67 三魔女の経歴
プラティが新人さんたちを歓待しているのと同時期。俺は俺で同行してきたアロワナ王子をもてなしていた。
「狂乱六魔女桀?」
なんだその中二病感丸出しのダサカッコ悪い呼び名は?
「我が人魚国に悪名を轟かせる六人の薬学魔法師の呼称だ。全員が女性で、それゆえに彼女らは魔女と呼称される」
『凍寒の魔女』。
『獄炎の魔女』。
『疫病の魔女』。
『王冠の魔女』。
『暗黒の魔女』。
『アビスの魔女』。
という異名を頂戴しているんだそうな。
また中学二年生がイキッて知恵を絞り出したかのような……!
「その中の半分が、今日来た人たちなんだと?」
「ああ。六魔女のうち、色々やらかして投獄された三人だ。魔女クラスになると、極限に達した魔法薬作りの腕前のせいか、どうしてもやることが過激になってな。放っとくと甚大な被害をもたらしかねないので拘束するしかなかった」
そんな危険な……!
俺は引き続き、ここ開拓地の新たな住人となる彼女たち一人一人の経歴を聞くことになった。
犯罪歴と言い換えることもできるが……!
まず一人目。
『凍寒の魔女』パッファ。
彼女は世界規模で循環する海底マナの流れに着目し、それを人為的に操作する魔法の開発を目指した。
その魔法はあまりにも大規模すぎて完成させるなど無理だろうとタカを括られたが、その思想があまりにも過激すぎるために投獄されたのだそうだ。
「そんなエピソードでどうして『凍寒の魔女』とか呼ばれたの?」
「難しい理屈は省くが、海底のマナを操作することで世界中を氷河期にしてしまうことができるそうだ。それを実行すれば魔族も人族も滅亡だ、という超過激論を吹聴してな。投獄の直接の原因もそれだ」
「うへえ……!?」
「それに彼女自身氷結系の魔法薬を好んで使うらしい。その腕も超一級だそうだ」
次に二人目。
『獄炎の魔女』ランプアイ。
彼女は元々人魚の王宮に仕える近衛兵だったんだそうだ。
薬学魔法を戦闘に用い、得意とするのが火炎系の攻撃魔法薬。彼女の作る爆炎魔法薬は水中でも燃え盛り、他のどんな研究者が作る同じものより超高熱で燃え広がり、扱いが難しく作った本人しか使いこなせなかったんだそうだ。
その果てに付いたのが王宮最強の近衛兵という称号。
そして同時に六魔女の仲間入り。
「巷の評判では、彼女こそ六魔女唯一の良識派とされていたんだがな。その評判を覆したのがあの事件だ」
「あの事件?」
「聖者殿もご存知と思うが、我が妹プラティの嫁入り騒動だ」
ああ。
プラティの評判があまりに高まりすぎて、他種族である魔族人族からも結婚の申し入れが来て、どっちの縁談を受け入れても断った方と戦争になるというどうしようもない事態か。
その騒動自体は、プラティが魔族でも人族でもない俺に嫁入りしたことで解決したんだが。
「あの当時、人魚国の世論も真っ二つに割れていてな。プラティを魔族に嫁がせるべきか、人族に嫁がせるべきかという論争だ」
そこへ一人の人魚貴族が人魚王へ直談判しに来たという。
「用件はやはり嫁入り騒動のことだったが、その貴族は珍しく中立でな。プラティの結婚自体に反対だった。魔族も人族も、嫁取りに失敗した時のリスクは看過しがたいので、時間を稼いでいれば向こうから引いていくだろうというのだ」
なんだ。やけに冷静な意見じゃないか。
「しかしな。その貴族が調子に乗って、途中で口を滑らせてしまったのだ。『どうせプラティ姫など礼節も知らない薬学オタクなのだから、どこに嫁いでも上手くいくはずがない』と」
その貴族にとっての不幸は、謁見の間を守護する近衛兵の中に『獄炎の魔女』ランプアイがいたことだった。
王族への侮辱ともとれるその言葉は、彼女の耳にもバッチリ入った。
