683 資本主義の毒
こうして変則オークボ城・雪まつりの巻は無事円満に幕を閉じ、いつもの農場の日常だ。
とはいえ冬は続いているからまだできることは少ないんだけどな。
基本、冬は農閑期ですので。
そんなこんなで暇を持て余し、ジュニアやノリトとゆるゆる遊んでいたところ……。
魔族商人のシャクスさんが来た。
シャクスさんは、魔族で一番大きな商会の会長さん。
いわば財界トップというべき人だ。
そういう人がたびたび農場を出入りし、時には呼んでもないのに訪問してくることもある。
「聖者様、今年は博覧会やってくれませんでしょうか……?」
「いやもうそろそろ冬も終わるじゃないですか? 今からなんかしようったって間に合いませんよ」
彼としては、オークボ城のような農場主催のイベントを魔国側にも毎年定例化させたいようだ。
それで訪問するたび様々話題を振ってくるのだが、今日はこんな話だった。
「軍神ベラスアレスと造形神ヘパイストスを御存じですかな?」
「はい?」
そりゃまあ……。
両方とも直に会ったことがあるし……。
「双方、天神ゼウスの息子として生まれ、人間族の神ということは有名です。ですが最近おかしなことがありましてな」
「というと?」
「魔国の魔王城内に、巨大で立派なベラスアレスとヘパイストスの神像が飾られたのです。魔国において公的な場所に天界神の像が置かれるなど前代未聞ですよ」
「そ、そう……!?」
教会に仏像が置かれるようなものかね?
何故だろう? この話物凄く心に当たるものがあるんですが?
「しかもより奇妙なことに、魔王軍の幕僚本部にも同じようにベラスアレスとヘパイストス神像が飾られたそうなのですよ。それがまったく同時に。魔国の政治と軍事、双方の中枢がまったく同じ神をまったく同時に、丁重に扱い始めるという。これは一体何事でしょうか?」
「いやぁ……、そういう偶然もあるんじゃないですかね?」
「しかし伝え聞く話によると、どうやらこの二対神像が置かれている場所はまだあるそうなのですよ。人間国の冒険者ギルド本部。それに人魚国にも……!」
今、俺の中で迅速な検索が行われていた。
こないだの雪合戦大会優勝者たちに贈られた記念品……それがエルフたちの作ったベラスアレス像とドワーフ製のヘパイストス像、そのレプリカだ。
オリジナルは雪で作られたもので、とっくに溶けて川になって流れていった。
あの日の感動を思い出せるようにと、解けない金属で複製した代表展示作を、あの日競技部門で大活躍した人たちに送ったんだが……。
検索結果が出ました。
魔王城=ルキフ・フォカレさんに贈ったもの。
魔王軍本部=マモルさんに贈ったもの。
冒険者ギルド本部=シルバーウルフさんに贈ったもの。
人魚国=ゾス・サイラさんに贈ったもの。
「世界中の主だった重要拠点に、一斉に二神の像が建ったのです。これはいくら何でも偶然とは思えません。この二つの神が、世界に重要な影響を与えているのではないでしょうか?」
そんなことないと思うけどな!
いや見事なまでに選り抜きの重要地点に置かれたな。
なんかの暗殺拳伝承者が秘孔を突くみたいだ。
ホント雪合戦の優勝チーム、錚々たる顔ぶれだったんだな!
「それでいて他にも一ヶ所、人間国の重要でも何でもない村にも同じ像が向かい合っておかれたとか。一体この共通点はいかなるものなのでしょう?」
ネヨーテくんの村だね!?
すまない少年! キミがクローニンズに参加したばかりにキミの故郷が大混乱になっているのが目に浮かぶようだ!
何の変哲もない苦労性の少年の住む村が、一夜にして魔王城、魔王軍本部、冒険者ギルド本部、人魚国首都と同列に!?
「もしや、この二神は、三界神に代わって世界を支配せんと動き出したのではありますまいか? 世界中の重要拠点に像が建ったのは、それを世界の要人が受け入れた証……?」
「これ以上話を大きくしないでええええッ!?」
このまま行ったらベラスアレスとヘパイストスら御本神にも迷惑が掛かっちゃうので、正直にすべて白状した。
すべてボクらが軽はずみなのが悪いんですうううううッッ!?
「やはり聖者様が一枚噛んでおりましたか。それだけですべてが腑に落ちます」
「やってる最中はね、きっとみんな喜んでくれるんだろうなあって思うんですよ。自分のしていることが皆の幸せに繋がると。……でも終わってみて冷静に立ち返ってみると……、俺たちは何と軽はずみなことを!!」
「落ち着いてください。皆さんきっと喜んでおられますよ……」
そうかなあ!
