657 試験完了
俺です。
卒業試験も佳境に入ってまいりました!
ヘラクレス十二の難行をトレース(?)した。疑似英雄行も、残る試練はあと二つ。
第十一の試練、本物のヘラクレスが黄金の林檎を求めてラドンという竜を倒したという。
それに倣ってアヌビス神が呼んだ邪竜アポピスと激戦を繰り広げた生徒たちだった。
さらに最後の十二番目の試練、ヘラクレスがハデス神の冥界に赴いて地獄の番犬ケルベロスを連れ帰ったというエピソードを再現するため、閻魔様が用意したのは八大地獄の最下層……無間地獄に住むという猛犬だった。
全身が銅製で、剣のような歯と鉄の棘のような舌を持ち、全身から炎を噴き上げる犬だった。
こんなに都合よく変わりが見つかるなんて、地獄には犬がよく住んでいるものらしい。
とにかく激戦の末に勝利し、最後の難関も潜り抜けて生徒は無事皆、全試練を乗り越えてピラミッドの攻略に成功した!
* * *
「皆よくやった! よく頑張った!」
ゴール地点……ピラミッド最深部に辿りついた農場留学生たちを俺は出迎えた。
万感の思いだ。
彼ら生徒がどれだけの困難を乗り越えてここまで来たかは、スクリーン越しにつぶさに見てきたから俺も感情移入して、感動が巻き起こっている!
二十四時間マラソンしてきたランナーのゴールに立ち会うような気持ち!
よくやった!
感動した!
『ワシも嬉しいぞ。皆よくぞここまで辿りついた』
試験の主催者として、ノーライフキングの先生も言う。
『皆、誰一人欠けることなく来てくれると信じていた。そして、信頼は見事現実に結び付いた。卒業試験は無事、全員合格じゃ』
「でも先生……」
反論するかのように発せられた声は、このゴール地点に辿りついたばかりの生徒の一人だった。
心なしか声に力がなかった。
「本当にオレたちが合格でいいんでしょうか? オレは自分の力で、この厳しい試験を突破できたとはとても思えません……!」
「十二の試練を守っていた別世界の神や神獣……いずれも一対一でやりあえば絶対勝てない相手ばかりでした」
「勝てたのは皆で一斉に立ち向かったからです」
納得できないものを胸に抱えるのは一人だけではなかったか、ポツポツと声が増えていく。
「しかも正面きって戦ったのはリテセウスばかりで、オレたちが役に立ったとは思えません……! 周囲でウロチョロしていたぐらいしか……!」
「戦ってくれた神とかも、明らかに手を抜いていましたし……!」
「こんなオレたちが、本当に合格でいいんでしょうか? これまで学んできたことをちゃんと身につけられているのでしょうか!?」
彼らは、自分自身を認められないのだ。
何の役にも立てなかった、その気持ちが蟠り、到底『合格した』という結果を受け入れられない。
それに対して先生は……。
『これでいいのだ……』
優しく言った。
『キミらは既に充分に強い。この世界の一般的な水準から言えば、充分精鋭の部類に入れていいだけの実力を備えている。皆例外なく、な……』
それは信じがたい言葉であろう当人たちにとっては。
たった今神獣や神、そして神を越えた存在と戦わされ、木っ端のごとく翻弄されたのだから。
『ワシが何より恐れるのは、強さをもって万能となったキミらが道を見失うことだ。力によってすべてを思うがままにし、それが当たり前だと思うようになった時、人は始めから持っていた得難いものを失う』
思いやり、自制心、未知への恐怖、他様々……。
『そうなった時こそ、ここでキミたちが学んだ事実が無意味と化す時だ。むしろ有害と化す。そのようなことがないように最後の試験で、キミたちにもっとも大事なものを獲得してほしいと思ったのだ』
この世界には、たとえ最強となってもそれ以上の最強がいる。
それを知ることで彼らは慢心に囚われることがないだろう。
また一人ではどうにもならない時、他者と協力して立ち向かうことも覚えた。
『今日の困難を、どうかいつまでも忘れないでいてくれ。どれだけ強くなろうとさらに上がいることを知れば、心から謙虚が失われることがない。仲間と力を合わせて立ち向かうことを知っていれば、どんな絶望にも屈さずにいられる』
先生が卒業試験で伝えたかったことは、そういうことだった。