「ランプアイは……、王族への忠誠心が厚いのは近衛兵としていいことなんだがなあ……! その場で相手に襲い掛かりボコボコにしてしまったのだ」
「うわあ……!?」
「その貴族も、人魚国では有数の実力者というか、王族の親戚筋でな。だからこそ多少過激な物言いもできたんだが。王の御前での乱暴だから言い逃れもできん」
結果ランプアイはその場で取り押さえられて投獄。
その後、プラティの結婚騒動はその貴族の言う通り、魔族とも人族とも婚姻関係を結ばず丸く収まったのだから、益々彼女の立場がない。
「最悪なら死刑。よくても近衛兵を罷免されることは免れないとなったが、彼女は自分は悪くないと一向に頭を下げないため、最悪の事態もあり得る状況になった」
そこでほとぼりを冷ます意味も兼ねて、ここへ連れてきたと。
「純粋に人死にを出したくないというのもあるが、六魔女が惜しむべき貴重な人材であるというのもたしかなんだ。投獄も半分は、世間との軋轢から彼女らを守るためという意味合いもある」
その意図がもっとも濃厚な者こそ、最後の三人目。
『疫病の魔女』ガラ・ルファ。
「何というか、彼女のあだ名が一番物騒なんだけど……!?」
「ガラ・ルファは元々人魚医学会に所属していたからな」
魔法薬も『薬』。
だからこそもっとも活躍できるステージは医学ということで、人魚医学会は薬学魔法最高の権威なのだという。
「ガラ・ルファは、そこでちょっと変わった学説を唱えていた。曰く、『病気のほとんどは目に見えないほど小さな生物が引き起こしている』とか何だか?」
細菌のこと?
極めて普通じゃないか?
いや待て。
この世界って細菌とかの微生物の存在が、まだ認められていない?
この世界でトップクラスに頭がいいだろうプラティですら、麹や酵母の話をしたときに凄くビックリしていた。
そんな世界で、いまだ一般的に認められていない未来の話をする。
変人扱いされるのは自然のことだ。
「しかも彼女はさらにとんでもないことを言いだしてな。『人体は一度取り込んだ「小さな生物」の特性を覚えて抵抗力を持つ』などと、わけのわからぬことを……!」
免疫機能のことですな。
「彼女はその時節に固執し、ある疫病が流行した際にとんでもないことをやらかした」
「何を?」
「病気から回復した者の血を抜いて、それをそのまま発病者の体内に注入したのだ!」
血清?
「他人の血液を血管に入れたら死ぬこともあるというのに、病気で弱った患者に何という仕打ちを!? ……とガラ・ルファは拘束された。純粋にイカれた行動で狂乱入りしたのは彼女だけだな」
異世界人の俺にとってはまことに理に適った行動に見えるのだが。
血液型を考慮せず手当たり次第に抗体を打ちこもうとしたのはたしかに性急だったかな?
「……と言うわけで、あの面子の中で一番ヤバいのは間違いなくガラ・ルファだ。しかし彼女は魔法の知識や調合の腕前も超一流でなー……! より一層の注意を頼む」
「ほいほい」
しかし、まあ。
曲者ばかり連れてきやがって。
「そんな一癖も二癖もある連中を複数。プラティ一人で治めきれるのかなあ? ちょっと心配になってきた……!」
「その点は大丈夫だろう。むしろプラティ以外に六魔女を率いることのできる人物がいようか」
「はい?」
「狂乱六魔女桀の筆頭『王冠の魔女』こそ我が妹のことぞ」
は!?
「完全版陸人化薬を始め、数々の人魚史に名を残す新薬を開発し、中には危険すぎて禁薬処分を受けるような新薬もかまわず開発する厄介極まる存在。しかし王女という立場柄、他の魔女たちのように投獄することもできない」
そこでついたあだ名が『王冠の魔女』
ウチの奥さん、魔女だった。
これがホントの『奥さまは魔女』。
じゃねーよ。






