662 雪まつり概要説明
農場の住人たちを集めて、俺は熱弁を振るう。
「皆聞いてくれ。今年のオークボ城をどうするか。大まかな方針が決まった」
気になっているところだろう。
今年の大雪を鑑みれば、オークボ城の中止は火を見るよりも明らかである。
まず積雪で会場が封じ込められ、物理的に開催が不可能にも見えるし、もし強行したとしても各地でも大雪に苦しめられる人々が来訪してくれるか難しいし、下手をしたらそんな大変な時期に遊びやがって『不謹慎』という非難を浴びるかもしれない。
常識的に考えたら中止するのが、どう見ても無難。
でもきっと、今年もやりたいと皆思っているに違いない。
そこで俺は考えた!
この大雪に決して屈しないという意志を込めつつ、大々的に楽しむための方法を!
「雪まつりだ!」
このアホみたいに溢れまくった雪を有効利用しつつ、お客さんを愉しませる方法!
今年は特別に、いつものプログラムを変更して……!
風雲オークボ城・雪まつり編を開催する!!
「雪まつり……?」
「雪まつりとは一体……!?」
「ユキマ・ツリー?」
集められた農場住民たちも初めて聞く言葉に困惑を隠せないようだ。
ここはさらなる説明が必要であろう。
「雪まつりとは、雪を使ったお祭りのことだ!」
まんまであった。
「なるほど! 旦那様の愛妻であるアタシには大体わかったわ! 旦那様が何を考えているか!」
ノリトを抱きかかえたプラティが、勇ましく歩み出た。
その腕の中では次男ノリトが赤ん坊なりに、生まれて初めて見る銀世界を物珍しそうに眺めている。
……雪は案外日光の照り返しがきついから帽子でもかぶせておこう。
ちなみに長男ジュニアはもう既に雪に興味一杯で、お守りのゴブリンらと雪遊びに興じていた。
話が逸れた。
プラティの主張であった。
「さすが夫婦となれば以心伝心! 俺の考えを察してくれたんだな!?」
「もちろんよ! 雪まつりとは、つまり……!!」
プラティ、言う。
「大規模雪合戦のことね!」
ん?
「いつも農場で冬になったらやる雪合戦を、数万人単位で行えばそれはもうお祭り騒ぎになるわ!! いつもオークボ城に挑戦しにくる人、見に来る人。それらを東軍西軍に分けて戦って戦って戦い抜いて! 最後の一人になるまで戦い続ける無慈悲無情の大乱戦! それが雪まつりね!?」
「違うよ!?」
まあ、アトラクションとして雪合戦もあってもいいけど。そんな殺伐とした雰囲気で全体を覆うような催し事じゃないよ!?
「雪まつりのメインはむしろ……そうだなあ……!?」
説明するよりも実際見せた方が簡単かなあと思い、俺は実際にその辺の雪を積み上げ、押し固めながら形を整える。
「こうやって雪で好きな形を作ってね? 雪像とかレリーフとか、そういうのを作って出来栄えを見せつけ合うというか……?」
「「「「「像?」」」」」
煩いな!?
皆一斉して疑問の声を上げなくてもいいじゃないか!?
たしかに俺が作った雪の像は、像というかも怪しいただのこんもりした雪山だよ!
カッコよくダヴィデ像めいたものでも作ろうと思ったんだけどさ!
俺のセンスでは埴輪すらもクオリティの水準を満たすことができなかった!
芸術的分野においては効果を発揮できないというのが俺の『至高の担い手』唯一の弱点だ。
美的感覚は人によって異なるから『至高』を見つけられないんだろうな。
その一方で……。
「パパ、パパー」
「ん? どうしたジュニア?」
「これみてー」
「うおおおおおおおおッッ!?」
我が子ジュニアが指し示す先に、それこそ完璧な雪の像があった!?
なんだこのおおおおッ!?
人体の造形美を究極にしたような若く逞しい男性の像はああああッ!?
誰が作ったのこれ!?
えッ!? ジュニアが!?
我が子は天才だあああああああッ!?
「これだよこれ! こういうのを見せたかったんだよおおおおおおおッ!?」
つまりな皆!
こういうのを雪でたくさん作ろうというわけだ!
そしてお客さんを呼んで、見物してもらって、楽しんでもらおうという催しなわけだ!
しかしジュニアの作った雪像はスゲェな!
ロダン!?
ロダンかな!?
考える人!?
