648 続・鮭を味わう
クマくんの飛び入りで盛大になった鮭乱獲祭。
思ったより多くの鮭を乱獲でき『もう充分』となったので荷台に載せて帰る。
乱獲を潜り抜けた鮭たちはさらに遡上してたくさん卵を産んで、来年の水産資源確保に努めてほしいものだ。
持ち帰った鮭は早速、長期保存できるように下処理する。
普通に考えたら塩漬けとか干物かな、と思うことだろう。
しかし違う。
我が農場の水準をもってすればもっと効率的に、安全に、素材の味を損なわず食材を長期保存することができるのだ。
農場の食材保管庫へ鮭を運び込むと、早速担当者が魔法をかけて鮭を冷凍する。
冷凍だ!
中世ファンタジーにはあり得ない冷凍保存の概念だが、農場なら普通。
農場に建てられた冷蔵倉は、内部の気温が10度以下に保持されていて、より温度の低い冷凍エリアも存在する。
人魚たちの作る冷凍魔法薬の賜物で、それゆえに施設の管理者は人魚だ。
昔は『凍寒の魔女』パッファが管理していたものの、彼女が結婚を機に人魚国へ帰ってしまったため、今はその直弟子ディスカスが責任者に就任している。
「これらを冷凍エリアへよろしく!」
「かしこまりました!」
内臓や卵を取り出して下処理した鮭をディスカスにパス。
そしたら彼女は魔法薬を振りかけて、あっという間に鮭をカチンコチンに冷凍する。
そしてマイナス十度以下のエリアへと運んでいく。
それらすべてを滞りなく済ませられるのは、ディスカスが完璧に冷蔵庫管理者としての仕事を行えている証拠だ。
立派になったなディスカス。
「それもパッファ姐さんのご指導の賜物です! パッファ姐さんは私に魔法薬学師の奥義を叩きこんでくれました! パッファ姐さんのお陰で私は一人前になれました!」
「そうだね」
「嫁に行って、人魚王妃にまでなったパッファ姐さんの名を汚さぬよう、あの人から受け継いだこの冷蔵庫を守り抜いてみせますぜ!」
パッファから徹底的に魔女の技を叩きこまれたディスカスは、かつてここを訪れたばかりの半人前ミーハー魔女ファンではない。
彼女自身が既に魔女を名乗っていいほどの実力を備えていた!
「私ごときが魔女を名乗るなんておこがましいです……! しかし、いつか私が魔女を名乗ることを許される時が来たら、どんな称号をいただくか決まっています」
え? そうなの?
どんな?
「『冷蔵の魔女』です!」
「……?」
「パッファ姐さん直伝の冷凍魔法薬を駆使し、農場の冷蔵庫を完全管理できる私に相応しいとパッファ姐さんに考えていただきました……!! いつか充分な自信がついた時晴れてそう名乗るつもりです……!」
もうちょっとカッコつけた称号でもよかったんじゃない?
中二病とまではいかなくてもさ、少しも気取ることも人生は必要だと思いますよ?
あまりにも生活感が伴いすぎる異名じゃなりませんか……?
まあ、本人が気に入ってるならいいか。
そんな『冷蔵の魔女』ディスカスが、その称号に恥じぬ完璧な低温管理で鮭を冷凍保存してくれるのだ。
これでしっかりと冷凍期間をとれば、俺たちはさらなる鮭の妙味を堪能することができる!
「鮭を美味しく食べよう祭り、第二部の開催だッ!!」
「はッ、それは甘いのだご主人様ー」
何者だ!?
いきなり物言いをつけてくるのは!?
ヴィールか!?
「ご主人様の言う通り、あの魚はたしかに美味しかったのだ。魚があんなに美味しいとは、本当にアレが魚なのか? と思わずにはいられないほど美味しかったのだ!」
鮭は色んな魚の中でもダントツに脂っこいからなあ。
子ども受けもしやすいんだろうが……。
「しかし、アレだけたくさん食べたらその味は知り尽くしたと言っていいのだ! 塩焼き、みりん焼き、西京焼き、身をほぐしておにぎりに詰めて食うのも大変美味しかったが! もう同じような料理で同じだけの感動を呼び起こすことは難しいのだ! さあ、どうするご主人様!?」
「ヴィールよ……お前はまだ鮭を甘く見ているようだな……」
焼き料理のみで鮭のすべてを知ったかのような物言い。
その発言の浅はかさを悔いることになるだろうヴィールよ!
「そもそも何故俺が、獲ってきた鮭をディスカスに頼んで冷凍処理してもらったと思っている?」
「なんだと……?」
「そうしなければ作れない料理があるということだ。肉を食べる時もっとも恐ろしいのは寄生虫。ヤツらを殺すのにもっとも安全確実な方法は、焼くか冷凍するか、二つに一つ……!」
そもそも焼き料理なら調理過程がそのまま寄生虫や病原菌を殺すことになるので問題ない。
対して調理工程に煮たり焼いたり、とにかく熱を通すことがない料理は?
