664 雪まつりにも戦乱は必要
雪まつり準備を皆が着々と進めている。
それを見回るまとめ役の俺。
あちこち見て回っていると、ふと目を引く奇異なものが視界に入った。
「何やってるのプラティ?」
「あッ、旦那様!」
何やらガヤガヤとやっている集団、その中心は我が妻プラティのようだ。
まだまだ赤ちゃんの次男ノリトを抱えて、率いるゴブリンたちにテキパキ指示を与えている。
「あら、旦那様一人? ジュニアは?」
「ジュニアも雪像作りにハマりだして、今度は雪で五大如来を作ろうとしている。ヴィールが傍で見てくれてるよ」
「没頭する癖アナタに似たわねー」
母親の資質も受け継いでると思うよ?
今だってゴブリンたちを指揮して何か作ろうとしてるじゃない?
「アタシが何を作ろうとしてるか……気になる?」
「それはまあ……」
下手に放置してあとあと騒動になり、それで収拾に駆り出されるのは俺だしね。
不安の芽はなるだけ早期に摘んでおきたい。
「フッフッフ、では教えてあげるわ。アタシはね、雪まつりに足りないものがあると感じていたのよ!」
「な、なんだってー!?」
足りないもの?
俺には完全無欠と思えた雪まつりなのに、他の目から見たら不完全であったと?
一体何だそれは?
企画発案者として気になるぞ!
「この雪まつりに足りない要素、それは……闘争よ!!」
安らぎを知らない修羅の意見だった。
「思い出しても見て! これはオークボ城の代わりのイベントなんでしょう!? オークボ城は例年挑戦者を募集し、いくつもの難関を乗り越え攻略する、れっきとした勝敗が示される、そんなイベントだったはずよ!」
「た、たしかに……!?」
「さすれば、今年だってそんな血で血を洗うバトルイベントが行われるものと期待して集まってくるお客さんも多いはず! そんなお客さんからすればただ雪像を眺めて帰るだけのイベントなんて物足りないことこの上ないんじゃないかしら!? どんなにクオリティが高かったとしても!!」
血を血で洗うほど凄惨な争いが繰り広げられた記憶はないけれど……!
たしかに!
そうだ、あくまでこのイベントはオークボ城の緊急差し替え企画で、その亜種という扱い。
だからこそオークボ城を楽しみにしているお客さんを変わらず楽しませてあげないと成功とはいえない。
いくらクオリティを上げたところで、お客さんの期待に応えられなかったら失敗なのだ!
大事なことを忘れるところだった!?
「聡明な旦那様ならもう気づいたことでしょう? だからこそこの雪まつりにも本来のオークボ城と同じバトルして敵を叩きのめす要素がないとダメってことよ!」
「体を動かして障害を乗り越える要素ですよね?」
「それを私の考えで作ってみたの! 見なさいこれを!」
デデン!
とプラティが指し示したのは、大きく聳え立つ坂だった。
雪を積み重ねて、高くしたうえで形を整えたもののようだ。
しかも表面は細かく整えられていて、人一人収まる程度の細さの溝が何本も刻まれてこれは……!?
「滑り台よ! 雪遊びでもっともポピュラーな雪滑り台よ!」
なるほどー! あの溝部分が滑り台のコースで、頂上から地表へ向かって滑り落ちて行けというわけだね!?
「設計したのはアタシだけれど、作ってくれたのはゴブリンたちよ!」
ゴブ吉たちも仕事を任せてしまってゴメンねえ?
え?
楽しいから別にいい?
いい子たちだねえ……!?
「しかもアタシが設計したものだから、ただ上から下へと滑っていく安直な滑り台じゃないわ! カーブは全二十七ヶ所! S字カーブやヘアピンカーブなど種類も揃えてバラエティに富んだ滑り台よ! スピード調節に気を配らないと途中でコースアウトすることもあり得る! 高難易度滑り台よ!」
「安全対策がなってないねえ」
なんかの審査で不合格が出て営業中止に追い込まれそう。
「大丈夫よ! コースアウトで落ちた先にはふんわり粉雪がクッションの代わりにスタンバイして怪我する可能性ゼロパーセント!」
「意外と安全対策しっかりしていた」
「さっきも言った通り、オークボ城本戦の代わりに闘争のスリルを提供するのがアタシのコンセプトだからね! 負ける可能性のない勝負の何が面白いのよ!?」
「勝負に面白さ、いる……!?」
「そりゃガチで命とかのかかった勝負なら面白いとか言ってられないけどさ!」
まあ、たしかにこれはゲーム感覚の勝負だからな。
「というわけでアタシが用意したアトラクションはどれもこれも勝ち負けの要素を強く押し出したスリル溢れるものなのよ! 他にも見ていってもらいましょうか!」
「まだあるの?」
「こちらは、雪で作った特製巨大迷路になりまーす」
いつのまにやら雪で覆われた原野の一角に。さらに雪を掘って固めて作られた、入り組んだ溝のようなものが広がっていた。
「これは……迷路?」
雪の巨大迷路。
これもありがち、鉄板のアトラクションだな。
いくつもの分かれ道に迷いながらゴールを目指してひた走る。
どうしても出られない時は右手を壁につけて、それが離れないように進めばいつかは出られるぞ!