そうかも!
……そうだな!!
「それよりも、まったく同じ銅像を複数存在させるというその手法に吾輩は興味が湧きます。その辺りのカラクリをどうかご教授願えませんか?」
さすがシャクスさん、商人としてそちらに注目しましたか。
別に隠すことでもないので、各像を複製するのに使用した蜜蝋とマナメタルによる鋳造過程を包み隠さず教えてあげた。
俺の説明を黙って聞いていたシャクスさん。しばらく無言を通していたが……。
「………………聖者様、その技術ウチで使わせてもらってもよろしいでしょうか?」
早速儲け話にしようとしてきた。
「例えば魔国でよりポピュラーなハデス神やデメテルセポネ女神の像を量産すれば、爆売れすると思うのですよ。庶民でも信心深ければ、毎朝毎夜みずからの祖神に祈りを捧げたいと思うのですが、今の職人が一体一体手彫りする形態ではどうしても費用がかさみ、庶民の手に届く値段では……!」
「神の似姿を量産するのはいいんですか?」
あんまり簡易にしすぎると俗っぽくなって有難味が失われるのでは?
仏作って魂入れずと言いますし。神の像だけど。
「格好が整っていればいいのですよ。人々も、何もない虚空に祈るよりは、それらしい対象があった方がよろしいでしょう?」
この話題はこれ以上掘り下げたらヤバそうだからやめておこう。
「とりあえずエルフさんたちにオリジナルとなる神像を拵えてもらい、それを複製していくというのでどうでしょう。複製のための枠型さえ作っていただければ、あとの工程はすべてこちらの人手と財力で賄いますので……!」
「それならまあ、ウチのエルフたちがいいと言うなら」
まあ承諾しそうではあるがな。
ウチの農場住みのエルフたちは皆、創作意欲が猛々しいので……。
「でも、仮に簡単に大量生産できたとしても値段は抑えられないと思いますよ? 何しろマナメタル製ですから……!?」
「だからなんですべてマナメタルで作ろうとするのですか!? 別に鉄なり銅なり真鍮製でもすればコストは抑えられるでしょうに! なんなら粘土でも!」
なるほどその方法があったかー。
「だったら、像の一つ一つは手に乗るぐらい小さくしたらいいんではないですか? モノは小さければ小さいほどコストも低くなりますし……」
「なるほどその通りですな」
と話し合いが進んでいった。
気づけば俺も、この企画が楽しくなってきて色々な案を出すようになっていく。
ロイヤルハニービーが農場に来たことで、できるようになった新しいことを活用してもみたいしな。
「それでは最初ということで、制作する神像の種類は……」
ハデス神。
デメテルセポネ女神。
ポセイドス神。
ベラスアレス神。
ヘパイストス神(ドワーフVer)。
の五種類で決まった。
「全部冥界神で固めてくると思いきや、けっこうバラエティに富んでますね?」
「現在は他種族との交流が進んでいて、余所の神様もけっこう人気がありますからな。それにゆくゆくは魔国の外にも販売を広げていきたいと思っていますので、その布石です」
なるほど。
さすが商人というか、モノの見方が違うなあ。
それならば人魚族の主神ポセイドス神をチョイスすることも頷ける。
でも、他の二神は……?
「ベラスアレス神とヘパイストス神は、各国の要所で飾られていることから知名度が上がりましてな。ちょっとしたブームなのです。商人としては流行には乗るものですので……!」
さすが商人!
そこまで計算づくにされたら……、俺も新たなアイデアを出したくなりますな!
「シャクスさん……こういうのはどうでしょう?」
「ほう?」
俺は前の世界で経験した文化を打診してみることにした。
「出来上がった神像は箱に入れて、中身がわからないようにして売るのです」
「そ、それではお客様は、自分の欲しい神像を狙って手に入れられないのでは!?」
そうだ!
だからこそユーザーは、自分の欲しいものが当たるまで買い続ける。
ダブリが出ようと。
全種類コンプリートするならもっと大変だ!
いくつも出てくるダブリに悩まされながら、それでも買わずにはいられない!
コンプリートのために店中の在庫を買い占める人もいるだろう。
それによってメーカーは巨万の富を得る。
これこそ大儲けの法則だあああああッ!!
とテンション上がったところへ、バンッとドアが開いた。
プラティだ。
「旦那様! それは悪い文化よ!!」
……ハッ!?
そうだった、妻の叱責によって目が覚めて正気に戻る俺だった。






