655 生徒たちの目線:リテセウス編
リテセウスです。
農場で学ぶリテセウスです。
しかしそれも大詰めとなって僕たちは今日、最後の試練に挑んでいるところです。
文字通りの最終試験に。
しかしさすがはノーライフキングの先生が用意した試験。
全部で十二あるという試練のどれ一つをとっても恐ろしい難易度だった。
今のところ何とか一人の脱落者もなく(凄え!)進めているけれど、一つの間違いで即全滅ということが今にも起こりそうで怖い。
しかし怖気づいて立ち止まる者は一人もいなかった。
たしかに農場の生活は楽しい。
ごはんも美味しいし、楽しいイベントは毎日のようにある。
それでも僕たちはいつかここを巣立っていかなければいけないのは知っている。
僕たちにはそれぞれの故郷へ帰ってやらなければいけないことが待っているし、そのために先生や様々な人たちが僕らを鍛え上げ、様々なことを教えてくれた。
いつまでも農場にくっつき続けて、お世話になった人たちの期待を裏切ってはいけない。
だから、この試験を必ず合格して、一人前になって農場から旅立つんだ!
学びの仲間たちも同じように決意しているに違いない。
だからこの厳しい最終試験にも食いしばって進める。
皆で合格するんだ!
幸いにもさっきホルス神に打ち勝って第六試練を突破した。
それは十二試練の半ばを過ぎたということ。
折り返しで残り半分を一気に突破するんだ!
イケイケゴーゴー!
……と思っていた僕らはやっぱり調子に乗っていたのかもしれない。
オリジナルであるヘラクレスの難行は、ヒュドラ退治辺りがやっぱり最難関だったのかもしれないが、それを模した今日の試験は呼ばれた代役のグレードで難易度が上下する。
だから本説ではなんでもなかった、その他大勢試練が、唐突に最強最悪の壁になったりすることもある。
この第七試練がそうだった。
本伝ヘラクレス十二行においては、牛を捕まえるという何でもない課題。
ここでも、そうしたオリジナルに倣って牛が僕たちを待ち受けていた。
牛はいた。
……でも問題は牛そのものではなかった。
その牛の上に乗ってるヤツだった。
何か乗ってるんですよ牛に!
まるで騎馬のごとくに!
その騎牛してるのが明らかにどう見てもとんでもない凄いので、一見して言うと逞しい男。
だけどバケモノであるのは疑いない。
だってただの男じゃなくて、顔が六つ、腕が六本、さらに足まで六本ある!
多数の手一つ一つに恐ろしい武器を持ち、六つの顔は一つの例外なく魔神のように凶悪な憤怒の表情。
背中には荒れ狂う業火を背負っていて、思わず『熱くないんですか!?』と聞きたくなる。
今まで立ち向かってきた試練の代役たちも充分すぎるほに究極難関だった。
しかし目の前にいるアイツは、さらに絶対越えられない絶望だというのが見ただけでわかる。
向かい合っただけで魂から震える。
「……あの……!?」
それでも勇気を振り絞って呼びかける。
「アナタは、一体どちら様でしょう?」
『我は教令身、阿弥陀仏の権現にして憤怒の相を持ち、仏敵蹴散らし暗愚を導きしもの……』
なるほどわからん。
言ってることがわからないぐらい存在の大きさに差があるってことか!?
『号は大威徳明王。あらゆる罪と蒙昧を焼き尽くす明王が一尊なり』
「あ、アナタも神様なんですか?」
『否』
大威徳明王は答えた。
『神以上だ』
なんか無茶ぶり来たあああああッ!?
でもなんか説得力ある!?
大威徳明王の放つ威圧感は、これまで農場にやってきたどの神様をも圧倒しているかもしれない!?
『こたびは我がヴァーハナたる水牛を貸し出せなどという閻魔天よりの要請。しかし我ら一体にして離れることなどなきゆえに我もまた、この異界へと渡りしものなり』
「アナタが牛の付属物だった!?」
『我またの名を「降閻魔尊」とも呼ばれり』
「そ、その意味は?」
『閻魔を一方的にボコボコにするヤツ』
そんな人……人? ……に頼み込みに行ったの!?
閻魔様クソ度胸すぎる!
『閻魔天の振舞いは不遜にせよ、いつの世も蒙昧たるものを導くは教令身の役目。異界においてもやることは同じ。この大威徳尊の教化に触れ、無明より放たれるがよい。……そして閻魔天にはあとで溶かした鉛飲ませる』
閻魔様!