『キミらにそれらの教訓が宿ったことを見届けて、卒業試験を無事終了とする! よくぞここまで頑張った。皆はワシの誇りだ!』
「「「「「先生ぇーーーーーッッ!!」」」」」
生徒たち全員が先生へ向けて集まり、縋りついて泣いた。
感動的な光景であった。
これから彼ら生徒が農場を巣立って世界各地に散っていっても、今日得た教訓を忘れず慢心せず、正しい心を失わずに進んでいってくれるに違いない。
先生が手間暇かけて行った教育は、ここに完成を迎えたのであった。
そんな彼らを見詰めて感動のお裾分けを貰ってる俺。
そんな俺のさらに後方では、フェンリルとミドガルズオルムがじゃれ合って遊び、ホルス神とセト神が宿敵同士の対決をなおも推し進め、閻魔様が大威徳明王から全力で逃げ回っていた。
大神オーディンはポチたちをモフるのに飽きたら今度は博士(猫)を追いかけ、サカモト(馬)を見つけたらサカモトに駆け寄り、ヨッシャモ(鶏)を見かけたらそのあとを追うと、モフモフ欲に忠実に従うのみだった。
ヴァルハラから来た料理人アンドフリームニルさんは、同行してたイノシシを調理したあとウチの農場の食材に興味が出始めて許可を得て調理実験中。
料理されたイノシシは蘇生中。
冥界の女王ヘルは試練のためとはいえ強制的にパンツを脱がされて、その恥ずかしさに立ち直れず、いまだに泣き崩れていた。
そんなヘルに、異界の愛と美の女神ハトホルが近づき、ノーパンがいかに男を興奮させるかを説いて、純真な乙女を悪の道に引きずり込まんとしていた。
さらにその隣で馬頭観音と邪竜アポピスが『オレたちあんまり活躍できなかったな……』と反省会の空気を伴っていた。
「このヒトたち早く帰ってくんないかな……?」
用事も終わったんなら。
しかし折角ウチの可愛い生徒たちのために集まってくれたのに、何のお礼もなく『帰れ』と言うのは不義理なので結局、卒業試験全員合格のお祝いを兼ねた晩餐会を開いて、ご尽力くださった神仏魔獣の皆様にご馳走を振舞うことになった。
皆さん満足して帰られたが、ちょうど宴が終わった頃に不死身のイノシシ・ゼーリムニルが復活していた。
間が悪い。
* * *
さて。
こうして成功裏のうちに終わった農場留学生卒業試験。
とはいえ今すぐ卒業というわけではなく、そのために色々準備もあるし、やっぱり卒業式といえば春の風物詩だからまだ時期尚早。
生徒たちは少なくとも冬の間は農場にいて、それぞれ思い思いの勉学に励んだり、農場の仕事を手伝って恩返しなどしてくれるようだった。
その一方で、俺には大層気になっていることが一つある。
「取り壊さないの、これ?」
卒業試験の会場として使ったピラミッド。
本来の目的を果たしたんなら、もう壊して更地に戻した方がいいと思うんだけど?
こんな人類の誇るべき宝のようなものがいつまでも我が家の敷地にあるのは息詰まるんだが。
「それを取り壊すなんてとんでもない!」
「頑張って建てたんです! いろんなお客が来て披露するまでせめてこのままで!」
建築に直接その手を煩わせたオークなどがこぞって保存を訴えるのだった。
「……うーん、しかしなあ」
用途のない建物をいつまでも建てっぱなしにしておくのは差し障りが……!
これだけ巨大な建築物だと維持も大変そうだし……!?
『心配ご無用』
と俺に話しかけてくるのは犬頭のアヌビス神ではないか!?
どうしてここに!? 他の異界の神々同様、自分の世界に帰ったのでは?
『ピラミッドは残しておいてもいいではないか。何しろこれにはまだまだ立派な使い道があるのだから』
「使い道~?」
『よく思い出してみたまえ。このピラミッドが本来建てられるべき目的を』
いや、俺は行ったこともないアナタの世界の作法なんてわかりませんが。
ただ俺が元いた世界の知識と照らし合わせれば、ピラミッドの本来の意味は……、王様などが葬られるお墓だったはずだ。
……でも、それが何か?
『…………』
「お前まさか!? 俺が死んだらこのピラミッドの中に埋葬されろとでも言うつもりか!?」
農場主、俺。
今回の卒業試験で個人的に得たもの。
生前だというのお墓をゲットしました。






