670 究極の苦労人
魔国宰相のルキフ・フォカレだ。
今日も政務が山のように積み上がっている中で、あのアホが遊びにきた。
かつての主君……大魔王バアルが。
「なあルキフ・フォカレよ、城を攻め落としに行こうぜ」
「戦争がしたいならまずクーデターで息子を蹴落としなさいな」
まあ、私が全力で阻止するがな。
魔王ゼダン様の治世は、貴様が現役であった頃より遥かに安定して豊かになっているのだ。
だから引退した先代魔王が今さらしゃしゃり出ても、この宰相の位を預かる私が全力で阻止しにくると思え。
そしてついでに合法的に貴様を討伐し、積年の恨みを晴らしてくれるわ。
そんな私の殺気立った目を見て、大魔王のヤツは慌てて訂正する。
「違う違う! そんなガチじゃない感じのスポーツライクな攻城戦なのだ!」
「攻城戦をスポーツ感覚でやるとは物騒な時代になったものですな」
世界は平和に向かっているというのが一国の宰相として私の持っていた感覚だったのだが、大間違いだったのだろうか?
時まさに末世?
「いやいや、血も流さんし死ぬ危険もなくてな、そんな感じで城を攻めるのだ!」
「ああ、調略するんですな」
「宰相らしい発想!?」
籠城する敵を調べ上げ、簡単に裏切りそうな者をピックアップし寝返りを進める。
相手が教順せずとも裏切ったという噂を流せば城内が疑心暗鬼となり不和が広がる。
連携が取れなくなったところを攻め立てれば難攻不落も容易に叩けるというわけだ。
これが血を流さない攻城戦ですな。
「違くて! ああもう説明が面倒だから核心から言う! オークボ城というのがあってのう!?」
「オークボ城?」
そんな防衛拠点、魔国にも旧人間国にもあったか?
大魔王の野郎からの説明をいちいち詳らかに聞いていくと、そのオークボ城とやらの正体が何なのかわかってきた。
要は、城とは名ばかりの遊び場ということか。
様々な非殺傷性の罠でもって挑戦者を薙ぎ倒し、脱落させ、誰が最後まで失格にならずに残れるかということを競うゲームですな。
気楽な。
遊びなら最初から遊びと言えばいいものを、城攻めなどと物騒な言葉を使うから誤解が生じるのです。
「普通ならマジモンの城攻めなんて誰も思わないはずだからのう。お前が真面目過ぎるのじゃよ」
「私が真面目だったからこそ、アナタの治世が破綻せずに済んだことをお忘れなきよう」
「結局強制退位させられたんだから破綻したようなもんじゃろう」
そう。
そして無役となったアナタと違い、魔国宰相という重責を担う私には遊んでいる暇などないのです。
衛兵を呼ばれて摘み出される前に自分の脚で帰ってくれ。
「だからそのオークボ城に一緒に遊びに行こうぜという話じゃ」
「貴様ァ!!」
だから遊んでる暇などないといったであろうが!?
ただでさえ私は、魔王様の果たすべき政務を、他のどの家臣より多い割合で代行しているのだ。
そんな私がのうのうと遊びに興じることなどできるわけないではないか。
暇な貴様とは違うんだよ。
察しろ!
「安心しろ、ゼダンのヤツもオークボ城へは毎年行っておるらしいぞ」
「魔王様も!?」
そういえば!
冬のこの時期になると魔王様が不在となられることがここ数年続いているが、まさかその愚にもつかない遊びに興じておられると!?
「アイツに言わせれば下々と触れ合ういい機会なんだそうじゃ。自分の政道の正しさは、末端である民の生活にこそ現れると言っての。つまらんヤツよ。遊ぶ時は他に何も考えず遊びに没頭するのがよいのじゃ。享楽にまでもっともらしい理屈をつけるなど小物のすることでしかない」
「アンタはもっと遊び以外のことも考えたらよかったのに……!?」
しかし些末なことにも深い考えを持って動かれるとはさすが名君ゼダン様。
目の前のアホとはだいぶ違う……!
「というわけでぬしも自分の政策の正しさをたしかめるために一緒にオークボ城へ行って遊ばんか?」
「嫌です」
「去年温泉旅館に行って、旧交を温めたものじゃからてっきり快諾してくれると思ったがのう?」
私だって余暇を過ごすなら温泉旅館の方がいいですわ。
政務でたまった疲れを癒すのに温泉につかるほどいいことはない。
去年温泉旅館を訪れてから、月一ペースで通い続けているのだ。今月もなんとか早めに仕事を終わらせて、また温泉旅館へいく!
