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66 人魚囚 三人目

 私はガラ・ルファです。

 狂乱六魔女桀の一人などと言われています。


 不本意です。

 超不本意です。


 私なんて他の人たちに比べたら大人しくて無害な方なのに。他の人たちが無思慮に騒ぎまくるので私まで悪人みたいに見られます。


 私はただの魔法医学者。

 ちょっと変わった学説を唱えていただけの凡才です。


 病気というのは、ケースにもよりますが小さな生き物が引き起こしているんです。

 とっても、とっても、とっても小さな生き物が引き起こしているんです。

 ……という学説です。


 そう主張する私を人魚医学会の人々は鼻で笑うばかりでした。

 私は大した人魚じゃありませんが、私の提唱する学説は正しいんです。

 それを繰り返し主張していたら何故か逮捕され、投獄され、司法取引を持ち掛けられ、応じて、同じ境遇の人たちと一緒に護送された挙句、今こんなところにいます。


 何処なんでしょう、ここは?


 陸です。

 それ以外は何もわかりません。


 ただ、その陸の上に信じがたい人がいました。

 私たち人魚国のお姫様。プラティ様です。


「プラティ様ああああーーーーーーーーーーッッ!?」


 ランプアイさんが煩いです。

 悲鳴とも言える叫び声を上げながらプラティ様の足元に跪きます。


「プラティ様ぁ!! お久しゅうございます!! アナタ様がここにおられるということは!! 再びアナタ様にお仕えできるということでは!? だとしたらこのランプアイ至福にございますぅぅ~~~ッッ!!」

「王族のコバンザメが本領発揮だな……!?」


 パッファさんが不機嫌そうに言いました。


 前職が王宮近衛兵だったランプアイさんらしい王族への媚び様ですし、パッファさんの反応も、体制嫌いとの評判を裏付けするようなものでした。


 ……私ですか?

 私はただ、目立たず静かに……。


「よく来てくれたわね、パッファ、ランプアイ、それにガラ・ルファ」


 ッ!?

 王女様が私たちの名前を!?


「何を驚いているの? アナタたちは有名人じゃない。『凍寒の魔女』、『獄炎の魔女』、『疫病の魔女』六人の魔女の半分がこの場に集結しているなんて、圧巻だわ」


 それを言うならアナタだって……!

 狂乱六魔女桀の頂点に君臨する『王冠の魔女』。

 それこそプラティ姫ではないですか。


 他の魔女たちより遥かにヤバい禁薬を開発したり大事件を起こしたりしながら、王族という立場ゆえ黙認されているという最凶存在。


 私たちより何倍も恐ろしいことしているのに、私たちみたいに逮捕されないんですよ!?

 そんな人が地上にいるというだけで、天地を揺るがす凶事の予感がするんですけど……!?


「バカ兄に頼んで服役中のアナタたちを呼び寄せたのは他でもないわ。アタシの仕事を手伝ってほしいの」


 仕事って何ですか!?

 人類抹殺計画とかそんな感じですか!?


「『王冠の魔女』が、こんな辺鄙な陸で仕事ねえ……? 人類抹殺計画でも企ててんのかい?」


 パッファさん!!

 思っていても迂闊に口にしない!!


「このランプアイ、命尽きるまで王族と共にあります。喜んでプラティ様の人類抹殺計画に助勢させていただきます!!」


 ランプアイさんも気軽に賛同しない!!

 ダメです! 六魔女はやっぱりヤバい人たちの集まりです!!


「人類抹殺なんてしないわよ。そんな面倒くさい」


 面倒くさくなかったら、するんですか!?

 ダメです! 六魔女はやっぱりヤバい人たちの集まりです!!


「アタシの仕事場に案内するわ。自分たちが何を手伝うか、実際見てもらった方がすんなりわかるでしょう?」


 そう言ってプラティ様は、自分が出てきた大きな建物の中に再び入っていきました。

 ……仕事場って、ここのことなんでしょうねえ。


「仕方ねえ、入るか」

「プラティ様のおられる場所なら、たとえ火の中、陸の上!」


 パッファさんもランプアイさんも潔すぎますよ!

 あっ! 待って!

 こんなところに一人で取り残されるぐらいなら私も虎穴に入りますぅ!!


              *    *    *


 建物の中は、不思議な匂いで充満していました。

 なかなか強烈な臭気ですが、不思議と不快ではありません。


 何故か懐かしい気すらします。


「ここでアタシは、加工食品や調味料を作っているのよ」

「調味料?」

「食べ物に味をつける薬ってところね。そういう意味では塩も調味料と言えるかしら?」

「ああ」


 食べ物に味をつける? 人工的に?

 何とも斬新な発想です。さすがは『王冠の魔女』といったところでしょうか?


「アナタたちにしてもらうのは、その手伝いよ。最近注文の量が増えてきて、アタシ一人の手じゃ賄いきれなくなってきたの」

「六魔女が四人も揃って食い物作りかよ? 何とも情けねえなあ?」


 パッファさんは不満そうです。


「そう思うなら、これを一舐めしてみなさい。ここの製造品の一つで醤油って言うのよ」


 な、なんですかこの真っ黒な液体は……!?

 見るからに体によくなさそうなんですけど、毒じゃないですよね?


 とにかく私たち三人は、プラティ様から小皿を受け取ってほんの一舐めしてみました。


「……!?」

「なんだこれ!? めっちゃ美味いぞ!? 基本的に塩っ辛いが、その中に複雑な何種類の味があって深みがあるぜ!?」

「このような不思議な薬品を作り出すとは……! さすがプラティ様!!」


 他人を滅多に褒めないパッファさんとランプアイさんが、ここまで手放しに言うんだから相当です。

 かく言う私も、この黒い液体の味には脱帽です。

 美味しすぎておしっこ漏らしそうです!!


「正確にはアタシの発想じゃないわ。ある人がアイデアを出して、アタシが薬学魔法で再現してみせたの」


 プラティ様に発想を与える人がいるというんですか!?

 一体何者ですか!?


「アナタたちには、これを作るのを手伝ってもらうんだけど……。ガラ・ルファ、アナタには特に期待させてもらうわ」


 ええッ!?

 何故私を名指しですか!?


「以前、アナタが人魚医学会で発表した論文を呼んだわ。この世界には、精霊とも違う目に見えない生物。目に見ることもできないぐらい非常に小さな生物がいて、それが大部分の病気の原因になっているって……!」


 王女様が私の論文を!?

 恐れ多いというか嬉しいというか!!


「旦那様から、発酵食品の作り方を教えられた時、アナタの学説を真っ先に思い出したわ。旦那様の言う細菌や発酵とかいう概念をもっとも率直に理解できるのは、アナタかもしれない。これからよろしく頼むわね」


 ちょっと待ってください!

 ちょっと待ってください!?


 それってもしや、この土地に私の学説が正しいと証明させるものが満ち溢れてるってことですか!?

 サイキンって何!?

 ハッコーって何!?

 意味はよくわかりませんが、響きに物凄く素敵な予感を感じます!!


 このショーユ! ショーユにも私の提唱する『小さい生き物』が紛れ込んでいると!?

 素晴らしいです! 思わずショーユ一気飲みします!!


「ぎゃあああああッッ!? ダメ! 醤油には大量摂取したら死ぬレベルの塩分濃度があああああッッ!?」

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書籍版19巻、8/25発売予定!

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↑コミカライズ版こちらから読めます!
― 新着の感想 ―
誤字 以前、アナタが人魚医学会で発表した論文を呼んだ≪読んだ≫わ。
[良い点] 3人とも二つ名に不本意なの好きです
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