653 困難に扮するモノ
農場留学生、卒業試験。
進行中。
最初の試練がもうラストバトルの様相を呈しているんだけども。
神をも殺す魔狼フェンリルとの対決。
山一つほどとも思える巨狼との戦いは、かつて英雄ヘラクレスが魔の谷に住まう怪物ライオンと戦ったのをモティーフにしているらしい。
…………。
完全に本家越えしとるがな。
迫力が!
別世界とはいえ主神ともやりあえる怪物の中の怪物、それに我が生徒たちはよく立ち向かっている。
魔法を撃ったり、槍を投げつけたり。
できる生徒は大剣担いで駆け回り、相手の攻撃モーションを見極めながら、その隙を探り出して絶好のチャンスに抜き打ちで斬りつけて、そして回避行動ゴロンとしてから、また大剣担ぎ直してダッシュしたりしていた。
しかしやっぱり先生の言う通り、フェンリルさんは手加減してくれたのだろう。
なんやかんやで生徒たちは勝利するのだが、その際フェンリルさんの倒れ様が『やーらーれーたー』と言わんばかりだった。
ミッションクリア。
第一の試練を乗り越えた生徒たちが喜びに沸き返っていた。
『おつかれー』
『ありがとうございましたぞー』
そして第一の障害役を終えてフェンリルさんが、俺たちのいる見守りエリアへと移ってきた。
『本日はご足労いただきましてかたじけありませんぞ。おかげさまでよい試験の滑り出しとなりました』
『いやいや、オレもいつもはラグナロクの日が来るまで縛り付けられっぱなしなので、退屈なんすわ。久々に人と触れ合えて、いい気分転換となりましたわ』
快活に答えるフェンリルさん!?
『いやぁ、最初にオーディン野郎に呼ばれた時は何事かと思いましたがね。「えッ? もうラグナロク?」「リマインダー鳴ってないけど?」ってなりましたわ』
『いやいやそんな大袈裟な……!?』
『何しろオレだけじゃなくて、オレの兄弟全員呼んでますからねー。さすがにそこまで大事にするならラグナロクかもって思いますわ』
……。
今、不穏なことを仰られなかった?
『お、ちょうど生徒たちが第二の試練に突入するようですぞ?』
『となるとアイツの出番ですわ』
バカでっかい犬フェンリルさんと並んでスクリーンを見上げる先生。
そこに映っているのは『第二の間』と掲げられた入り口に殺到する生徒たちの姿であった。
ヘラクレス十二の試練を模したというこの最終試験。
それを構成する十二個の試練は、それこそかつてヘラクレスさんを英雄へと押し上げた全十二の偉業をそのまま再現したもいのだという。
ただし、それぞれの試練の主役となる敵の怪物。
それをそのまま連れてくるわけにもいかないので代役を立てている、とのことだったが……!?
『第二の試練の内容は、ヒュドラ退治ですのう』
先生が言った。
『ヒュドラは、毒の沼地に住む多頭の大蛇。頭を斬り落とせばその傷口から新しい首が二つに分かれて伸び、斬れば斬るほど頭の数が増えるという異様の不死性を持つバケモノです』
『こえぇ~! ヒュドラこえぇ~!?』
フェンリルさんは心底恐ろしそうに言った。
『この世界でも同名のモンスターが徘徊していて、冒険者や兵士に大層恐れられているわよ』
テミスさんが補足説明してくれた。
『十二の難行に置いてももっとも有名でもっとも困難。ヘラクレスもヒュドラを倒すのには相当難儀したと伝わっています。そんなヒュドラ役を務めるゲストも、相当な方をお呼びしましたぞ!』
やっぱり代役なんだ。
ヘラクレスの偉業でももっとも困難かつ有名な、代表的怪物の代わりを務めるのは?
『世界蛇ミドガルズオルムですな』
「でっけぇ~……?」
生徒たちを見守るスクリーンに映ったのは、そこに一部しか映し出せないほど大蛇。
もう大蛇の呼称では足りないくらいの大々々蛇。
スクリーンに常に一部しか映らねえ……!?
そこから推測するに、本物のヒュドラほどに異形はしてなくただただ大きいだけのようだが……。
その大きさこそが身震いするほどの異形だった。
『ミドガルズオルムは、オレの兄弟なんだよ』
「やっぱり!」
道理でラスボス感に溢れていると思った。
『生まれた時は小ちゃな蛇だったんだけど、すくすく育って今じゃ世界を下から支えるぐらいのデカさになっちゃってさあ。ラグナロクでは主神に並び立つほどの力を持った軍神を相打ちに持ち込むんだよねえ』
フェンリルさんが親切に説明してくれるけど、その説明がいちいち恐ろしい。
『でもああ見えて意外に気の小さいヤツなんだよ。このイベントが始まる前もただひたすら不安そうだったし』
――『ボクにヒュドラさんの代役なんて務まるでしょうか?』
『……って』
「充分務まると思うけどな!」
『ヒュドラに比べて頭が一つしかないのが不安らしい』
「それを補って余りあるものがあるかと!?」
そもそもあんなデカい蛇が、どうやってピラミッド内に収まっているの!?