「まあ雪で簡単に成型できるから、たしかに雪まつり向けのアトラクションと言えなくもないが……」
「甘いわね旦那様……! この聖者夫人プラティがみずから設計した迷路なのよ。一歩でも踏み込んだら二度と出られぬ恐ろしい仕掛けがあるに決まってるでしょう!?」
「ちゃんと出られるようにしておいて」
アトラクションなんだから。
「見ていなさい……M4からM5へ移動!」
プラティのそんな指示に従って……迷路の壁が動いている!?
「D7からD6へ! K11からK13へ! ふははははは、アタシの壁は変幻自在なりいいいいッ!?」
「壁が動く迷路!?」
これじゃあ、どんなに迷路の構造を覚えたところで片っ端からコースが変えられて、正しい道がない!
それこそ永遠に迷路の中から出られないじゃないか!?
「これこそアタシが開発した新魔法薬……『雪をホムンクルス化させるDX』の効能よ!」
「なんてわかりやすい薬名!?」
「ガラ・ルファの細菌技術とゾス・サイラのホムンクルス技術を掛け合わせてね。薬内に分布する極微小サイズのホムンクルスを雪に染み込ませ、ガワごと自在に動かせるようになるのよ!」
プラティが!
また凄まじい技術力の新発明を意味もなく生み出した!?
「あの迷路の雪壁には、残らず新魔法薬が振りかけられていてアタシの命令通りに自由自在に動けるのよ! まあ、あんまり揺らすと自重で崩壊するから二、三歩前後左右に動くのが精々だけど。所詮雪ね」
「まだ試作段階でよかった」
「染み込んでいる極小ホムンクルスも保護液から出たら一時間ほどで死んじゃうし。まだ時限式の運用しかできないわね」
「バイオハザードに繋がりそうになくてよかった……!!」
とにかくこの仕様はユーザーにとって鬼畜難易度すぎるので、キレた客が迷路の壁を殴り砕くことのないようにプラティとじっくり話し合うことが必要だった。
「しかしこれらも前座でしかない真打ちはこれよ!」
「まだ用意してるの!?」
「雪で勝敗を競うといったらこれ! 雪合戦よ!」
プラティに案内されて移動した先の区画には、平坦にされたフィールドに、壁やらフラッグやら本格的にそれっぽいものが並び立っている!?
「ああいうものが用意されてるってことは……スポーツ雪合戦!?」
「そう! 旦那様に教えてもらった、相手チームの旗を奪うか敵全員雪玉ぶつけて皆殺しにするかで勝敗を決めるアレよ! 非常にフラットな取り決めで気に入っているわ!」
そういやプラティ、大分前から雪合戦が一番好きな冬の遊びだったよなあ。
ある時は妹のエンゼルを一方的に雪塗れにして快勝していたし。
ここで彼女の雪合戦愛に火が付くとは。
「当日は参加チームを募って、正式なルールに則って大雪合戦大会をするのよ! 参加希望が何チームにもなったらトーナメント戦で大々的にするのもいいわね!」
「おおう……!?」
「農場からも参加希望者を募る予定よ! オークやゴブリンたちは……ワンサイドゲームになりそうだから遠慮してもらうとして農場留学生とか。なんなら実家から兄さんたちを呼んできて人魚チームも参加させるわ!」
「一般参加者に優勝させる気ないよねそれ……!?」
アナタのお兄さん王様じゃないですか。
そんなチームとぶつかる一般市民の気持ちを考えてあげてください。
しかし、プラティの言う通りだなと思える点もある。
オークボ城はユーザー参加型のイベントなんだから、その流れを汲む今回の雪まつりも、何かお客さん自身が参加して楽しめる企画はあった方がいいよなあ。
そのための滑り台、巨大迷路、雪合戦。
他にも何かあった方がいいだろうか? オークボなりダルキッシュさんに相談して追加案を検討してみてもよいかもしれない。