、正確に角イノシシの眉間に命中し、その頭部を叩き割った。
ブモオオオッ! と獣らしい断末魔を上げて角イノシシはその場に倒れ込む。
「か、勝った……!」
生きた心地がしなかった。
よく見てみると、手に持ったマチェットが柄だけになって、刃の部分がない。
折れていた。
斬りつけた衝撃でポッキリと。
その刃はいまだ角イノシシの眉間に深々と食い込んでいた。
恐らくは脳に達していて、この野獣は二度と動くことはあるまい。
「あー、怖かった。危ないな山は!!」
やはり異世界。
危険はどこにでも転がっている。しかもかなりビビッドな危険が。
このモンスターに勝てたのも、『至高の担い手』の効果でマチェットを握った瞬間、一流の戦士になれたからだ。
普段の俺なら、あんな蝶のように舞って蜂のように刺す紙一重の攻防などできるわけがない。
本当に『至高の担い手』様々だ。
「しかし……、どうしようかこのイノシシ……?」
本来ならば「やったー! お肉だー!!」と喝采すべきシーンだろう。
イノシシはブタの親戚。
肉の味もそれに近く美味だと聞く。
角なんか生えているイノシシモドキでも、ファンタジーの定理に当てはめてみれば絶対美味いし、毛皮とかも有効利用できそう。
しかしそのためには、この獲物を斬って捌いて血抜きして解体しなくてはならない。
それには大きくて鋭利な刃物が必要だが、その唯一の刃物がたった今ポッキリ折れてしまった。
他に斬るものの持ち合わせは、少なくとも今この場にはない。
そうしている間にも、息絶えた獲物はどんどん腐っていく。
「勿体ないけど、このまま放置していくしかないなあ……!」
俺はイノシシの亡骸に手を合わせ、そのまま去ることにした。
自分を殺そうとした相手であるものの、やはり命に対して敬虔な気持ちにならざるをえない。
形ばかりに埋めて葬ってやろうかとも考えたが、自然の法則としてそれも正しくあるまい。
このまま置いておけば、他の獣や鳥などが美味しいご飯にありつき、綺麗に掃除してくれることだろう。
俺はもう、この攻防でゲッソリ心が痩せ細ったので、即刻下山することにした。
今回学んだこと。
山は危ない。
せめてもう少し装備を整えられるようになってから山入りをすべきだ。
食料の採取は海をメインに行うとしよう。