* * *
そうして未練がましく食い下がってくる大魔王を追い返して……、そんなやりとりがあったのは秋ごろであった。
あれから大きな変化が国全体を襲った。
大雪で人間国が埋め尽くされ、各地の交通機能がマヒしかけたのだ。
戦争に勝利して今や人間国も我ら魔族の支配域。
支配者には責任が伴う、ということで魔王軍占領府からの要請を受け、魔国本土からも惜しみない支援を矢継ぎ早に送り続けた。
その差配をとったのも私だ。
つまり滅茶苦茶忙しかった。
イレギュラーな忙しさだった。
何とか大雪が過ぎ去り、復旧作業の目途もついた頃には疲労でフラフラになっていた。
早いところ温泉につかりたい……!
「魔国宰相ルキフ・フォカレよ。こたびの働き見事であった。やはり政務においてはまだまだ貴公の助けは不可欠のようだ。魔王として恥ずかしいばかり」
魔王ゼダン様より直接のお褒めの言葉を与る。
しかし何という殊勝なお言葉であろう……!
今、この地上を支配するのがこのように自制行き届いた御方であればこそ、私も安心して忠誠を捧げることができる……!
「大雪による各街道の寸断、孤立する村落が多く出てくるとの見通しであったが聖者殿が尽力してくれたおかげで状況は大きく改善された。加えて宰相殿が用意してくれた支援は滞りなく現地へ渡り、皆安心して冬を越すことができるであろう」
「お褒めにあずかり恐縮にございます。しかしすべては魔王ゼダン様の偉大さによるもの。私の才覚も、他すべての者の働きもゼダン様という支配者に従うがゆえ迅速に働くことができるのです」
「我によい家臣がついていてくれるという、それだけのこと。その重要さを忘れた時我が治世は足元より崩れていく」
なんとよく己を律した魔王様であろう。
どっかのアホによく見せてやりたいわ……!
「しかし、恐れながら魔王様。これで無事ことが済んだと思うのは早計にございます」
「なんと?」
「すべてはここより遠く離れた地で起こりしこと。マルバストス総督は常に最新の、詳細な情報を送ってきており現地指揮官としての責務を見事に果たしております。されども伝聞だけでは把握しきれぬことも、いくらでもあるのが世の常」
「状況はこの目で確かめねばならぬと?」
「日頃の些事であれば各々の担当者に任せればよろしいでしょうが、ここまでの大事となりますれば……」
ことの真偽を、報告だけでなくその目でたしかめるために。
また魔王様みずからの行幸となれば現地の者どもも勇気づけられ、さらなる魔国への忠誠へと繋がっていくことだろう。
「もっともだ。さすがは魔国宰相、我への進言は常に有益なる深慮に満ちておるな」
「もったいなきお言葉……!」
「すぐに旧人間国視察への予定を組もう。占領府のマルバストスへも先触れしておけ」
これで旧人間国での自然災害は完全に治めることができよう。
魔王ゼダン様による地上全土の支配体制はまだ始まったばかり。この程度のことで躓かせるわけにはいかぬでな。
……この件で私のできることもここまでだ。
いや久々にハードなスケジュールだった。
睡眠時間もギリギリ切り詰めて、なんとかやれることはやり抜いたな。これであとは温泉旅館に行って疲れを抜き出すとしようか。
何十日ぶりかの休みだー……!
「では魔王様、下がらせていただきます」
「いや待て」
謹んで御前より辞去しようとした私を、魔王様が引き留めた。
「せっかくだ宰相、貴公も共に視察へと参らぬか?」
「は? 魔王様の行幸に同行せよとのお達しでしょうか?」
「重要なことはその目で見極めよ、貴公が今まさに言ったことだ。ルキフ・フォカレ殿も魔国宰相の座にある我が国の最重要人物の一人、その慧眼に今の人間国がどう映るか、たしかめてみたいところでもある」
「う……!?」
そう言われると、私自身の発言が私を追い詰めているというか……!?
三十七連勤ぶりの休みが……!?
「それに今確認したところ、面白い情報が入ってきた。大雪で中止かと思われていたオークボ城もやはり開催されることが決まったそうだ。工夫を凝らしてな」
それってあの大魔王の野郎が言っていた?
「ちょうどいい機会だ。宰相殿もあの祭りに参加してみるがよろしかろう。我はな、今年こそ全関門を制覇して天守閣に登って見せる所存なのだ! 目指せ最上級コースだ!!」
あのアホな父親の方からの誘いを蹴ったというのに、賢明な息子の方からも誘いをかけられるとは……!?
さすがにこっちは断れない!
かくして宰相である私が何故か城攻めに参加することとなったが、現地で私を待ち受けていたのは城攻めどころではなく……。
……合戦であった!