643 甘味の王者
俺です。
今年も夏の暑い盛りが過ぎ、秋が深まってきた。
生まれたばかりのノリトも首が座って段々と逞しくなり、ジュニアも外で駆け回って遊ぶようになってきた。
時が過ぎる実感が湧いてくる。
冬が迫ってくる中、相談を受けた。
誰から?
柿から。
『柿の樹霊カキエモンです』
「おう……!?」
ウチの農場には、少し離れたところで果樹園を営んでいて、そこには樹木にとりつく樹霊と呼ばれるスピリチュアルな存在が住み着いていた。
ミカンやリンゴや、様々に木にとりついて育成管理しているのでこっちも助かることが多い。
その中でも柿の木に宿る柿の樹霊……カキエモンという名前らしいが。
ソイツが俺のところへ相談に来た。
見た目は柿にマンガ風の目鼻が浮かんでコミカルな印象だ。
実に宿れば樹木から離れても活動可能らしい。
で、そんなカキエモンさんが俺に何の相談でしょう?
『ここ最近の……柿の出来栄えがよくなく……!』
「ええ?」
『まこと申し訳ありません! 聖者様に樹木の育成管理を任されていながら満足のいく結果の出せない不甲斐なさ! この上は腹を切ってお詫びを……!」
「待ちなさい落ち着きなさい」
柿の実に憑依しているキミが腹かっさばいたら、単にカットしたフルーツになるだけだよ。
「それでどんな風に出来が悪いんだい? 具体的な状態を教えてもらえば俺からも何かアドバイスできるかも……?」
「では、実際にご賞味ください……!」
ずずい。
俺の前へ差し出される柿、数個。
……これは。
『先日収穫された、出来のよくない柿です!』
「そういうことだよね……!」
実際に食ってたしかめろってことか?
それ怖くない?
出来のよくないものをあえて食ってみろという実証主義。
百聞は一食に如かず、というのだろうか。
しかしどんな味になってるか怖いというのも……。
「ええい! ままよ!」
俺は意を決して柿を一口齧った。
「しっぶいッ!?」
渋柿だ!?
口の中が渋い渋い渋い渋い渋い渋いッ!?
とても食えたもんじゃねえ!
お茶お茶お茶お茶お茶お茶!
渋い!
『ご賞味いただいた通り、今までの柿は甘いものばかりだったのですが、いつの間にか渋いものが交じるようになり、最初は一回の収穫でせいぜい一、二個であったのが、いつの間にか二割を超えるほどになり……!』
カキエモンが忸怩たる様子で言う。
『本来なら聖者様の祝福を受けた果樹は、大変美味しい実ばかりを付けるはずなのに。こうなったのも管理していた私の責任! この身八つ裂きにしてお詫びしますうううううッ!!』
「落ち着いて、落ち着いて」
キミ柿の実に憑依してるんだから切り刻んだら柿のピューレができるだけだよ。
「それに別にいいじゃないか渋柿。これは失敗でも何でもない」
『えッ?』
「これは柿からのサインだよ。自分たちの新しい可能性を実現せよという、……ね!」
* * *
用意するのは渋柿。
渋くて不味くてとても食えたものじゃないのをできるだけたくさん集めます。
包丁で皮を剥きます。
上のヘタの部分に縄を括りつけ、ぶら下げられるようにしてから熱湯につけて、表面の余計な菌を殺します。
そこまでできたら軒先に吊るし、天日に干します。
カラスがついばんでいかないように注意して……。
コラ来るな! カラスめ!
お前らが食っていい農作物はウチにはもみ殻一粒ほどもねえ!!
……と必死にやって。干し続けること約一ヶ月。
その間はサッと飛ばして。
出来上がったところから再開です。
* * *
「これが干し柿だああああああッ!!」
『ホシガキ!?』
干して水分を取り、ドライにした柿のことだ!
よし完成したところで試食してみよう!
内部の水分が消えて収縮し、小さくもしわっしわになってしまった柿!
『危険です聖者様! 丸ごと食べたらシブシブシブシブッとなって、お口の中がペペペペペペペペペペッとなってしまいますぞ!!』
カキエモンが慌てて止めるが大丈夫だ。
干し柿の真ん中辺りに歯を立てて、ブジュリッと噛み千切る!