『ピラミッドは異界からのマナを流し込まれてダンジョン化しています故な。空間も歪んで多少の巨体でも収まりますわい』
先生、解説ありがとうございます!
とにかく第二試練、ヒュドラに扮した世界蛇ミドガルズオルムさんとの戦いは、ここでも生徒たちが恐れず奮戦して何とか勝利。
また『やーらーれーたー』って感じの倒され方だったけれど。
でも世界級の巨大さを前にしたら普通戦うまでもなく心が折れてゲームオーバーになりそうなんだけど、それでも臆さず立ち向かっていくだけでもウチの生徒たち凄いわ。
『いやー凄い凄い、このボクを相手に少しも怯むこともなく立ち向かってくるだけでもキミらは勇者です。立派なヴァイキングになれることでしょう』
倒されたミドガルズオルムさんがすぐに起き上がって総評を語りだした。
やっぱり少しもダメージ負ってる様子がない。
『どうだった? ボク、ヒュドラさんの代わりちゃんとやれた?』
『大丈夫でーす!』『むしろ本物以上でーす!』という返事が生徒たちの集団から。
『えっとね、でもボク最後までヒュドラさんの代わりを果たそうと思います! ヒュドラさんは倒されたあとに毒液を抜かれて、それがかなり終盤まで英雄のリーサルウェポンになったと聞きました!』
よく調べてるな世界蛇。
真面目か?
『都合がいいことにボクも毒持ってるから、今から搾り出してあげるね! 剣でも矢じりでも好きなところに塗って役立ててください!』
その様子をスクリーン越しに見てフェンリルさんがコメント。
『アイツの毒って最後に軍神と相打ちに持ち込むための最終兵器……!?』
『神殺しの毒ねー』
おおおおおおおおッッ!?
そんな究極物騒なものを生徒たちに与えるな!?
寸前のところで俺が緊急ストップをかけて、ミドガルズオルムさんの毒は生徒たちの……いや、この世界の人類の手には渡らなかった。
危機一髪。
生徒たちからはブーブー言われたが、文句垂れるな。
こんなものがこの世界に持ち込まれて、滅亡の一因になったらどうする!?
『ごめんねー、考えが足りなかったねー?』
「いえ、アナタは頑張ってくれただけですので……!」
別世界までご足労いただき、本当に申し訳ない。
* * *
「先生! これ大丈夫なんですか!?」
第二の試練まで終わって俺、さすがに抑え込めず先生に訴えた。
生徒たちの成長を試すための試験はいい。試験内容を、かつての英雄の事績になぞらえることも……まあ、よしとしよう。
でもそのために揃えた人材がぶっ飛びすぎてはしませんか!?
世界最終戦争を引き起こしそうな面子ですよ!? 最初の二人から!?
『オレら実際ラグナロクの最高戦力だし』
『ねー?』
そんな仲よしっぽく言われても。
『ヘラクレス十二の難行の再現役は、各異界の神にお願いしました。大神オーディン、アヌビス神、閻魔様ですな』
三人で十二なので一人四つがノルマなんだとか?
「テミスさんは参加しなかったんですか?」
『私はホラ、地元神だから。私が動いたらモノホン連れてきちゃうことになるわよ?』
いっそその方がよいかと。
この前半のオーバーランぶりを見せられれば。
『こういう言い方は何だけど、他の神が担当するセクションは安全なんじゃないの? ウチのと比べたら?』
『そうだねー、何やかんや言ってウチの世界ってやることいちいち大仰だからねえ』
フェンリルさんとミドガルズオルムさんが揃って言うのだった。
試練を終えた代役さんたちは、皆こっちに来てコメントテーターになるシステムなの。
……ちなみに第三の試練は何故か後回しになり、第四試練である『人食いイノシシ退治』で呼び出された代役は、やはり大神オーディンさんが連れてきた不死のイノシシ、ゼーリムニルであった。
朝に殺しても夕方には生き返るというイノシシは、オーディンの世界における戦士天国ヴァルハラでご馳走を提供する役割であり、要するに『ボクの肉をお食べ』ということだった。
そんなイノシシが担当する試練の場は、ゼーリムニルに同行してきた専属コック・アンドフリームニルさんが腕を振るって、既にご馳走が並び、いい匂いが充満していた。
「ブタ汁ブタ汁ブタ汁ブタ汁ッ!」
「ブタテキブタテキブタテキッ!」
「ブタ足ブタ足ブタ足ブタ足ゥウウウウッッ!」
なんか微妙に間違っている気がしないでもない。
何故か大食い会場になってしまった第四試練でたらふく食った生徒たち。第一第二試練で消費した体力を回復し、全快していた。
補給ポイントがある試練だったのか。
「なんだか前半にオーディンの担当が集中してるわね」
テミスさんの言われる通り。
このままではオーディン勢の独壇場となってしまいそうな流れであるが。
『心配無用、ここからは我らの手並みを見ていただくこととなろう!』
『オーディン殿ばかりにいい気分はさせませぬぞ! 我らの世界にも選りすぐりの手錬がいることを披露いたそう!』
と言うのは……!?






