651 卒業試験、開始
蜜蝋の使い方について様々研究を進めていきたいところであったが、その前にすべきことがあった。
冬になったらやると約束していたアレだ。
農場留学生、卒業試験。
もうけっこう前に農場にやってきた生徒たち。いくつもの季節を重ねて学んできた彼らだが、そろそろ充分に学んで世に巣立とうというタイミングだ。
その成長をたしかめるため、最後の試練として用意された卒業試験。
やると決めてから準備に数ヶ月を要した大作であった。
『時は来ましたぞ!!』
その主催はノーライフキングの先生。
今年は卒業試験の準備に全力を費やしていた御様子。みずから手塩にかけて育ててきた生徒たちの集大成に全身全霊を懸けていた。
『冬になったら卒業試験やるよ』と予告して、冬になったら即開催するあたりに気合の入りようが窺える。
『ワシが育てた生徒全員が無事卒業できるよう。彼らの全力をぶつけるに値する名試験を作り上げましたぞ! 入念に準備を整えた甲斐がありましたわ!』
本当に、先生は学生を教えるのにいつの間にか全力投球でしたからねえ。
最初は農場として預かった若者たちだったが、いつの間にか先生が率先して教えるようになって名実ともに愛弟子と呼べる間柄になったからな先生にとって。
だからこそ半端な形での卒業は許さない。
先生の優しさと厳しさが入り交じった最終試験になりそうだった。
『ではまず試験の下準備として、これを建てましたわい』
「何ですコレ?」
目の前に聳え立っている巨大建造物を見上げて、俺は言った。
いや、わかっている。
『何だコレ?』とは聞いたもののこれが何であるか俺にはちゃんとわかっていた。
……ピラミッドだこれ!!
正四角錐の形に組み上げられた石造建築!?
なんでこんなものが農場の敷地に!?
『これを試験会場として使おうと思っております』
「なんで!?」
俺の記憶では、ピラミッドって王家の墓じゃありませんでしたっけ!?
それ以外の目的といえば盗掘に入ったり考古学者が大冒険する場所ではあっても、試験会場としては連想も結びつかないと思うんですが!?
あまりにも脈絡なくピラミッドが出てきたので俺も困惑が収まりませんよ!?
『まあ、お聞きください。ワシとて何の考えもなくピラミッドを建てたわけではありませんぞ!』
それはまあ……!?
むしろ考えなしにピラミッドを建ててしまったら、そっちの方が困りものなのですが……!?
「そもそも、どうやってピラミッドなんて建てたんです? 先生の超魔術ですか?」
『オークボたちに手伝ってもらって、ちょいちょいですな』
アイツら!?
建築マニアのウチのオークたちが、ついに世界遺産まで建造してしまった!?
『前にワシが異界の神々を召喚したことがあったでしょう? 卒業試験の参考にしようと呼びだした神の中にアヌビスという神様がおったのを覚えておりますかな?』
「ああ……はい……!?」
アヌビス……ピラミッド……?
まさか!?
『彼の勧めでピラミッドを建造したのです。卒業試験の会場としてもってこいですと』
「なんで!?」
説明を受けても理解できない。
一体、先生はどんなファンタスティックな卒業試験を繰り広げようとしているのか!?
『では続きは私から説明しよう』
「うわッ!? アヌビス神!?」
本人がいらっしゃった!?
いや本神!?
この犬顔は一目見たら忘れない!
『先生の心映え、思いやりには我ら神々も感心してな。彼のすることに全面協力を約束したのだ!』
「はは……、それは頼もしい……!?」
『しかし、次元を跨いで呼び出されたこの世界では神たる我々でもできることには限度がある。この世界本来の神々にも義理を通さねばならんのでな! そんな様々な制約を課せられた状況下では、あまり大した神助をもたらすこともできない! そこでピラミッドだ!』
この正四角錘の建物が何だと?
