660 真・魔女への挑戦
「パッファ姐さんとランプアイ様あああッ!?」
「まさか、お二人まで戦うというんですかああああッ!?」
『凍寒の魔女』パッファ。
『獄炎の魔女』ランプアイ。
かつて農場に住み込んでいた魔女二人が、母親になって帰ってまいりました!
何のために?
後輩をシバき上げに!
「どうするんですかあああッ!? さすがに現役魔女が三人も揃ったら勝ち目ないですよおおおおッ!?」
「四人がかりでなんとか一人と刺し違えられると思ったのに! ……はッ!?」
その瞬間、四人娘側のディスカスが思い出したようにハッとして……。
いきなり周囲に魔法薬を振り撒いた。
飛沫となって散る有色の液体。
いきなりなんだと思ったら次の瞬間、バキリと氷の砕けるような音が高く響いた。
「ククク……、やるようになったじゃねえか……!」
それを見届けて不敵な笑みを漏らすのは魔女側のパッファ。
何が起こっているかいちいち説明しながら進んでほしい。
「パッファ姐さんならやると思っていましたよ。まだ開始の合図もしてないうちからの先制攻撃。こっちに見えないように霧状の氷結魔法薬を散布して、周囲を極低温化。相手が凍えて身動きとれなくなってるところを一掃する」
「お前は、それに気づいて自分の魔法薬で中和したってわけだ。……覚えてるかい? これ、お前らと初めて会った時に使った戦法だぜ?」
パッファが楽しげに、そしてどこか優しげに笑う。
「あんときゃ、お前ら気づきもせずにまんまとアタイの術にハマって、何もできずに蹴散らされてたよな。今はちゃんと気づいて、適切な対応をとって、まだアタイらの前に立っている。成長を確認させられて嬉しいぜ」
「さすがにこれくらいクリアしないとまったく成長してないってことですから。ここで学んだ意味がなくなっちゃいますよ」
「たしかにな、もちろんこれから本格的に成長を見せてくれるんだろ? アタイがお前に教えたことはもっとたくさんあったはずだよな?」
パッファからの挑発とも激励ともつかない言葉に、ディスカスたちの表情が引き締まる。
「皆! 覚悟を決めよう!」
仲間たちを叱咤する。
「たしかに今の私たちじゃ姐さんたちにはまだまだ勝てない。それでも相手は三人、こっちは四人! 数の有利はまだ残ってる! 一人が一人と相打ちになっていけば最後にこっちが一人残って勝ちになる計算だ!」
だからなんで彼女らの覚悟はそんなに悲壮なの?
「姐さんたちに指導してもらった恩返しを今こそする時だ! ここで不甲斐ない結果に終わったら、姐さんたちの行為に泥を塗ることになる! あの人たちの教えが無駄でなかったと示すためにも精一杯抵抗するんだ!」
「うおおおおおッ!!」
「やったらあああああッ!!」
燃え上がる少女人魚たち。
対する先輩魔女たちも嬉しげに笑って……。
「あの稚魚どもが根性見せるようになったもんだぜ。人を育てるってこういう感覚だったんだな。アタイをしごいてくれたゾス・サイラの気持ちが今ならわかる気がしてきた……!」
「アンタら師弟何やかんや言って似てるもんね。アタシが主催したイベントなのにいつの間にかメイン張ってるし」
「今では彼女も人魚王妃なので譲ってあげてくださいプラティ様。あの子たちの忠誠心は人魚国に捧げられるべきなのですよ」
と姦しく話していた。
しかしいつまでも雑談では埒が明かないので……。
「うおりゃあああああッ!! 玉砕じゃあああああッ!!」
「当たって砕け散って野となれ山となれええええッ!!」
突撃していく人魚少女たち。
今こそ彼女らの成長を示す戦いが始まった。
* * *
「はあ、やっぱそちらも夜泣きは大変なんですねえ」
「大変と聞いていましたがここまでとは……、しかし聖者殿は二人目ともなってどっしりとしておりますな。羨ましいことです」
「アロワナ王は公務に忙殺されていながら王妃と共に直に子育てし、本当に偉大なお方です。その姿がこれからの人魚国の模範となていくでしょう!」
俺がアロワナさんやヘンドラーくぅんとパパトークに興じている横で、魔女たちの闘争は凄惨を極めていた。
魔法薬による炎熱、氷雪、雷電が飛び交って、地獄のごとき様相を呈している。
真の地獄はこないだ見たばっかだけど。
それを観戦するのは俺たちばかりではなく……。
時折関係者が見物にやってきたりもしていた。
「ほーほーほー、やってますねえ」
たとえば我が農場住みの『疫病の魔女』ガラ・ルファとかが。
「キミは戦闘参加しなくていいの? キミだってあの子らそれなりに指導してきたんだし……?」
みずからの手で成長をたしかめようとは思わんのかね?
