669 雪合戦・無礼講編
さーって。
雪まつりのもう一つの特大イベント、雪合戦の様子はどうなっているかな?
雪像にぶつかってはいけないためにけっこう遠くへ離しておいた雪合戦エリアへとやってくる。
「あッ、旦那様! よくぞ我がいくさ場へとやってきたわね!」
雪合戦エリアを取り仕切っているプラティが言った。
何故かなし崩し的にいつの間にか彼女が、この戦場の女主人となっていた。
その腕にはしっかり次男ノリトを抱いている。
「あら? 旦那様また一人なの? ジュニアは?」
「ジュニアは自身の最高傑作、雪像立体曼荼羅で見物客の注目を一身に浴びている。ヴィールが見てくれてるから、まあ安心だ」
「あの溢れる才能は誰に似たのかしら?」
「プラティじゃない?」
「旦那様よ」
夫婦で互いを讃えあうように見えて、どこか責任のなすり合いをしているようでもあった。
話が逸れたが雪合戦である。
こちらは従来のオークボ城にできるだけ趣旨を寄せようとした企画であり、ユーザーが直接参加して競い合おうという勝負であった。
『合戦』と名がつくからには、勝敗を決めることなくして終わらない。
情け無用の血で血を洗うバトルロイヤルなのだ。
「雪玉を投げ、当てて当てられ、凄惨なるいくさ場が展開されるのよ! 弱き者は死に強い者だけが生き残る! 自然の摂理を体現した場所なのよ!!」
なんでウチの奥さんってこんなに血の気が多いんだろうか?
まあ、いいや。
「それで参加希望者はどれくらい集まったの? イベントとして格好のつく規模はまとまった」
「まずまずの数よ。やっぱりオークボ城のアトラクションに参加するつもりだった人たちがそのまま流れてきたみたいね」
プラティの推測はズバリ当たったということか。
本来オークボ城で天守閣目指して駆け抜けるはずであった勇士数千人が、今回は雪玉を投げて戦争をするのだ。
「さらに言うと例年よりも数は増えたんじゃないの? 人魚族の参加者が入ってその分、大いに増加したわね」
「人魚族が?」
「こないだの相撲大会が影響あったみたい。あれのお陰で陸に目を向けて率先して参加しようって気風が高まったみたいね」
アロワナさんのお誘いで俺も参加したアレか。
これまで男の人魚はあんまり地上のイベントには関わってこなかったが、時代が変わろうとしているのだろうか。
薬で足を変えた男人魚たちは当然ちゃんとパンツを穿いている。
「でね、始める前に一つ問題が発生したんだけど」
「どうしたの?」
「チーム分けをどうしようかってね?」
チーム?
今回オークボ城・雪まつり編は、スポーツ雪合戦の形式に則って進められるらしい。
特定のフィールド、特定の人数、そして特定のルールを守って厳正に勝敗を決める。
「旦那様に前聞いたスポーツ雪合戦のルールでは一チーム七人だそうだけど。今回は形式に慣れてもらうために五人で一チームにしようと思うの。あまり人が多すぎるとごちゃごちゃになるでしょう?」
「たしかに……?」
「ただそれ以前の問題なのが、誰もチームとして出場申請してないってことよ」
ん?
どういうこと?
「つまりみんな個人として出場してるのよね。元々のオークボ城が個人競技だったし。この雪合戦も急遽の企画だったもんだから対応が間に合わなくってチーム編成なんてできてないのよ」
「じゃあどうするの?」
個人としての参加しかできていないなら、皆でそれこそ最後の一人になるまで争い続けるバトルロイヤル雪合戦でもするのだろうか?
でも『スポーツ雪合戦に則る』という方針をプラティは豪語していたしなあ。
どうするの?
「そこでアタシは考えたのよ! ランダム性によって決めるというのはどう!?」
「ランダム性?」
「既に参加希望を受け付けている人たちを無作為に抽出して、こっちで勝手にチームを形成したのよ。ごく一部の例を挙げるとこうなるわ!」
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オークボ城・雪まつり編
雪合戦無作為抽出チーム・ナンバー75
メンバー1.ゼダンさん(種族:魔族、職業:魔王)
メンバー2.ジェーネプカフさん(種族:魔族、職業:無職)
メンバー3.アラカブさん(種族:人魚族、職業:自営業)
メンバー4.ペステガロさん(種族:人族、職業:公務員)
メンバー5.シャベさん(種族:人族、職業:農家)
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「こういう感じよ」
「過酷すぎない!?」
何が過酷かって、しれっと魔王さんが交じっとるやんけ!