「なるほどわかったあああああああッッ!?」
ここまでの説明に過剰な反応を見せたのは農場住人の一人、エルフ組からミエラルだった。
ミエラルはエルフ木工班に所属していて……というか率いていて。
最近は木で彫って像など作って外に大いに売り出している彫刻家気取りでもあった。
だからこのイベントに一番適合するのはやっぱ彼女?
「石でもなく、木でもなく、雪でもって作られた像! 凍てつく冬の中でしか形を保つことができない、どうあっても春になれば解けて消え去ってしまう素材で最高の形を表すことに意味があるのですね! つまり、諸行無常!!」
「ああ、ハイ……!?」
こういうのはヘタに否定せずハイハイ話を合わせておくことが早めに終わらすコツだ。
「かしこまりました! ならばこの企画、農場木工班にこの人ありと謳われた私ことマエルガが陣頭に立って率いさせていただきます!」
『この人あり』って言うかアナタはエルフですけどね。
いや、それよりコイツおのずから仕切りだしたぞ。あからさまに面倒くさいヤツ。
「私の作った彫像は、今や魔都にて大人気! 累計四千体が売れている計算になります! そんな私がプロデュースして雪像美術館を形成すれば、それはもう千客万来は確実! 約束された勝利ですよ!」
「おっと、思い上がるのもそれくらいにしておけマエルガ」
テンションハイマックスのマエルガをけん制するように現れた者!
それは同じくエルフのエルロンだった。
「マエルガよ……! このジャンルお前の独壇場だと思っているなら浅はかすぎて浅はか見附だぞ!」
「なッ、どういうことですか元お頭ッ!?」
「雪を素材とした造形ということなら、私にだってできることはあるはずだ!」
かつてのエルフ盗賊団頭目にして、現エルフ陶工班を率いる班長エルロンが言う。
「いつも土をこねて名器を作り上げている私が、こねるのを雪に変えるというだけの話! 雪でもってひょうげの極みを体現させようではないか!」
めっちゃ前衛的なのができそうな予感。
「マエルガよ! お前の作る彫像は常々現実に従いすぎて面白みが足りないと思っていたところだ。これを機会にお前にも、崩れた造形の面白みというものを教えてやろう」
「それはこっちのセリフですよ元頭目! 美しい造形とは、在るものを極限まで再現できる技術が伴ってこそということを教えてやりましょう!」
「ドワーフみたいなこと言いやがって……!」
エルフ同士で火花がバチバチ散ってる……!?
そこにあるのは、かつてのエルフの仲間同士の馴れ合いではなく、それぞれ違う境地を切り拓いた表現者としての主義のぶつかり合いがあるだけだった。
「いいでしょう! エルフ盗賊団はとっくの昔に解散しました! もはやアナタは頭目でも何でもなく造形美を競い合うライバル同士! その挑戦受けて立ちます!」
「ふッ、挑戦者がどっちかな? 言っておくが私の焼いた皿は魔都で七万枚売れているということを知っておけ? お前の彫像は何千売れたんだって? なあ?」
「一つの単価が段違いでしょうがああああ!!」
対決ムードが盛り上がる。
まさか雪を通じてここまで熱い戦いが勃発してしまうとは!?
「ちょっと待った!」
そこへさらなる乱入が!?
鼻息荒く参戦の意思を表しているのは……オークたち!?
「エルフたちだけで盛り上がってもらっては困りますな!」
「そもそもオークボ城は我々オーク発祥のイベント! だからこそ仕様が変わってもトップを張るのは我々オークでなくては格好がつかぬ!」
「雪で作るのがルールならば、作ってみせようではありませんか雪の城を!」
元々建築マニアであったオークたちの、やる気が充分に満ち溢れていた。
雪でお城建てるのとかウチのオークたちなら普通にやりそうだな。
立派なのを作りそう。
他にも乗り気な人たちは多数いて、卒業を決めた農場留学生も……。
「そう言うことならオレらもやってみる? 卒業記念にパッと派手なヤツ作るか!」
「春になったら解けてなくなるけどね」
のようなことを言っていたし。
またエルロンマエルガ以外のエルフ職人らも……。
「私たちは雪よりも氷で何か作ってみたいなあ。氷の透明感はガラスに通じるし……」
とコメントするのはガラス細工班のポーエルだった。
皆もやる気になったことだし、今年の風雲オークボ城は雪まつり仕様で急遽変更で上手くいきそうだな。
そうして俺たちが話し合っている横で、もうジュニアが子どもながらの没入ぶりで雪像づくりに熱中して、千手観音像を雪で千体作り上げていた。
三十三間堂かな?






