697 農場卒業生の活躍・人族編(4/7)
僕が故郷に戻って早数日。
その間はずっと忙しかった。
何しろ僕が修行していた間に、バカ跡取りのためにすっかり荒れ果ててしまった領を立て直すのにかかりきりだったからだ。
最初はお屋敷さえ整えれば大丈夫かと思ったが、そんな甘い話があるわけない。
領の頂点たる領主が役立たずになったんだから、荒廃は館一つにとどまらず領全体に広まっていた。
僕は、農場での修行時代に培った知識……それにコネを総動員して問題解決に臨む。
魔族占領府へ直談判できる立場を利用して支援を乞い、隣接する領にも窮状を訴えて協力を要請した。
おかげで物資もいち早く搬入してもらえ、領民の飢えも解消することができた。
資金不足で冒険者ギルドに依頼できなかった村落へ赴き、出没するモンスターを駆逐して回る。
そんなことも連日のように行った。
そうした地道な活動の末、何とか領の運営も上向きになりかけてきた。
そろそろ大詰めが迫ってきそうだ。
* * *
領内での問題を解決していくうちに、すっかり領主みたいな立ち位置になってしまった僕。
領主の執務室で作業してほしいと多くの声に望まれたが、さすがに恐れ多いために辞去。使用人のための共同事務室を使わせてもらっている。
「リテセウスが活躍してくれたおかげで、我が領の状況も随分改善された。本当に戻ってきてくれてよかった……!」
「いやいや、そんなそんな……!?」
むしろ僕としては戻るのが遅すぎて、いつも申し訳ない気持ちでいるのに。
どんなに万能無敵の力を持っていても、それが必要なタイミングに間に合わなければ意味がない。
やるべき時にやらない最強者なんて最弱と同じ……いや最弱以下。
そのことを痛感し、日々反省を送る僕でした、領に戻ってきてから。
農場での学習を卒業したというのに、戻ってすぐさま己の未熟さを思い知るなんて。
先生の言う通り、生涯死ぬまで学習の日々なんだなあ。
「本当にリテセウスは凄いよ! 一時は魔族の生贄にされてしまったかと思ったのに。何年かぶりに戻ってきたら魔法は使えるわ、メチャクチャ強くなっているわ! さらには中央のお役人さんみたいな専門知識に事務処理能力! 一体お前がここにいなかった何年間に何があったんだ!?」
「だから勉強させてもらってたんですよ。魔族さんたちのご厚意で……!」
まったく全然ウソではないのに、ウソついているような気分になるのはなんでかな?
今じゃ誰もが夢に見る未踏の理想郷……聖者の農場で、ノーライフキングの先生から直接指導を受けるという恵まれた環境……。
それを、ただの『勉強』の一言で済ませていいものかと……!?
「魔族がまさかそんなに親切にしてくださるなんてなあ……!? これなら私たちももっと頼ればよかったか……!?」
「……」
この領の惨状を知った時から思ったが、どうしてこの窮状を魔族占領府は放置していたのか?
魔王様から人族の生活を支えるように厳命を受けていて、組織トップのマルバストス総督は有能だ。
彼らの管轄内でこんな困った状況が起きるはずがないのに。
その理由が、ここで働き直してからわかってきた。
彼らは魔族に恨みを持っているのだ。
僕を生贄にとられたと勘違いして。その怒り恨みから魔族たちを敵視してしまっていた。
『敵からの施しは受けない』と、どんなに貧しく困難な状況に追い込まれても痩せ我慢して……。
「……」
僕をきっかけに起こってしまった誤解のために、故郷の領をここまで追い込んでしまった。
その償いをしていかねば……!?