それ以外は職業から見ても一般市民としか思えないような人たちばかり!
ランダム性に任せて選び出した結果がコレとか!
偶然ながらも魔王さんと一緒のチームでプレイする息苦しさを考えてみろや!!
「他にもウチの兄さんとか色々VIPが参加しているから、偶然一緒のチームに入れた人はいい経験ができるわね」
「つらい経験だよ!」
もし偉い人と一緒のチームでまかり間違って無礼なことでも働いたら、最悪お手打ちということにもなりかねない!
一般庶民にはけっこうな罰ゲーム!?
「でも旦那様……! これって実は重要な施策だと思うのよ……!」
「どうしたのプラティ?」
いきなり真面目になって。
「戦争が終わって、今は人魔人魚の三種族の距離がドンドン接近していく。そんな過程の時期にアタシたちはいるわ。そんなご時世だからこそ、こんなレクレーションで必要以上に他種族と接し、親交を深めていくことが大事なんじゃないかしら!?」
「この雪合戦でランダムチームを作ることで、時代の流れを加速させようと?」
「そうよ!」
もっともらしいことを言っているけれど、自分のテキトーに捌いた手法にもっともらしい理屈をつけただけだよねプラティ?
「まあ、もう準備が整ってるからこのまま行きたいというのが本音なんだけど」
「それが本音かい」
「でもきっと、これをきっかけに世界中の種族がよりお互いがわかり合ってくれることを望むわ! お遊びのイベントにもそういう高尚な考えを織り込んでいけばいいと思うの!」
プラティのそういう考え下賤だなと思ったが、自分の妻なので特に指摘しなかった。
こうしてランダム形式でまとめられた雪合戦チームが最後の一組になるまで争い合うイベントが始まるのだが、さすがに心配を消し去ることができないので今少し見守ることにした。
「……そう言えば旦那様は雪合戦参加しないの? いつもはオークボ城参戦してたじゃない?」
「東京タワーでジュニアの尊敬を勝ち取ったから、今回はもういいかなって」
「そう」
* * *
さすがに何百チームといる全部を見守ることは不可能なので、一番危うげな魔王さんチームの様子を見に行ってみた。
というか魔王さんも雪合戦に参加するんだな今さらながら。
まあオークボ城も参加常連なんだし、いても何ら不自然ではないか魔王さん。
「今回同じチームとなったゼダンです、よろしく!」
草葉の陰から見守る俺は、魔王さんが奇縁あってチームメイトとなった人たちと顔合わせしていた。
皆、顔が真っ青になっていた。
そりゃそうか。魔王さんは顔のも名前も知れ渡っている地上の支配者。
下手に逆らったら打ち首獄門の刑だということは容易に想像がつく。
そんな中幸か不幸か魔王さんと同じチームになってしまった魔族一名、人魚族一名、人族二名。
皆、これこそが本日最高の難関イベントだと確信もってるんだろうな。
「魔王様ッ!?」
その中で真っ先に跪きこうべを垂れたのは、魔王さんと同じ魔族の人。
「この退役魔王軍人ジェーネプカフ! このようなところで再び魔王様の下知を仰ぐことになろうとは恐悦至極に存じます! まさか余生過ごしの山登りの趣味で立ち寄った人族の領にて魔王様に巡り合えるとは何たる奇遇!?」
「父上の時代の者か……。退役し、務めを果たしてなお尽きることなき忠誠心有り難いが、今日の我は魔王としてここへ訪れたのではない。皆と平等な一参加者としてやってきたのだ」
周りの人たちを見回しながら魔王さんは言う。
「ここに集った皆々様は、種族、階級、役割も関係なく同じ目的のために集った仲間。今だけはあらゆるしがらみを忘れ、共に雪玉を投げ合おうではないか!」
そう言ってチームメイトとなった者たち一人一人に握手を交わす魔王さんだった。
この名君ムーブに皆が心を打たれて涙を流す。
「これが魔族の王……! 魔王様……!」
「そして今は人間国の主でもある……!」
「こんな人に支配してもらえるのなら安心だ……! そして今日の優勝も決まったようなものだ……!」
あいかわらず魔王さんの人心掌握は巧ということで、思ったより心配の必要はないということはわかった。
これなら安心だな。
* * *
……しかし。
俺の心配とはまったくノーマークで、台風の目となりえる究極チームが結成されていた。
今日の雪合戦は彼らを中心に渦巻いていくことになる。
そのチームの名は……。






