668 雪まつり、卒業制作編
さて、雪まつりに際して気になるのは先生の動向だ。
ノーライフキングの先生。
いつも一番頼りになる我が農場の年長者(段違い)。
そんなあの御方は今回、雪まつりにどの程度関わっているのだろう、と気になるところだが、実はあんまりかかわっていない。
卒業式の準備があるからだ。
先生が手塩にかけて育てている人魔、人魚の三種族の若者たち。彼らが先日の卒業試験を無事パスして正式な卒業を決めた。
そして卒業式は春に行われますよ、ということで先生は、その準備に没頭しているのだった。
卒業試験は冬の初め頃にしたのに、どうして卒業式までそんなに間が空くかだって?
卒業式は春にするものだろう、その基本からは外れてはならない。
そんなことで卒業式も最高のものにしたいらしく先生は全力を挙げている。
ということで雪まつりにはあまり関わっていない。
まあ、オークボ城はそもそもオークたちが主体の遊びで、雪まつりはそのオークボ城の派生イベントなのだから先生があまり関わっていないのもそこまでおかしい話ではないんだが。
しかし、まったく関わりがないのも寂しいではないか。
というわけで開催スタートとなったその日に、先生を雪まつり会場へお呼びすることにした。
* * *
「先生、こちらです」
まず俺がエスコートし、先生を指定の場所までお連れする。
そこは雪まつりの展示物スペースであった。
『わざわざ案内ありがとうございます聖者様、アナタ様もイベントの総指揮でお忙しいでしょうに』
と先生はいつもと変わらず物腰優しいのだった。
「どんなに忙しくても、先生のためなら時間を割かないといけません。先生にはいつもお世話になていますから」
そして今は、俺以上に先生からお世話になっている者たちがいる。
その子らが、先生のために感謝を表そうというのが今日の趣旨だ。
その子らとは……今日まで先生の指導を受け、ついに立派な一人前となった農場留学生たち。
「先生、今日はお越しいただきありがとうございます!」
「「「「「ありがとうございます!!」」」」」
会場で出迎える農場留学生たち。
既に試験をパスして卒業を控えるばかりだが、農場での最後の思い出作りとばかりに雪まつりに参加。
そして先生を招待するという形になっている。
『おお、皆呼んでくれてありがとう』
先生も、今日まで一緒に過ごしてきた生徒たちの前ではご機嫌だ。
俺は一歩引いたところで、彼らのやりとりを見守らせてもらう。
『学生生活も残り少ないのう。勉強ばかりが本分ではない。この日々が過ぎ去っても大切なものになるように、精一杯楽しみなさい』
「「「「「はいッ!!」」」」」
千年以上を生きた不死の王だけに重みのあるセリフだった。
アンデッドとなった先生は、それこそ数え切れない年数を積み重ねてきたが、その中でもこの生徒たちと触れ合った日々はどれだけの価値があるのだろう?
ダンジョンの中でたった一人で過ごしてきた日々から、変わったのだろうか。
生徒の中の一人が言う。
「先生に是非見てもらいたいものがあります!」
『ほう、何かな?』
「雪まつりの展示物ですが、僕たち全員で力を合わせて作成したものです! テーマは先生の感謝を表すものにしました!」
そうして、もったいぶった布のカバーを降ろし姿を現す雪の彫像は……。
まさしく先生だった。
雪で形作られた先生の姿だ。
その周囲には、取り囲むように多くの人々の笑顔が雪に彫りこまれて、それすなわち生徒たちの像であった。
自分で自分を雪に刻み付けた生徒たち、そしてその姿は先生への感謝を形にするためのものだった。
農場留学生、作。
雪まつり展示用制作物。
雪像モニュメント、タイトル『僕たちの先生』。
「これは、彼らの卒業制作でもあるんですよ」
俺が解説を付け加える。
「冬が明けたら、彼らは卒業です。その前に、彼らが農場で学んだことを集大成とするために築き上げたモニュメントです」
若者たちが学び修めてきたことの究極は、ここまで教え導いてくれた先生への感謝だった。
その気持ちが形となったのが、あの雪のモニュメントであった。
『おお! おおおおおおお……!!』
目の当たりにして震える先生。
それは感動による震えであると察せられる。
『ワシは何と果報者なのだ……不死者となり、人のコトワリを外れた存在となりながら、ここまで感謝してもらえるとは……! 人の輪に入れてもらえるとは……!』
先生が感涙していた。
アンデッドが涙をこぼしている。それほどの感動だったのか。
『不死者となってからこんなに嬉しいことはない! ワシは……! ワシは……! 最高の幸せ者じゃあああああーーーーッ!!』
えッ!?
先生の体が、まばゆい光に包まれた!?
目が眩んで見えないほどの閃光!?
アンデッドの瘴気とは真逆の……こんな光に包まれて大丈夫なの先生!?
『うおおおおおおおおおーーーーッ!!』
閃光の中に溶け込む先生の体。
光が収まり、視界も良好になって、見えた先には普通に先生がいた。
「先生! 無事でしたか!?」
成仏したかと思ってヒヤリとしたじゃないですか!
『すみませぬ、嬉しさと感動が迸ってしまいましてのう。しかしお陰でワシにも変化が起こったようですじゃ』
「え?」
『我が身に、聖属性と光属性が付加されたようです。アンデッドでありながらこれらの属性を備えるなど……世の中何が起こるかわからないものですなあ』
聖属性と光属性持ちのアンデッド!?
そんなのいるの!?
生徒との心温まる交流を経て、先生が新たなる段階へと進化した!?
先生はもはやただのノーライフキングとも言い難い。
聖なるノーライフキングだ!
「「「「「先生ッ!!」」」」」
驚き興奮する生徒たちが先生を取り囲む。
「凄いですよ先生―――――ッ!!」
「まさか先生の方が進化するなんて!」
「オレたちが先生に教わって強くなっていかなきゃなのに、これじゃ形無しですよー!」
自分たちの作り上げた卒業制作が思わぬ効果を発揮し、戸惑いながらも高揚する生徒たち。
たしかに、まさか自分たちの作ったものをきっかけに、ノーライフキングがさらなる物凄いものへと進化するなんて思わんよな。
『まさか千年以上存在してまだ進化するとは思わなかった、キミたちのお陰だ。教育とは、教える側にも進化を促すものだと教えられた』
先生も、教え子たちによって我が身に起きた奇跡に照れ臭そう。
「よーし、進化した祝いに先生を胴上げだ!」
「「「「「おーッ!!」」」」」
そうして生徒たち囲まれた先生。
皆の手でその体を持ち上げられ、わっしょいわっしょいと宙を舞う。
そして普通に平常開催中の雪まつり会場には他の一般客も大いに来場しており、先生と生徒たちの感動シーンを偶然ながらに目撃することとなった。
「……なんだあれは?」
「アンデッドが胴上げされている?」
「いやあれノーライフキングでは? どういう状況?」
ある意味雪まつり展示よりも貴重で奇異なものを見てしまった来場客。
呆然と見つめるしかないのであった。
* * *
そうして雪で作り出した作品でお客さんの目を楽しませている傍ら、もう一つのいくさが始まろうとしている。
いつか言われた。
競い合い、争いあわなければオークボ城ではないと。
その定義を守るように、これからまさに雪まつり武の一面が動き出そうとしていた。
オークボ城、雪合戦の乱だ。






