672 雪原に集う苦労人
魔国宰相ルキフ・フォカレ、雪合戦に参加申請完了!!
「はーい、それでは組み合わせを発表するまでしばらくお待ちくださーい」
受付を務める女性は、赤ん坊を抱きかかえた気品ある人だった。
市井の者にしては気品がありすぎる気もするが……、どこかで会ったかな?
まあいい。
結局雪合戦とやらに参加することになった私だが、それに当たってルールを確認するとしよう。
雪合戦なるものの基本は、雪で作ったボールを投擲し、相手に当てることが基本になるようだ。
……フム。
そういうことなら私も過去にやったことがあるかもしれんな。
それこそ子どもの頃、半世紀以上前の記憶もおぼろげになるほど昔のことだが。
それくらい単純な体験なら誰もが持っているのではなかろうか?
だが今日行われる雪合戦は、競技としてより洗練されて、ルールで厳格に枠組みしてあるようだ。
単純に雪玉を投げ合うのではなく、競技の参加人数、勝敗の決め方、不慮の事故を防ぐための安全対策など、それこそ徹底して取り決めしてある。
それこそ遊びではない。
本物の戦争であるかのように……!
「命のやりとりこそ、最低限のルールが求められるのだからな……!!」
私も文官とはいえ、国家の趨勢に関わる立場にいれば戦争を身近に感じてきたものよ。
まさに戦時中の感覚が甦るわ……!
で。
雪合戦のルール確認の続きだが……。
参加人数は一チーム五人。
その組み合わせは、運営側で無作為に選出するとのこと。
……。
……ううむ。
いい考えかもしれんな。
このイベントには人族魔族、さらには人魚族まで広い種族が分け隔てなく参加するのだとか。
それらの参加者が、自分たちの意思でチームを組めるならどうしても同族同士に偏ってしまい、さらに一定以上の集団同士が対立すれば種族間の対立に発展してしまいかねない。
それを避けるためにも無作為選出すれば人族魔族、人魚族などの混成チームで種族間の対立を回避できるだけでなく、異種族が同チームで同じ目標に進むことで連帯感が発生するやもしれぬ。
そうすれば魔王ゼダン様が掲げる世界融和の理想に近づく期待も持てる。
雪合戦……!
ただの遊戯のように見えて、なかなか先を見通した有意義な催しではないか。
「何でもかんでも難しく考えようとする人ねー」
なんか受付役の女性から憐れむような目で見られたが何なのだろうか?
「えー、お待たせしました。チーム編成が決まりましたので呼ばれた人は前に出てくださいねー」
おお、チーム編成の発表であったか。
私は一体誰と組まされるのであろうな?
一番血祭りにあげたい大魔王とは一緒になりませんように!!
* * *
そして通達された、私が所属する雪合戦チームの顔触れを紹介しよう。
種族的な構成は、人族二名、魔族(私を含めて)二名、そして人魚族一名の計五人だ。
まず魔族出身の私……魔国宰相ルキフ・フォカレ。
もう一人の魔族出場者は、魔王軍四天王の一人『貪』のマモル。
次に人間国からS級冒険者にして冒険者ギルドマスター、シルバーウルフ。
さらに人魚国の宰相ゾス・サイラ。
他一名。
「…………?」
……なんだ、この面子は?
あまりにも錚々たる顔ぶれではないか?
この世界に成立している三大国のうち、二国の宰相が揃ってるって、どういうチーム編成だ?
いやそれ以前に、こんな遊興に宰相が参加している時点で浮かれポンチが過ぎるのだが。
それに加えてS級冒険者のシルバーウルフ。
実力的にも世界指折りの実力者だが先年、冒険者ギルド最高責任者となり権力的にも無視できない大物となってしまった。
人間国は既に瓦解して国家の体を成していないゆえ、自治組織としてのギルドが旧人間国の最高責任者と言っていいかもしれない。
……ということは魔国宰相の私、人魚宰相のゾス・サイラ、冒険者ギルドマスターのシルバーウルフで、三大国の首脳が一堂に会したと言っていい状況ではないか。
これは何かのサミットなのか?
いや、雪合戦。
謎状況すぎる!?
