695 農場卒業生の活躍・人族編(2/7)
農場から戻ってきた人族リテセウスです。
かつて自分が仕えていた屋敷に戻ってきてみたら荒れ果てていた。
ショック!
もはや廃墟、幽霊屋敷といっていいぐらいの荒廃ぶりであったが、それでもそこには人が住んでいた。
玄関先で最初に遭遇した侍従長ビラルドさんを皮切りに、きっと屋敷内のそこかしこに散っていた使用人たちが駆け寄ってくる。
「リテセウス! リテセウスじゃねえか!?」
「なんだ生きとったんかい、おめえ!?」
「こんなに立派になってよぉおおおおおおおッ!?」
集まってきたのは皆、顔見知り。
かつて僕が領主様に奉公していた時、一緒にこの館で働いていた使用人仲間であった。
「庭師のレーゲさん、マダム・フリアーデ、シンデンネ料理長……!?」
いずれも幼かった僕のことを可愛がってくれた、いい人たちばかり。
しかし皆かつての見る影もなくやつれていた。
荒れ果てたこの屋敷と同様に、風雨に晒され色褪せてしまっている。
「皆さんご無沙汰していました……。でもどうしてこんな風に……!?」
それに、領主館にはもっと多くの使用人がいたはず。
僕と同年代の近侍やメイドで、当時は賑わっていたはずなのに。
「……今この屋敷には我々しかいない。他の者は皆去っていってしまった」
「え?」
代表して侍従長が事情を説明するものの、その声は苦渋と悔しさに満ちている。
「この館に、もはや多くの使用人を雇える経済的余裕などないのでな。若い者から優先して、余所の勤め先に移ってもらった……!」
「あたら若者の将来を、こんな場所で朽ちさせるわけにはいきませんものね。この朽ちていく館と運命を共にするのは、私たち老人だけで充分です」
ちょっと……!? ちょっと待ってください……!?
一体何が起こったんです?
僕が農場へ修行に行く以前の、ほんの数年前は、ここは立派な領主館だったはず。
けっして豪勢ではなかったが、それでも他領に対しても胸を張れるだけの清潔さと高貴さ。
勤める使用人も、統率の取れたプロ集団であったはずだ。
それなのに……この激変は物悲しすぎる!?
「仕方ないのだよ……! 使用人がどんなに奮起しても、無能な領主が上に立っていては何もできない。そのことを思い知らされる数年間だったよ……!」
「そんなバカな!? 領主様は無能なんかではありません!」
口減らしされた僕を引き取って、我が子のように愛し育ててくれた領主様だ!
無能だというなら言いがかりでしかなく、そんな言いがかりをつける相手は誰であろうと僕が許さん!
「違う……、違うんだリテセウス……! 今日帰ってきたばかりのお前は知らないのは仕方がないことだが……お前が敬愛していたあの御方はもう領主ではなくなっているのだよ……!」
「えッ!?」
「今、この領を牛耳っているのは、バカ息子のサルダケースだ……! アイツが領主の座についてから、我らの領はドンドン悪くなって壊滅寸前……! もはやどうしようもない状態なんだ!」
* * *
それから僕は館の中を案内され、離れの別館へと入った。
そこに領主様が……いや、今となっては先代の元領主様がおられた。
「リテセウス……!? リテセウスなのか!? 生きておったのか!?」
「領主様!」
寝台に臥せった恩人に駆け寄る。
代替わりしたと聞いて一瞬、最悪の想像が脳裏をよぎった。
だからこうして領主様……いや先代様のご無事なところを見届けられて安堵に満ちた。
それでも病床に附し、ベッドから出られない様子を見ると相当お加減は悪いようだが……。
「耄碌したものよ……! ちょうどお前が旅立ってから急激に体調が悪化してのう。寝台から出るのも難儀になって、領主の務めも果たせんようになってしもうた……!」
「それで代替わりを……!?」
御曹司であるサルダケースに……!?
「あやつなら立派にワシのあとを継いで、この領を栄えさせてくれると思うておった。しかしすぐに思い知った。それはワシの勝手な思い込みであったとな……!」
領主令息サルダケースは、この思いやりある領主様の実子だということが信じられないほどに我がままで勉強嫌いの子どもだった。
領主となるための自己鍛錬などしたことがなく、それなのに将来自分が領主になることが当然だと思っている。
使用人を奴隷扱いし、ここで奉公していた時代は僕も随分不快な目に遭わされたものだ。
「ワシは、我が子がしっかりと勉強して、いつでも領主となれるよう心身の準備を整えているものと思った。しかしそれは表向きのことだけで、ヤツはまともに領民を慈しむ気持など欠片もなかったのじゃなあ」
「サルダケース……様は、自分が領主になった途端税率を上げ、しかも上がってきた財を民に還元することなく自分の享楽のためにしか使わぬ。典型的な悪徳領主だ」
想像通りの最悪のケースを進んだってことか……!?