「この領で、残る大きな問題といえばなんですか?」
「バカ御曹司以外で?」
そう、バカ御曹司以外で。
そっちに対する誅罰の準備は着々と進んでいる。
すべての元凶なので、二度と同じ間違いが繰り返されぬよう念入りに仕掛けているから時間がかかるのだ。
だから準備が整うまでもう少し。
その間に片付けられることはすべて片付けておきたい。
「……野盗かな?」
ビラルド侍従長の話によると、最近ウチの領内で野盗が出没しているらしい。
それ自体は荒廃し、治安維持力を失った放置地帯ではよくある話で、やはり困窮した領民が食うに困り、やむにやまれず犯罪に手を染めたという経緯らしい。
「それだけに権力者といった人種を徹底して憎んでいるようだ。襲って奪うのは貴族の屋敷とか、商人が運ぶ荷車だけ。力ない平民からは一切奪わず、むしろ盗品を分け与えているとすら言われている」
「義賊ってヤツですか?」
そういえば農場のエルフさんたちも元義賊だとか言ってたなー。
「法を破れば義も不義もない、ただの犯罪者だ。……しかし、その犯罪者こそが民の助けになっているという事実がなあ……!?」
ビラルド侍従長は、自分で自分に論破されたような泣き笑いの表情になる。
「実際、民から取りたてた重税の輸送中に襲い掛かって、根こそぎ奪っていくのはヤツらの仕業なんだ。盗物は、税を取り立てられた民の下に戻っていく。そうならなければ結局はサルダケースの懐に入り込んで遊びに消えてしまうあぶく銭だ」
要するに不当に釣り上げられた重税の釣り合いをとっているのは野盗集団の強盗行為に他ならぬという。
そうでなければこの領で、とっくに餓死者が出ていたかもしれない。
「わかりました」
見ようによってはこの領の英雄ともいうべき野盗たちだが、しかし犯罪を行った事実は変わらない。
これから本格的に領を立て直そうというのに、いつまでも法を無視した救済行為が行われては体裁が整えられない。
これは早急かつ繊細な処理が必要だと判断して、僕自身が乗り出すことにした。
* * *
大きな荷を積む馬車を、集団が取り囲んでいた。
「止まれ馬車! 命が惜しけりゃなあ!」
「悪徳領主の手先め!! 善良な民の怒りを食らうがいい!」
騎馬の動きは手慣れている。
いつもこうやって獲物を止めているのだろう。まず両側から挟み込み、右にも左にも避けられないようにしてから頭を塞ぐ。そうしたらもう止まるしかない。
事実、襲われた馬車もほどなくそのようになった。
領主家の刻印が押された輸送用馬車だ。主に取り立てた税品を運ぶために使用される。
「よし止まったな。……御者、妙な気は起こすんじゃねえ。逃げられもしねえし助けも来ねえぞ」
野盗たちは思った以上に統率が取れて、しかも大人数だった。
輸送馬車を取り囲む数も多いし、しかもその全員が騎乗している。
これでは目的を遂げれば疾風のように逃げ去ってしまえるだろう。
「素直に馬車ごと渡しな。あとはここで一人助けが来るのを待つか、もしくは自力で近くの村まで歩くんだな。それともオレたちの仲間に入るか? お前だって好きでバカ新領主の靴を舐めてるわけじゃなかろう。戦ってでも昔のよきセンデキラス領を取り戻そうという気概はあるか?」
そう言うのは明らかに、この野盗集団のリーダー格と思しき男であった。
ガッシリとした体つきで表情も精悍。声も朗々とよく通るので、こんな風に呼びかけられれば大抵『はい』と答えてしまうことだろう。
貧民崩れの徒党が、ここまで統率をとってお上を翻弄しているのも、この男のカリスマ性あってこそと見た。
馬車を操っていた御者が答える。
「僕は、この領のために命を賭して戦う」
「いいだろう、これからはオレたちの仲間……」
「まずはお前たちとな」
その御者とは、僕のことだ。
変装のための外套と帽子を脱ぎ捨て、剣を抜く。
その瞬間に察したのだろう。
「罠だ! 全員散れ!」
即座に叫ぶリーダー格の決断力。
しかしもう遅かった。
周囲は、僕の張った結界魔法によって一部の隙間もなく閉ざされている。
「うわあッ!? 何だコレは!?」
「透明な壁のようなものが……!? クソ斬っても叩いても破れねえッ!?」
結界魔法は、外に向けては守りの魔法だが、内に向けては閉じ込める魔法。
同じ魔法でも状況によって違う使い方ができるから研究を怠ってはいけない。先生の教えの一つだった。
取り囲んで圧倒的に優位な状況だったはずが一転して籠の中。
野盗たちはパニックをきたし、暴れる馬から振り落とされそうなヤツまでいる。
「慌てるな! これは魔族どもの使う魔法だ!」
それをリーダー格の男が諌める。
「オレは兵士として人魔戦争に参加していた! だからわかる! 結界は術者さえ倒してしまえば消え去る! つまりそこの小僧さえブッ倒せばオレたちは逃げられる!」
迅速にして的確な状況判断だった。
しかもリーダー格のこの説明で、他の野盗たちも瞬時に混乱を治め、僕へ殺気を向ける。
本当に軍隊並みの統率力じゃないか。兵士だったという言葉にも説得力が増す。
「小僧、何者だ? 魔術魔法が仕えるってことは魔族だろう? 見た目は人族のようだが、魔法で上手く化けてるのか?」
「僕はれっきとした人族だよ。魔術魔法はね……これからは人族でも勉強すれば使えるようになったのさ」
僕は農場から持ち帰ったマナメタル剣をかまえて言う。
「センデキラス領前領主の忠実な下僕リテセウス。領内の平和を乱す者を取り締まりに来た」