「マモル殿……! ゾス・サイラ殿……!」
「二人とも息災なようじゃな……!」
「きっと大きな苦労を乗り越えて今日を迎えたことなのでしょう。私もそうです……!」
「「「クローニンズ、再集結!!」」」
そして、その他国の首脳二人にウチに四天王マモルを加えた三人が、涙ながらに手を取り合っていた。
何この、謎の連帯感?
「こうしてクローニンズが同チームで再結成を果たすとは!」
「思い出すのう! この三人で新生竜帝城を攻略した思い出がつい昨日のようじゃ!!」
「今日の雪合戦でも、同チームに生れたこと偶然とは思えません! これは運命です! 我々の苦労の絆が互いを引き寄せ合ったのです!!」
互いに涙し合う三人。
何だこの余人を寄せ付けない固い団結は?
一応私も同チームなんだけど?
「あの、あのぅ……! マモルよ、ちょっと紹介を……!?」
このまま疎外感を噛みしめるわけにもいかないので、とりあえず同族のマモルから接近を試みる。
マモルは『貪』の称号を受け継ぐ四天王の一人で、魔王軍の最高幹部。
文官の最高峰にいる私と軍部のマモルでは畑違いの感はあるものの、それでも面識がまったくないわけではない。
「ルキフ・フォカレ宰相殿! このような場所でお会いできるとは何とも奇遇であります!」
「本当にな」
本当になッ!!
というか貴公も来ていたとはな、魔王軍の仕事はどうした!?
「魔王様より、三族融和を進めるためにも魔王軍の要職はオークボ城には毎年参加するようお達しされているのです。なので私は去年から参加させていただいております」
そうなの?
「ということは、他の四天王らも参加を?」
「いえ、大体毎年私一人だけです」
おいおい。
「ベルフェガミリア様は日頃の面倒くさがりから当然のように参加されませんし、エーシュマやレヴィアーサも抱えている仕事が多くてとてもこっちに来てられる余裕がありませんからねえ」
「おいおい、それを言うならおぬしとて一緒じゃないのかえ?」
「ははは、わかります? でもさすがに四天王全員が魔王様の要請を無視するわけにはいきませんから、なんとか予定をやりくりして私一人でも参加しているのですよ!」
「みずから進んで背負い込む姿勢が、まさに苦労人じゃのう!」
HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!
と呵々大笑する三人。
なんだこの心通じ合った感じは。
「それで、こちらの御仁はどちら様で? 紹介いただけないかマモル殿、さっきから砕けた様子だし、顔見知りでもあるのだろう?」
「これは失礼したシルバーウルフ殿」
だからなんで仲よしなの貴様ら?
「こちらの御方はルキフ・フォカレ殿。魔国宰相を務める御方です!」
「ほうほう」
相手は、各勢力を代表する重鎮たち、かしこまっておいて損はあるまい。
「ご紹介に預かった魔国宰相ルキフ・フォカレと申す。人魚国の宰相ゾス・サイラ殿と旧人間国の冒険者ギルドマスター、シルバーウルフ殿とお見受けする」
「う、うむ……!?」「いかにも……!?」
「各々、名のある御方ゆえご挨拶したいとかねがね思っておった。こうした場で突発的な対面となり、いささか心苦しくはあるが」
「いやいやいやいや!」「お気になさらず! こちらもお会いできて感激です!」
うむ。
双方礼儀正しい対応ではあるな。
異族間のことゆえ多少の軋轢はあるかと思ったが……。
「……?」
「…………くッ!?」
?
どうした?
「なんという……、なんという苦労人力じゃ……!?」
「この佇まいだけでもわかる。この御仁、並の苦労を積み重ねてきた者ではあるまい! 相当な苦労人と見た!」
何言ってんだコイツら?
相対するなり藪から棒に?
「さすがクローニンズのお二人。おわかりになりますか? 魔国宰相ルキフ・フォカレ様こそ、我が国最高にして最強の苦労人なのです! 大魔王バアル様の無茶ぶりに長年付き合わされてきた、この御方が負った苦労は数知れず!!」
何を振るって語っておるのだ四天王のマモルよ?
「なんという苦労人の気配。圧となって迫ってくるような気苦労だ……!?」
「苦労人力、九万……十万……十一万……!? まだ上がり続けるじゃと……!?」
何を恐れおののいているのか彼らは?
無作為の選出によって集められたはずの雪合戦チーム。
しかし何か運命的な作用が働いたようで、チームの顔触れが似た者同士となったようだ。