690 和菓子ラッシュ
圧倒的、エルフたちのお茶戦略……!?
世界規模でお茶を売り出そうとここまで綿密な準備をしていたとは……!?
それに触発されたというわけではないが、俺も春先からやる気がわいてきた。
お茶を飲むために欠かせないものといえば……甘いもの。
お茶の渋みに調和する濃厚な甘みこそ、茶席に欠かせぬものではないか!
コーヒーすら凌駕するといわれるお茶の含有カフェインに、脳の働きの原動力となる糖分。
刺激と栄養のダブルパンチで脳活性させる組み合わせは、戦国時代の偉い人たちからも愛用されるほどの鉄板コンボ。
異世界にそれをもたらせば、遅かれ早かれこちらでもその結論に達するものか。
エルロンも世界樹の霊力が宿った世界樹の茶葉に、世界桜樹の葉っぱで包んだ桜餅を合わせていくのを結論にしているようだし。
しかし!
何も桜餅ばかりがお茶によく合う甘味ではない!
他にも様々なゲロ甘いものが開発されて、お茶と一緒に愛されてきた。
エルフたちの頑張りに応えるためにも、俺も腕を振るいたくなってきたぞ!
というわけで早速台所でクッキングに取り掛かります。
用意するもの。
あんこ。
粉寒天。
砂糖。
水。
では早速、調理開始。
とりあえず用意したものを火にかけながらブチ混ぜます。
いい感じに混ぜ合わせ、熱でトロっとしてきたら火からおろして冷やします。
さすれば粉寒天の効果でプルンと固まってきて、あんこの黒色をまとった透明感あるお菓子が完成します。
そう、羊羹だ!!
皆が大好きあのお菓子!
さあ皆、遠慮なく食すがいい!?
「いやあのこれ……、大丈夫なの……!?」
羊羹の異様な形質に怯えている!?
まあたしかに今までにない質感と透明感だからな、しかも黒い!
これまで幾度となく初見異世界料理で舌鼓を打ってきた農場住民たちも、これには二の足を踏むか。
だ、大丈夫だよ? 羊羹は怖いものじゃないよ?
「羊羹とはその昔、肉を食べちゃいけないお坊さんが、その代わりになるように作ったと言われているんだよ」
「え? 僧侶が? なんでお肉食べないの?」
……。
そこからか……!?
文化の違いを実感させられるな。
「要するに肉の代わりにされるっつーなら美味いってことじゃねえかー。だったらこのおれ様が、ご賞味してやるのだ!」
こういう時、果敢に第一歩を踏み出すのがヴィール。
さすがドラゴンは怖いもの知らずだぜ!
「肉の代わりかー。ロースみたいな味か? モモか? カルビっぽい味なら褒めてやるのだ。まさかマルチョウ風味じゃねえよなー?」
と予測にワクワクさせつつ羊羹を一齧り。
「あまぁーーーーーーーーーーーいッッ!?」
そして全然予想していなかっただろう、壮絶な甘さに噴き出した。
「なんだなんだなんなんだ!? この甘さは!? こんなあめーお肉はねえぞ!?」
本当にね。
昔の人は何を思ってこんな超甘味を、羊肉の代替品と位置付けたのであろうか。
よく考えたら製造過程からして、元から砂糖激混ぜのあんこに、さらに追い砂糖するぐらいなんだからアホかという甘さになるのもよ。
『至高の担い手』による自動手癖作用で作っているからこそ製作者自身もビックリする。
「あー、でもこれはこれで美味しいのだー。甘いの大好き」
「ちょっと美味しいの!? アタシにも一口食わせなさいよ!?」
そして女の子は甘いものが大好きなのであっという間に人だかりができるのだった。
プラティを筆頭としてバティベレナやサテュロスに、バッカスの巫女とかが群がる。
「なるほど! これもお茶うけにピッタリな甘味だな!」
中でもエルロンが大いに気に入ってくれた。
ブロック大の羊羹をガシガシ齧りながら言う。
「お茶を売り出すのに、一緒に食すお菓子は必要不可欠だと思っていたが、桜餅一種だけでは心もとないし、第一農場から持ち出すのは難しい」
そうだね。
ヘタに世界樹の葉っぱで包んでいるから、迂闊に扱ったら死者をも甦らせかねない劇物扱いだからね。
「しかし、これなら簡単に農場の外でも再現できるんじゃないか? 原料は精々小豆と砂糖だろう!? 砂糖の生成は農場以外ではしんどいかもだが、何なら植林再生中のエルフの森で甜菜を育ててもいい!」
深く静謐なエルフの森が、順調に農地開拓化されている。
樹木を育ててほしいんだけどな、主に。
「まあ、あんこはレタスレートに頼めばいくらでも用意してくれるよ。何せ原料小豆だし」
豆に関わることでアイツに不可能なことはそろそろなくなってきた。
『大豆から小豆まで、何でも揃えてみせるわ』って言いそう。
よぉし、ノッてきたぞ!
