667 雪まつり開催中
実際にお客さんが入り始めたオークボ城・雪まつり編。
急に趣向を変えて、ちゃんとついてきてくれるかと危惧したものの例年通りの賑わいでひとまずホッと胸を撫で下ろす。
お客さんがまず一番に目を惹かれるのはやはり、俺の建てた雪の東京タワーのようだ。
デカいというのはそれだけで注目されるからな。
ただあまりにもデカすぎるし、素材が雪というだけに倒壊を心配する人もいるだろうので設営位置は雪まつり本会場からかなり離れたところにある。
実際のところは『至高の担い手』で押し固めた雪タワーはたとえ隕石が衝突しても平気へっちゃらなのだが。
多少離れても問題ないほどの巨大さなので、むしろ眺めて楽しむにはちょうどいい距離感だった。
それでも間近でそのド迫力な大きさを実感してみたいというお客さんの希望も汲み、徒歩二十分ほどかけての雪製東京タワー足元見学ツアーも組まれている。
とはいえ所詮雪製。
本物の東京タワーのようにエレベーターで登り、展望台から広がる俯瞰景色を堪能する……ということもできないが。
今のところ皆さん、ただ巨大な雪像を足元から眺めるだけでも珍しがって楽しんでくれる。
無論雪まつりの醍醐味はそればかりではなく、主な展示物の並ぶ本会場でも連日の大賑わいだ。
何より目を引くのが、会場最前面に並ぶ二神の雪像であろう。
一方が軍神ベラスアレス。
人間国でも有名な凄惨なる戦争の神だ。
しかしその一方で負けた側を手厚く保護する守護神の一面を持ち、エルフ族からもあがめられている。
この雪像を作ったのは、ウチの農場で木工仕事をしているエルフのミエラル。
いつもは木彫りで神像を作り出し、魔族の偉い人たちから高い評価を受けている彼女が、雪まつり参戦だった。
素材が木よりも軽い雪なだけに、いつもより大きめに仕上げてある。
全長四メートルもあるベラスアレス像は、ただ立っているその姿を見るだけでも圧倒され、さながら本物のような迫力が噴き上がる。
以前モノホンのベラスアレス神を召喚してから、もっぱらミエラルの得意な題材になっている。
これまでいくつも木を彫って仕立ててきたベラスアレス像であるが、今回は会心の出来だったようでミエラルも実に満足していた。
……その一方で、もう一体の同じだけの存在感を放つ雪像がある。
それがミエラルのベラスアレス雪像と対極を張るもう一つの神雪像。
太く短い、小男の像ではあったが筋骨隆々で逞しく、触れるもの皆殴り殺しそうな威圧に満ち満ちていた。
得物にハンマーまで持っているから、なおさら物々しく。
顎から広がるふさふさの髭、猛禽を思わせる眼光は何かしらの武神であると窺わせるに充分だった。
「この物々しくも威圧的な神様は一体?」
「これは、我らドワーフ族の守護神ですぞ!」
と俺に寄ってきたのはドワーフの王エドワード・スミスさんだった。
飛び入りで雪まつりに参加した人。
「これドワーフさんたちの作品だったんですね」
「然り! エルフの者どもがベラスアレス神の像を作製すると聞きましてのう! 対抗して我らドワーフも守護神像を奉らねば立場がないと思いましてなあ! ハッハッハ!」
上機嫌なエドワードさんの態度を見るに、自身も満足な上出来であるのだろう。
「ドワーフ族の守護神か……。一体どんな神様なんですか?」
これだけ厳つく強そうなんだからさぞかし凶悪武神なんだろうが……。
「ヘパイストス神ですぞ!」
「んッ?」
今、知ってる名前が出たような?
「我らドワーフは、モノ作り世界一を自負する種族なのですから、その守護神は造形神ヘパイストス以外ありえません! 今でも我らドワーフは、彫像となればヘパイストス神こそもっともポピュラーな題材で、年に数百体の像が製造されておりますぞ!」
「そうなんだ。ふぅ~ん……!?」
「像のデザインも日々洗練されており、こちらのモデルは毎年開催されるドワーフ族の最大イベント『ヘパイストス神像選手権』で最優秀賞をとった作品をコピーしたものです! ちなみに製作者はワシです!」
一族の王みずから出場して優勝をかっさらう……!?
何かの忖度が働いてないよね……!?