「甘ぁーーーーーーーーーーいッッ!!」
『なんですってええええええええーーッッ!?』
干して水分がなくなったことで凝縮された甘みが濃厚で甘ぁーーーーーーーーーーいッッ!!
甘い甘い尼ヶ崎!
『どうしてですか聖者様!? 渋くて食べられた者じゃない渋柿が、干しただけで甘くなる? 何かの魔法ですか!?』
「うーん、なんでだろうね?」
何だっけ、渋柿の……渋味成分?
タンニン? オキシトシン? トルメチアルミン?
とにかく何かの成分が化学反応でもして渋から甘に変わるんじゃないかな?
「まあとにかく甘くなったんだからいいじゃないか。……ああ、甘い……! 普通に果物を食べたんでは到底味わえない濃厚な甘み」
なんかで言ってたなお菓子は干し柿の甘さを越えてはいけないとか何とか。
つまりこれが、料理として味わいうる最高クラスの甘味!
甘ぁーーーーーーーーーーい!!
甘い甘い!
甘いよ!
「甘い甘い煩いわね」
「甘いということは今日の新料理はお菓子なのだ! ケーキかおしるこか!? 大ヒットの予感だぞ!」
そこへいつも通りの嗅覚でプラティとヴィールが訪れた。
ノリトを胸に抱き、ジュニアの手を引っ張っている。
「来ると思っていたぞ! もちろん皆の分も用意しておいたから! さあ、この干し柿を思う存分貪るがいい!」
「わあ、何コレ? 見た目からしてちょっと想像つきにくい感じだわ」
「これは……干し柿だ!!」
「干し牡蠣?」
「そう干し柿!」
「へええ、牡蠣って干せるのね。アワビも干せるから同じようなものねー」
プラティとの間に認識の違いがあるように思えた。
夫婦のすれ違い!?
「うへええ……? なんだこれ……? 茶色っぽいし、白い粉吹いてるし。食べていいものなのかこれー?」
そしてヴィールは肝心の干し柿を見詰めて、不安げな表情をしていた。
まあたしかに干し柿って見た目がけっこう恐ろしげだよね。
『食べていいの?』って感じはするよね。
「しかし! ご主人様の作ったもので今まで外れのものなどなかったのだ! おれはご主人様を信じる! いっただきまぁーーーーーーッッ!?」
「あッ、待てヴィール。あんまり勢いよく噛むと……!」
干し柿の中にまだ種が残ってるんだよな。
しかも干して実が小さくなったことにより、相対的に種の含有量が上がる。
もし間違って干し柿の中の種を思い切り噛んでしまおうものなら……。
ガキィンッッ!!
「うぎゃああああああああああッッ!? 歯が!? 歯がああああああああッ!?」
「柿って、フルーツの中でも一、二を争うレベルでメチャクチャ種が硬いよね……!?」
それを迂闊に全力噛みしようものなら逆に歯の方が逝ってしまうのだった。
まさにフルーツの種界のオリハルコン。
「でも甘いのだぁーーーーッ!? うわネットリする甘さああああッ!? ケーキやあんこでは味わえない、また違うタイプの甘味なのだぁーーーッ!?」
「喜んでもらえて嬉しいです」
今度は種を噛んでしまわないように気を付けてお食べ。
ノリトにはまだ早いだろうが……ジュニア用に種を抜いた干し柿を上げよう。
「かきくえばー、かねがなるなりー」
「美味しいんだなジュニア、よかったー」
さて、切り開いて種を取った干し柿の利用はまだ留まらないぞ。
皿に包丁で細かく刻み……ペーストみたいになった干し柿。
さっきパヌのところで貰ってきたクリームチーズとあえて……。
……食べる!
「きゃああああッ!? 何それ!? 干し柿とクリームチーズあえええええッ!?」
「とっても美味しそうなのだご主人様! おれにも一口寄こすのだああああッ!!」
こうして渋柿は、皆から好かれる干し柿に華麗な変身を遂げましたとさ。
『ふおおおおおッ!! さすが聖者様! アナタの英知にかかれば渋柿も笑顔の使者になるのですなあああッ!!』
カキエモンも感動していた。