次なる甘味に挑戦しようじゃないか!
「実は、こういう日が来るかもと思って前々から準備を重ねていたのだ!」
前の羊羹の原料が一つ、粉寒天もそう!
以前から農場で育てて有効活用できる機会を窺っていたんだぜ!
他にもそういう作物は多数あって、いまこそ存在をアピールする時!
次の変わり種材料を用いて生産される和菓子は……!
「葛餅だ!」
「酷いわ旦那様ッ!?」
えッ? 何が?
タイトル発表しただけで非難を浴びるとは思わなかった?
「なんて酷いことを言うの!? クズなんて……、お餅をクズ呼ばわりなんて、とっても酷いことだわ!」
「そうなのだー! お餅は大したヤツなのだー! けっしてクズじゃないのだー!!」
そういうことを怒っているのか!?
たしかにクズの餅とは、けっこうな罵倒のような気がしてきたが、そういう意味のクズ餅ではなくてですね。
「クズ野郎とかそういう意味合いのクズではなく……!? 葛っていう植物を原料に作ったから葛餅って言うんだよ?」
「ふーん」
たしかに葛って紛らわしいネーミングしやがって……。
なんで昔の人はこんな名前を付けたのか!?
「まあ食べてみようよ、既に現物はここにあります」
葛粉をトロリと火にかけてから、ピシッと冷やして固まらせたら半透明のプルンとしたものが出来上がりました!
これが葛餅だよ!
半透明でしょう!?
「何コレ、スライム?」
やっぱりそういう反応が来たか!?
たしかにこの透明感と質感はスライムだよね!? 前の世界でも葛餅自体と出会う前にRPGとかでスライムと出会ったからそっちの印象が強い!?
しかも今回お出ししたのは葛餅の中にあんこを包み込んだ葛餅まんじゅうなので、丸くて益々スライム風味に!?
「お味は……? あおぉ~ん……美味いッ!? 甘いッ!?」
テーレッテレー。
「この透明な生地の歯ごたえがプルンとして、お餅とはまた違う食感だわ! しかもひんやり冷たくて、それがまた美味しい! アイスクリームみたい!」
葛餅は、生地を落ち着かせる過程で冷やさないとだからな。
ゆえにそれが冷菓子みたいで美味しいんだけれど……。
「このお餅は全然クズじゃないのだー! クズの名がまったく合わないお餅! これでは名前負けなのだ! いや名前勝ち?」
「そうよ! クズに生まれたお餅なんていない! このお餅はもっと相応しい名前に改称すべきだわ! スライム餅とかでどう!?」
その名前もちょっと……!?
食欲を刺激するようなネーミング……ではあるのか?
「うおおおおおッ!? このお菓子もお茶うけにピッタリだああああああああッ!?」
そして葛餅も凄まじい勢いでかき込むエルロン。
さっきブロック羊羹を完食しきったばかりだというのに、よくまだ甘味が入るものだな。
俺だったらダメ。
自分で作っといてなんだが、甘味で胸焼けしそう。
「ひんやり冷たいお餅だから、お茶も冷た~い方が合うかもなあああああッ!! どんなに甘ったるくてもお手で一味口の中を洗い流せばいくらでも入る! 無限ループ!!」
そんなバカなことあるはずが……。
これが世に有名な、女性特有の甘いものを無限に食せる能力……。
甘いものは別腹!?
なんか男の脳には甘味を摂り過ぎないようにブレーキをかける機能が何とかかんとか。
「お茶! あんこ! お茶あんこ! 渋み! 甘味! 渋み甘味渋み甘味渋み甘味ッ!! この無限ループは続くよどこまでも! さあ次の和菓子を発表しろおおおおおおおッ!!」
エルロンが壊れた。
おもに甘味受容体の辺りが。
まあ俺もまだまだネタのストックが尽きないのでご要望にお応えするがさ。
なので春の甘味祭り。
まだまだ続くよ。