「ここまで大きいスケールで模造するのもドワーフ族ならではの技術が必要でしたがな! しかしおかげさまでエルフどものベラスアレス像にも充分対抗できる傑作になったと自負しておりますぞ! ハッハッハッハ!?」
「…………」
「どうなさいました聖者様? さっきからモニョモニョした表情で? まさか我らのヘパイストス神雪像に何かご不満でも?」
「いや、不満というわけではないのですが……!」
何と言うかそう……。
現実と理想のギャップ? とでもいうものの軋轢を受けてね?
「俺は、本物のヘパイストスさんに会ったことがあるので」
「えッ!?」
「俺に力を与えてくれたのはヘパイストスさんですからね」
その時会った神様は、とてものほほんとして気のよさそうなオッサンだった。
今目の前にある蛮族めいた雪像とは似ても似つかない。
「なななな! なんですとおおおおおおッッ!?」
それはともかくエドワードさんは俺の明かした事実に衝撃を受けていた。
「常に世界にあり得ない物を創造し、我々を魂消させる聖者様は、我らが守護神ヘパイストス様の加護を受けし者だったのですか……!?」
言ってなかったっけ?
わざわざ言うほどのことでもないしなあ?
「それでやっと合点がいきました! 聖者様は造形の頂点たるヘパイストス神に愛されし者! いやヘパイストス神の化身とも言ってよい存在! 人智を超越しているのは当たり前だったのですねええええッ!!」
エドワードさんを皮切りとして、周囲にもいた多くのドワーフたちがひれ伏してくる。
雪像作成に関わっていた彼らだが、やめて。
今会場には何も知らない他のお客さんも詰めかけているんだから!
……しかしまあ、どうしたらあの朗らかなオッサンでしかなかったヘパイストス神が、雪像で再現したらこんな打撃系の武神に様変わりしてしまうんだろうか?
厳ついハンマー、モッサモサの髭。
これらってむしろドワーフの特徴だよな?
長く神自体の姿を見ることなく、想像や口伝でイメージされるようになったなれの果てか?
ドワーフ自身の生み出したイメージなんだから、像柄がドワーフ自身に引きずられるのも仕方のない話か。
ドワーフの作り出した理想像なのだから、これはむしろヘパイストス神の像というよりスーパードワーフ人の像というべきなのかもしれない。
ただ、どっちにしろミエラルたちの拵えたベラスアレス神の雪像と、猛々しさ立派さでもって充分向こうを張れる作品だった。
この二つの武神像が雪まつり会場の一番前面に設置されることで、まるで門を守る阿吽の仁王像のような好対照を形成して、雪まつり会場全体を引き締めているかのようだった。
間違いなく本イベントの看板と言ってもいい存在となったベラスアレス、ヘパイストスの二神雪像。
もちろん雪まつり会場は、他にも力作が揃っている。
まずは農場エルフの真代表エルロンが作り出した雪の造形は……。
「……何だコレ?」
よくわからないものが目の前に広がっていた。
雪で作られているのはわかるが、雪で形作ったものがぐんにゃりして、ふわふわで……。
……前衛芸術?
「聖者様! 上手くできたと思わないか!」
困惑しているとエルロンがやってきた。
製作主の。
「我ながらよくできたと自負しているぞ! 雪を素材に自然の美しさをありのままに表現してみた! タイトルは『雪の歪み・うるひゃあ』だな!」
なんだかとってもよくわからない……!
「あの……俺ごときでは作意が高尚過ぎて何が何やらさっぱりわからんのですが……!?」
「何を心にもないことを! 聖者ほど創作観念に溢れた人なら私の作品を見て何も感じないわけがない!」
あ、俺買い被られている?
皿の焼きすぎで難解の極みに達してしまったエルロンの雪芸術であったが、恐ろしいことに見物客の中には、その独創性に何かしら感じ入って、宇宙と交信する者も出てきたという。
その他にも色々な雪造物が立てられ……。
サテュロスたち農場乳しぼりチームの作製した雪像、タイトル『ミルクの流れ』。雪の白さとミルクの白さをかけられた情緒的一作となった。
さらにバッカス率いる酒造りチームの作品、タイトル『酒』。雪で作った巨大な杯だった。そのまま酒を注げて飲めるという。
ゴブリンチーム制作、タイトル『愛』。
オークチーム制作、タイトル『苦悩』。
ことほど左様に、展示物の多くには概ね牧歌的な雰囲気が出ているのはよかった。
エルフやドワーフたちの作品ばかりでは難解で高尚になりすぎるからな。
* * *
あと農場留学生たちも卒業制作と称して、皆で力を合わせて魂のこもった一作を作り上げた。
詳しい内容は、ここでは語らない。もっと相応しい機会があるので。
その機会は、早速次から語っていくことになるのだが……。