アナタが悪いんですからね!
頼んでもないのにこんな超ド級な存在を呼んで来るから!!
というか閻魔様の用意する試練て想像をぶっちぎるほどにエグイのばっかりなんですけど生々しく。
これじゃ閻魔様の元いる世界ってどんなにヤバい場所なのか怖くなりますよ。
地獄か!?
『それでは汝らに問う。汝らは何ゆえ力を求める』
「ぐわあああああああッ!?」
大威徳明王が攻撃を仕掛けてくる……。
……わけでもなく、たった一歩、明王の乗る水牛が一歩こちらへ踏み出ただけで凄まじい衝撃が起こり、僕たちまとめて吹き飛ばされそうになった。
そして相手が一歩こっちへ近寄っただけで、温度が一気に上がった。
あぶり焼きにされるようなジリジリとした熱気だ!?
たしかにあの明王様、背中に炎があって燃え盛っているけれども。
それにしたって尋常な熱さじゃない。物理的な炎ではなく、あらゆる貪欲・怨憎・暗愚を焼き尽くす法の炎!?
『答えよ、何ゆえ力を求める』
「それは……、大切なものを守るため、役目を果たすため」
ここに来た生徒たちはそれぞれの理由で学び強くなろうとした。
人間国に残してきた人々を守り、より豊かな生活を送ってもらえるように。
魔王軍で出世し、より大きな仕事を任せてもらえるように。
ここまで指導してくれた先生の期待に応えるため。
色々ある。
『守るべきものは誰にもある。自分の得難きものを守る戦いは、他者の得難きものを壊すためのものでもある。いずれにしても罪ある行為』
「それは……!?」
『そして、その手を血で汚してまで守り抜いたものも、いずれは時の流れと共に風化し、朽ちる。長き時の流れの中変わらぬものなど一つもない。諸行無常。形あるものに囚われ、魂を現世に縛られることこそ罪深き。三悪道への入り口なり』
「僕たちの戦う理由が……間違っていると……!?」
『それを決めるのはお前たちだ』
いかにも悟った風の正論だが、正論だけに反論が容易に浮かばない。
大威徳明王の威圧感も相まって、今にも押し潰されそうだ。
『そして名に囚われることも愚昧なり。人はお前を何と呼ぶ。お前はお前自身を何と呼ぶ。いずれにしても名を得るということは名に囚われるということでもある。その名で呼ばれたからには、お前は他の何者にもなれぬのだ』
そうかもしれない。
かつて人間国で勇者と呼ばれた人たちは、勇者の使命として魔王軍と戦い、たくさんの敵を殺して、そして自分も死んでいった。
それは彼らが勇者と呼ばれたがために、やらねばならなかったこと。
名に縛られ、名に操られて駆け巡った挙句に死んでいった。
それは満足する死だったのか?
僕もまた勇者であるらしい。遠いご先祖様の血が僕の中でたまたま開花して、非凡な力を得た。
それは勇者の力と呼ばれるものだ。
それを振るって、僕はこれまで圧倒的な強さで勝ち抜いて得意満面になることもあった。
でもそれが正しいことなのか。
勇者の力に目覚め、勇者を名乗って、勇者の名に縛られているのではないか。
『誰もが名に縛られる。この四苦八苦満ち渡る娑婆に生きればなおさらのこと。そのような意味なき虚構の世界に生き、汝は何を誇り、何を喜ぶ』
「縛られることを」
僕は答える。
「縛られることでしか生きられない世界なら、僕はせめて何に縛られるかを選べる自由を尊ぶ。僕を勇者と呼んでくれる人がいる。僕を信頼してくれる人のために戦うのなら望むところだ。自由に生きることなんてできないこの世界なら、不自由を楽しんで生きるしかないじゃないか!」
『色即是空、空即是色。この現世を色に満ちたることを知り、色に囚ることをもって空となすか』
……お?
大威徳明王の威圧感が消えていく。
『それをもって悟達のはしりとみなそう。よりよく己を見詰め、自分が何者であるかを見定めるがいい。さすればいずれなりこともできる』
「何に?」
真の勇者とかに?
『あらゆるすべてのものになり、同時に何者でもないものへ。いずれ汝の下へ再び現れる時が来るだろう。楽しみにしておる。あと閻魔天には煮えたぎった鉛を飲ませる』
そうして大威徳明王は霞のように消え去った。
何だったんだ?
よくわからない感じで第七試練をクリアすることができた。