肉をいったん冷凍し、生物がとても生きられない低温で長時間置くことで、人体に危険な微生物を殺し尽くすのだ。
* * *
「そうして二日間、おいておいた冷凍鮭を解凍して作ったのがこれだ!」
刺身サーモン!
「うぐおおおおおおおおおおおおッッ!?」
ヴィールは圧倒される!
「刺身!? 刺身だとおおおおおッ!? 焼いてもあんなに美味しい鮭をナマでなんて!? そんなことが許されるのかああああッ!?」
「生食のための一旦冷凍よ。時間がかかって申し訳なかったが、食べるといい」
お醤油をつけてな。
マヨネーズを盛ってもいいぞ。
「うぐぉわああああああああッ!? うんめえええええええッ!?」
サーモン刺しを食べたヴィール、その美味しさに悶絶。
「口の中でトロッと! トロッとしたのだあああああああッ! 生サーモンのなんという脂っこさあああああああッッ!?」
どうだヴィールよ?
焼いただけで鮭のすべてがわかったかのような言動の浅はかさ、思い知ったかな?
まだ鮭は、その潜在能力の第二段階を解放しただけに過ぎない。
本格的な生サーモンの攻勢が、これから始まるのだ!
「見るがいい! どんぶりになみなみよそったご飯の上に、生サーモンを載せていく!!」
「そ、それはあああああッ!?」
サーモン丼だ!
海鮮丼の一種ともいえるが、その定義をサーモン一種だけで押し切るというストロングスタイル!
「なんという……!? なんという恐ろしいことを想いつくのだご主人様ああああッ! ごはんにのっけてダメなものなんて、この世に存在しないのだ! 無条件にごはんと素材の双方の美味しさが高まり合うだけなのだああああッ!?」
サーモン丼を出されただけでヴィールは崖っぷちに追いやられたも同然!
しかしそこで勝ったつもりになって油断するほど、俺は詰めの甘い男ではない!
情け容赦ない追撃を行わせてもらう!
「このサーモン丼の上に……イクラをかける!!」
「ぐはあああああああッッ!?」
そう、冷凍処理の前にしっかりお腹から掻き出しておいた魚卵を、どんぶりの上で再会させる!
するとどうなるか!
鮭の切り身と魚卵のイクラが重なって……。
「海の親子丼が完成だ!!」
「おやこどんんんッ!? それは、鶏肉に卵をからめた丼もののことではなかったのかあああああッ!? まさかこういう形で、もう一つの親子丼があったとはああああああッ!?」
海鮮親子丼の衝撃に、完全にこらえきれず吹っ飛ぶヴィール。
勝負あったな!
「お……恐るべし鮭なのだ……! おれは、最初にご主人様が作ってくれた料理だけで鮭はすべてを出し尽くしたとばかり思っていた……! しかしまだまだこんなにも違う姿を隠していたなんて、なんて奥の深い鮭なのだ……!」
「そう、鮭は奥深いのだ。魚としても、食材としてもな」
ヴィール、お前の敗因は鮭の一面のみを見て、それがすべてだと勝手に思い込んでしまったことだ。
鮭に限らずすべての食材は、俺たちが思いもしないポテンシャルを秘めている。
もっと謙虚に鮭と向き合えば、それに気づけたのかもな……!
「ご主人様! おれが間違っていたのだ! 鮭は偉大で、底知れないお魚だったのだああああッ!」
「わかってくれたかヴィール!」
互いに心通じ合った俺たちは、和解の意味も込めて深い握手を交わすのだった!
大団円!
「よし、じゃあ早速サーモンいくら親子丼を食べるか。皆の分ももちろん用意してあるぞー!」
「皆で食べるごはんは美味しいのだー!」
既に俺たちの前には、農場の住人全員が集まっていた。
その手にはサーモンいくら親子丼が行き渡っている。
まさにサーモンいくら親子丼パーティというべき状況だった。
「「「「「いただきまーすッ!!」」」」」
俺とヴィールの寸劇でいまかいまかと待たされた彼らの忍耐がついに取り除かれ、丼へ箸が入れられる。
農場中の皆に行き渡ったサーモンいくら親子丼。
その大いなる川の恵みを皆で味わおう!
「トロットロの刺身をごはんと一緒に流し込む美味しさ!」
「さらに口の中へ混入するイクラをプチプチっと噛み砕く食感!」
皆もサーモンいくら親子丼の美味しさを堪能してくれたようだ。
先のサーモン乱獲祭りに参加してた人たちも、それぞれの作業のために参加できなかった人たちも。
等しくサーモンの美味しさに舌鼓を打つ。
鮭って、なんでこんなにも皆の心を魅了する魚なんだろう?
皆が大好き鮭。






