692 大お茶裁き
本日、異世界農場コミック4巻の発売日です! よろしくお願いします!
私は人族のクリーピー。
今、大ピンチなの。
大好きなお父様が病に倒れ、もうずっとベッドに伏せってしまわれている。
お医者様の話では明日をも知れないのですって。
ああ、なんでこんなことに……?
ほんの数日前まではあんなに元気だったじゃないのお父様……?
仕事もバリバリにこなして、新しいお義母様だってお迎えになって。
『これから一層バリバリやっていくぞー』と意気込んでいた矢先じゃないの……?
そうだわ、先月嫁いできたばかりのお義母様はどちらへ行かれたの?
また舞踏会?
ああ、なんてことなのかしら……、お父様がこのような状態なのに、まったく気にせず遊び惚けるなんて……。
このままお父様が儚くなられたら、まだ成人していない私では家督を継ぐことはできないわ。
お義母様が家長になって、財産はすべてあの人の自由に。
お父様が壮健な時ですら相当な散財をしてきたお義母様ですもの。この家の頂点に立ったなら、いよいよ歯止めがきかなくなって家が傾くのもかまわず買い物しまくるに決まっているわ。
あと何年かして、私が成人を迎えて財産の運営権を取り返したとしても、その頃にはスッカラカンになっているかもしれない。
いえその前に、他に身寄りのない私の保護者が彼女になってしまったら、私が成人する前にどこぞの男と縁組されて家を追い出されるとか、いっそのこと苛め殺されてしまうということもありうるわ。
お父様……アナタこそが私を守ってくれる唯一の味方だったのに……。
どうしてこんなことになってしまったの……!?
「ハァ……ハァ……、く、クリーピー……!?」
病床に伏せるお父様は、とても苦しそうだわ。
そんなお父様に私のできることと言ったら、枕元に寄り添って一緒にいてあげることぐらい……!
「こ……ぜ……、お、おま……、わ、し……んで……!」
「お父様、ご無理なさらないで……!」
お父様はもうロクに言葉も話せないほどに衰弱しきっておられたわ。
辛うじて『水が欲しい』とかその程度の意思は通じるんだけれど、細かいことはまったく。
「ペ……ペペペ、ペン……! い……しょ、か……!」
「動いてはいけませんぞ、絶対安静です」
苦しげに身を揺り動かすお父様を、お医者様が抑えるわ。
お義母様が紹介してくれた名医とのことだけれど、ウチのかかりつけのお医者様はどうしたのかしら?
「お嬢様、大変残念ながら旦那様は余命はあと僅か。お覚悟をなされた方がよろしいかと存じます」
「はい、わかっています……!」
「この上は、できるだけ苦痛が過ぎぬように治療方法を切り替えたく存じます。どうかご理解を」
「……!」
ああ、わかっていても身を切られるように辛いわ。
お父様のために、お父様の命を諦めなければいけないなんて。
「心の整理をしてきます。少し席を外しますわね」
「ご自由に」
断りを入れてから、私は一旦父の寝室から離れました。
ああ、神様、何故私たちをこのように苦しめるの?
優しくて大好きだったお父様を天に召されて、私のことを少しも愛していない散財癖のある継母を残していくなんて……!
私のこれから先は大きな困難が待ち受けていることでしょう。
いいえ、私のことよりも今はお父様のことですわ。
まだまだ生きてやるべきことがたくさんおありになるはずなのに、もう今、旅立たなければならないなんて……。
せめてお父様の旅立ちが安らかであるように少しでも苦痛を和らげてさし上げないと。
それが娘である私の務めですわ。
私自身の今後を考えるのはそれからでもいいじゃない。
お父様のために、私が何かしてあげられることは……。
あッ、そうだこれだわ。
何日か前、朝起きたら枕元に置いてあったのよね。
『ベラスアレス印のエルフ茶~色はシズオカ、香りはウジよ、味はエルフでとどめさす~』
まったくわけがわからない。
むしろこんなものが知らないうちに部屋に置かれていて恐怖しか感じられなかったけれど。
でもなんだか美味しいもののようだから、最期にお父様に味わっていただくにはちょうどいいものではないかしら?
お父様はもう衰弱しきっていて、噛む力すら残っていないようだけれど、どうやらこれは飲み物らしいから今のお父様でもイケるに違いないわ。
ならば早速、お父様の息があるうちに行動しなければ。
お茶の淹れ方はパッケージに解説が載っているから、その通りに行えば何とかなりそうね。
家政婦さんにお湯を用意してもらって……、分量をきっちりと量った茶葉を放り込みますわ。
それでしっかりお茶の成分が湯に染み出るのを待ってから……。
お茶ッ葉が交ざらないように注意しながらコップに移し替えればいいのですね。
「お父様!」
出来上がったお茶をトレイに載せて、病室へと乱入ですわ。
「どうかこれを飲んでください! せめて最期に美味しいもので幸せに旅立たれて!」
「な、何をされているのですお嬢様!? 病人に得体の知れないものを摂取させてはなりません! お控えを……ぐへぇ!?」
お医者様邪魔ですわ!