僕が修行に出る前からアイツのご乱行は問題になっていたが、侍従長たちが一丸となって再教育を行うはずだった。
それが先代様の体調不良によって叶わなかったんだな。
権力を手にしたサルダケースは、気に入らない臣下をドンドンと辞めさせていき、結局最後には年老いた使用人たちと、修繕費用もなく荒れ果てていく領主館だけが残ったと……!?
「サルダケースは? 肝心のヤツは、こんなに荒れ果てた自分の居館を放ってどこにいるんです?」
「隣の領にある都市に……、けっこう大きな歓楽街があって、そこで遊び惚けているそうじゃ。領民から搾り取った税金でのう」
頭から湯気立つほどに怒りが湧いてきた。
領主としての責任も果たさず、それなのに領主の富と権力で甘い汁を吸っているというのか?
それじゃあ魔王軍に制圧されるまでの教会とかと何が違うんだ?
人間国の領主たちは、王族や教会がダメな分まともに働いて民を支えていると評判だったのに。
それをアイツ一人で台無しにしているじゃないか。
人間国の全領主たちに対する侮辱と迷惑行為だ。
「……いや」
それ以前に僕自身に怒りが湧いた。
農場での勉強は大変だったが楽しかった。
聖者様も先生も他の多くの人も善良で、その中で自分を高めることに打ち込んでこれた。
しかしその楽しさに夢中になりすぎて、故郷というべきこの場所の大変な状況に、まったく気づかなかったなんて……!?
これじゃ成長したって何の意味もないじゃないか!?
バカか僕は!?
自分自身への罵りの言葉で脳内がいっぱいになる。
「……今までご苦労をおかけしてしまいました」
僕は跪き、主人の枕元に侍る。
「大変な時に不在であった僕が今さら差し出がましいかもしれませんが、戻ってきた以上は全力をもって、この領のために働かせていただきます。荒れ果てたこの屋敷もすぐに元通りにしてご覧に入れます」
「おお、リテセウス……!?」
病床に伏せる先代様が、涙を流しながら僕の手を握った。
久ぶりに触れた主人の手が、思った以上に小さかったことに我ながら驚いた。
幼い頃から仕えてきた相手だが、昔からこんなに小さかっただろうか?
いや、そんな感慨に浸っている時ではないぞリテセウス。
今は長く不在であった失点を取り戻すべきだろう。
サルダケースのバカ息子はそのうち必ず始末をつけるとして……。
今はそれより、この荒れ果てた屋敷の修繕が第一だな。
「先代様も……、このような荒れた屋敷にお住まいでは気も沈んで病気も治らない。しっかり養生していただける環境作りが真っ先だ」
「そ、そうは言うが、ここまで荒れ果てた屋敷を整え直すのは簡単じゃないぞ? できることなら我々だってもうやっている」
とビラルド侍従長が言う。
彼らとて、屋敷の威厳を保とうと東奔西走したのであろうが、それでも力及ばなかったからこんなことになっているんだろう。
「サルダケースの大バカが散財して、屋敷にはもう大した財産は残ってない。先代様の医者代薬代を支払うだけで精一杯だ。屋敷の修繕費なんてとても……!?」
「大丈夫です、すべて僕一人でやってみせます」
いや、正確には僕一人ではないが。
かつて住み慣れた館の中心に立つのはわりかし簡単なことだった。勝手知ったる勤務先だしな。
ここで呪文をブツブツと唱え……。
「……天地万物の隙間に住まう隠れ人たちよ、我が気魂を対価として姿を現したまえ」
使用したのは、農場で修得した魔法。
自然の運行を支える精霊たちを、呼び出した。
「ひぃッ!? なんだこれは!? 幽霊!?」
共に居合わせたビラルド侍従長がビックリして転がる。
いきなり可視化された精霊と遭遇したら、そりゃ衝撃だったか。
僕の魔法じゃ、農場にいる大地の精霊たちほどしっかり実体化させてあげられないからな。
その分、召喚の対価が僕の発する魔力に限定されていいけど。
「精霊たちよ、キミらの力で蹂躙する雑草をからし、土壁に走る亀裂を混ぜ塞ぎ、室内に積もる埃を吹き飛ばしてくれ。お礼は充分にするつもりだ」
僕の願いを聞き届けてくれたのか、半透明の精霊たちは一斉に飛び、言われたことを忠実に実行する。
神や精霊の力を借りる時は礼儀正しく敬意を払って。
先生の教えが早速生きたな。