「私は戦闘専門外ですので。あの三人ほど荒事ですべてを解決しようなんて気持ちはありませんよ」
「そうすか……!?」
「あの子たちの成長ぶりは日々の作業で実感してますしね。あとは時折思い出したような狂気コールさえやめてくれたら……!?」
ホロリと涙するガラ・ルファだった。
その他にも、ディスカスらと同様農場で学んでいる少女人魚も、この一戦が気になると見えて観戦している。
「アイツら凄い……!? ボロボロになりながらもプラティ様たちに食い下がってる……!?」
「悔しいけど認めるしかないわ……! 実力も気力も、魔女たちに何とか対抗できるのはあの子たちしかいない……!」
「私だったら一回撃ち合っただけで心が折れてるわ……!」
名門校に通っているぐらいだからそれなりにプライドはあるんだろうけれど、それでも自身の足りない能力、他者の築き上げた実績は認めないといけない。
見せつけられた現実に立ち向かっていこうと彼女らはこれからも歩みを止めないのだろう。
それからもう一回エンゼル。
「おっしゃああ! 皆でお姉ちゃんを集中攻撃よ! 目を狙え! 目をぉおおおおおッッ!!」
最初からずっといて応援に熱を上げているのだった。
「……キミは悔しさとかないの? 同時期に学び始めた子らが認められようっていうのにキミだけエントリーもできなかったんだよ?」
「何言ってるのアタシは人魚国の王族よ?」
アホを見るかのような目でエンゼルは言った。
「王族は、才能のある子を見出して正しく使うことが務めなのよ。アタシ自信が無能でもあの子らが頑張ってアタシのこと守ってくれたらいいじゃない」
「そ、そっすか……!?」
俺は思った。
プラティが曹操タイプだとしたら、エンゼルは劉備タイプなんだろうな、と……!
* * *
そして、三時間にもわたる激闘の末に……。
「ま、負けたぁ~!?」
四人娘の中で最後まで立っていたディスカスも撃破され、その瞬間現役魔女チームの勝利が決まった。
プラティ、パッファ、ランプアイは全員余裕で立っている。
人魚界最凶最悪と呼ばれた六魔女の面目躍如であった。
「いやー、でもしかし、こんなに長く戦わされるとは思ってなかった。最近は王妃様業で運動不足にもなってるからなー」
「わたくしたちの側で一番最初に脱落するのはアナタだと思っていましたが、よく最後まで耐え抜きましたね。褒めてあげますよ」
「んだと家臣?」
「心得違いなく、わたくしは家臣の愛妻ですので」
と軽口飛ばし合えるほどの元気も残っている。
ディスカスたちも成長して強くなったが、それでもまだまだ先達を越えるには及ばなかったということか。
「まっ、当然の結果よ。アタシたちが本気出しゃー。アンタらごとき小娘と百回戦ったって百回勝つわね」
プラティが代表して総評を述べるが、思ったより長い時間戦わされてお疲れのようだった。
「ノリトたちが乳離れしてからやるべきだったかしらね、この子らがここまで長く粘るもんだから焦ったわ」
「たしかに、一日十回はおっぱい欲しがるもんなアイツら」
「私もそろそろ娘におっぱいを与える時間だったので、早く切り上げようと焼夷魔法薬を使ってしまいました」
同じく新米ママのパッファやランプアイも同意した。
「でも、このアタシたち相手にここまで粘って根性を見せたのは称賛に値するわ! アナタたちに魔女を名乗ることを認めましょう!!」
「「「「ええッ!?」」」」
唐突なる合格宣言に、地べたに転がっていた人魚少女たちが次々起き上がる。
「なんでッ!? いいんですか私たち負けたのに!?」
「勝てば合格なんて一言も言ってないでしょ。私たちが見たところ、有象無象の魔法薬使いを蹴散らせる実力はたしかに持ってるんじゃない? だったらギリ認めて上げようじゃないの!」
彼女らが魔女を名乗ることを!?
「「「「やったああああああッッ!!」」」」
喜びの歓声を上げる少女人魚たち。
彼女らはもう人魚に憧れるミーハー女子ではなく、彼女自身が人魚なのだ。
「私からの祝福として、私が考え出した魔女の称号を贈りましょう! 前々から言い渡しておいたヤツだけど改めて……ディスカス!」
「はい!」
「アナタは今日から正式に『冷蔵の魔女』を名乗るといいわ!」
「はい! ありがとうございます!」
その魔女名、前にも聞いたような……!?
「ベールテールは『火加減の魔女』!」
「はい!」
「ヘッケリィは『熟成の魔女』!」
「嬉しいです!」
「そしてバトラクスは『整頓の魔女』を名乗りなさい!」
「それが私の魔女名……!」
……あの。
なんでそんな生活感あふれる魔女名に?
中二病過ぎるのもなんだけど、せめてもっと強そうなネーミングとかになりませんか?
「この子たちにはこれからもっと農場の運営をやりくりしてほしいのよ! それをまかなう意味でもいいネーミングじゃない!」
立派な魔女になった彼女らを逃がすつもりはプラティには毛頭ないようだった。
しかし何にしろ魔女昇格おめでとう!
ディスカス! ベールテール! ヘッケリィ! バトラクス!