『ピラミッドにはピラミッドパワーが発生する! ピラミッドパワーで発生した次元のねじれを利用すれば、我ら異界の神々でも地元にいるのと大して変わりない権能を発揮できる!』
ピラミッドパワー。
たしかにそんなフレーズが一時期はやったような……。
ハンドパワーとどういう違いがあるのか記憶が曖昧だがな。
『ピラミッドの内部にだけ限定すれば、私も閻魔殿もオーディン殿も、この世界で我が世界にいるかのごとく万能になれるということだ。その力で、先生の愛弟子たちを心行くまで試して見せよう!』
「頼むからやりすぎないでくださいよ!?」
ホントに!?
まさかあの日召喚された異界の神々が揃って試験に協力してくれるというのか!?
むしろ俺はオーバーランこそ心配になってきたんだが!?
『フフフフフ……、優れた戦士を吟味することこそ我が喜び。むしろこの座に招待されたことは本懐よ……!』
『悪人ばかり裁くのもストレスでのう……。たまにはこういう溌剌な若者の能力のみを純然と計るのもいいわ。百年に一度はのう!』
大神オーディン、閻魔様まで出てきて益々大事になってきよる。
試験開催に伴ってピラミッド前に整列する学生たちは、皆一様に緊張の面持ちだった。
そりゃ緊張するわな。
むしろ緊張しすぎて失神する子が出ても無理ないのに、今のところ誰も倒れず正気を保っているのを褒めてやりたいほどだった。
『ついにこの日がやってきた。諸君らがこれまで学び、鍛えてきた成果が発揮される時だ』
先生が語る。
ここまで彼らを育て上げた導き手として。
『この試験を突破すれば、キミらは晴れて一人前じゃ。どこに出しても恥ずかしくない、いっぱしの士となろう。無論、そう簡単に合格をやるわけにはいかぬ。諸君らがハンパのまま合格を出し、充分な実力を伴わぬまま危険に飛び込んだり、未熟な精神のまま世間に迷惑をかけることがあってはならぬ』
だからこそ先生は、試験作りに手抜きはしなかった。
彼ら農場留学生がこれから挑戦する試験は、これまで彼らが体験してきたいかなる障害試練よりも困難なものになることだろう。
『しかし、けっして誰にも解けない達成不可能な試練ではない。キミらがこれまで学んできたことを充分に発揮すれば、必ず突破できる難易度に調整したつもりじゃ。キミたちならばきっと乗り越え、卒業の栄冠を手にしてくれるものと信じておる』
先生の信頼、思いやり。
それらすべてが詰まった卒業試験。
その事実に農場留学生たちの心が益々引き締まる。
『さて、あまりプレシャーをかけてもいかぬからこれくらいにしておくかのう。試験の具体的内容を説明するぞ』
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
と重い音が鳴り響く。
それはピラミッドの一階部分に設えられた大扉の開く音だった。
『ピラミッドの内部はダンジョンになっておる。その内部を進み、最上階まで行きつくことが試験じゃ。内部には、試験の協力してくださった異界の神々による複数の試練が用意されておる』
アヌビス神。
大神オーディン。
閻魔様。
『それらの試練を突破しながら頂上を目指すのじゃ。全力を尽くし、これ学んできたことを総動員して挑むがよい。お前たちならできる。きっとできるぞ! ワシは一足早くゴール地点に転移し、キミたちが這い上がってくるのを待たせてもらおう! 必ず来てくれるものと信じてな!』
先生の激励を受けて、生徒たちは一斉に沸き上がった。
「やるぞぉおおおおおおッッ!!」
「先生の信頼に応え、必ず試練を突破する!」
「ここまでの頑張りの成果を見せる時が来たあああああッ!!」
「オレならできる! オレならやれる! オレはオレだあああああああッ!!」
生徒たちのやる気が恐ろしいほどにMAX。
それほど先生のお言葉に感銘を受けたのか? しかし彼らにとってもこれが農場で学んできた様々なことに対する集大成だ。
これを乗り越えれば一人前と認められるということで燃えるのだろう。
『では突入せよ! ピラミッド内部では既にキミらを試さんとする者たちが準備万端で待ち受けておるぞ! 彼らの足労を無駄にせぬよう全力でぶつかるがよい!!』
農場留学生。
何やら俺の一時の思い付きで始まった企画だったが、それが数年越しを経て、様々な人の想いが絡まり、大いなる意義をもって……。
……その真価が今、試される。