これが私の最後の親孝行になりかもしれませんのに!
さあお父様、私からの精一杯の気持ちですわ。
仰向けに寝ておられるお父様のお口へ、グッツグツに煮えたぎったお茶の入ったコップを傾けてドボドボと……。
……。
「あっぢぃいいいいいいいいーーーーッ!?」
まあ、お父様。
そんなに盛大にリアクションなされて。
私の淹れたお茶がそんなに美味しかったんですの?
「違う! 違うわ! あんなグッツグツに煮えたぎったものを冷ましもせずに口の中に流し込んだら熱すぎるに決まっているだろうが!! まったくお前は! しっかり教育を施したつもりだがまだまだ箱入りの世間知らずだな!」
まあ、お父様?
そんなに元気にお喋りになられてどうしたの?
「はッ、そういえば……?」
もはや余命幾ばくもなく、体も自由に動かせない状態ではなかったの?
それが何? さっきまでの顔色の悪さもウソかのように血色鮮やかな色つやではありませんか!?
「この父にもよくわからん……しかし、体がウソのように軽い……! 毒に蝕まれ、もはや死を迎える以外にないと絶望しきっていた体が、生命力に満ち溢れておるわぁああああああーーーーッ!!」
まあ、お父様!?
お父様ッ!?
こんなことってありますの!?
病に囚われ、死を目前としたお父様が一瞬のうちに快癒されたなんてーーッ!?
「クリーピー、お前のお陰だ!」
ええッ?
もしや私のお父様を愛する気持ちが奇跡を巻き起こしたんですの!?
「いや、そう言うスピリチュアル的なものではなく……、お前が飲ませてくれた薬が、我が体を蝕む毒をいっぺんに中和し、洗い流してくれたのだろう。お陰で私はすぐさま健康を取り戻せた!」
まあ、お茶って薬でしたの?
私てっきりただの趣向品だと思ってお出ししたのに……!?
「できればもうちょっと冷ましてから飲ませてほしかったが……!? これが『良薬、口に熱し』ということか!?」
でもお待ちになって?
お父様さっきから何を仰っているの?
お父様は快癒不可能な死病に侵されていたのではなかったの?
でもさっきから、『毒』って……?
「そうだ、私が死にかけていたのは病気からではない。毒を盛られ、それによって死に追いやられる寸前だったのだよ。……なあ、ヤブ医者?」
まあお医者様?
そんな荷物をまとめてソロソロと出口へ向かって? あまりにもコソコソしているので私気づきませんでしたわ?
「いよいよ毒が私を完全に蝕み、体が麻痺して口も指先も動かせない。それで安心しきてって枕もとで好き放題ベラベラ喋ってくれたなあ!? 貴様が妻と共謀して私を毒殺しようとしたことは明らかだ!!」
「ななな何ですか!? 言いがかりだ! アナタは奇跡の回復を果たした! だから医者はもういらないでしょう! 用も済んだのでお暇させていただく!」
「そうは行くか! 帰るならその鞄の中の毒薬を置いていけ! お前と妻の犯罪の証拠として官吏に届けてやるわ!」
そう言ってお医者様に飛びかかるお父様、本当に元気!
まさかあのお茶で、死ぬ寸前であったお父様をフル元気にまで回復してくれたの!?
凄いですわ、お茶!?
* * *
それからの顛末を掻い摘んで述べますと、やはりお父様の体調不良は、継母とその愛人が扮したヤブ医者が共謀した服毒であることが判明しました。
もはや『お義母様』と呼ぶ義理もない元継母は、やっぱり最初からお金目当てで結婚したみたい。
見事後妻の座にありついたあとは、人知れずお父様を亡き者にし、その財産を正式に我が物にしようとしたんですって。
病気と見分けがつかない作用の毒で少しずつ弱らせて殺す。
もはや九分九厘死に体となったお父様に、成功したつもりとなったあの女はいち早く祝杯を挙げて酒場で飲み明かしていた。
そこへ踏み込んだ警吏の方々に捕まって、監獄送りとなったそうですわ。
なんて恐ろしい。
もう少しでお父様は、あの悪魔のような女に毒殺されるところだった。
私だって、そんな女に保護者となられては早晩被害者リストに名を連ねることは不可避でしたわ。
そんな我が家の危機を救ってくれたのが、お茶。
いつの間にか家の中に置かれて、どこからやってきたかわからないけれど、このお茶のお陰で私たちの家は、悪者に乗っ取られずに済んだのね。
ありがとうお茶様! アナタは最高ですわ!






