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642 百名山の伝播

 ワシの名はジェーネプカフ。


 誇り高き魔王軍人じゃった。


 退役したがな。

 しかも二十年も前に。


 あの頃は若かった……!

 来る日も来る日も戦争に明け暮れて、攻め寄せる人族軍の雑兵どもをちぎってはー投げー、ちぎってはー投げー。


 死と隣り合わせではあったが、それだけに生きている実感も濃厚だった充実の日々じゃった。


 しかしそれも老いとともに体力の限界を悟り、退役。先祖伝来の領地へと引っ込み、領主として民に尽くす生き方に切り替えた。


 前線が耐えられなくなったといえど、田舎山賊を掃討したり魔物を退治するくらいなら全然こなせたので領主職を得てなお戦いの日々じゃったのう。


 しかしそれも終わりを迎えた。

 老齢に達して、体も本格的に動かなくなってきたところで領主すら引退。

 完全な楽隠居となった。


 することが何もないと、時間の過ぎるのが遅いのう。

 ワシのいる隠居部屋だけ時間が止まったかのようじゃ。


 若い頃は仕事ばかりの人生だったので、いざ隠居してすることがないと本当に何をしていいかわからん。

 このままでは急速に老け込んでしまう……と漠然に不安となっていた最中じゃった。


 その本に出会ったのは。


    *    *    *


「なんじゃコレは?」


 ワシのあとを継いで領主となった息子が、何やら妙なものを持ってきた。


 これは本か?


 まあ新しい戦略でも記されておれば読む価値もあるかもしれんがな。


「巷で流行っている本でしてね。もう何千冊と写本されて出回っているとか……」

「何千!? そんなにか!?」


 それだけの数、動員された写本家の数も相当であろうし、かかった羊皮紙代も莫大であろう。

 それだけの費用を懸けてでも世に広めたかった本。

 きっと重要なことが書き記されているのであろうな……!?


「人間国の冒険者が書いたものだそうですよ」

「なんじゃとう!?」


 人間国の!?

 つまり人族か!?


 しゃああッ! 汚らわしい!

 そんなものを家に入れるでないわ!!


「父上、いい加減認識を改めましょうよ。戦争は終わったのです。人族はもう敵ではないんですよ」

「煩いわ! ヤツらとは終生、不倶戴天の怨敵じゃ! ワシがアイツらと何十年戦い続けてきたと思ってるんじゃ!?」


 戦争さえ終わってしまえばハイ仲よしなどと、そんな都合よくできるか!


 しかも冒険者といえば、もうすぐ我が領地にもズカズカ踏み込んでくる礼儀知らずの者たちじゃろう!?


「制度改革か何か知らんが、我が領地に人族など一歩も踏み入らせるでないぞ! 来たら槍で突いてでも追い返せ! よいな!」

「そうは言っても、終戦から軍縮が進んでいるのは父上も知ってるでしょう? 我が領地にあるダンジョンにも定期的に魔王軍が『掃除』に来てくれましたが、それももうすぐなくなるそうです。そうなったら我が領の安全を守るために、冒険者に頼る他ないんですよ」

「お前が私兵を率いてダンジョンのモンスターを蹴散らせばいいではないか! ワシが現役だった時のようにな!」

「勘弁してくださいよ。私は文官上がりなんですから……!」


 ふん!

 戦場にて『野獣の如し』と言われたワシの息子が何故こうも軟弱に育ったのか!?


「とにかく目を通してくださいよ。人族の冒険者が記した本を読んでみたら、彼らへの見方が変わるかもしれませんし」

「ワシはその程度で考えを曲げる変節漢ではないわ!!」

「そう言わずに、何でもこの本は世界中を巡り見てきた最高の冒険者が、その中でも特に優れて気に入った山ダンジョンを百までに厳選した紹介書らしいですよ」


 なんと?

 山ダンジョン?


「しかもその中に、我が領地にある山ダンジョン『鬼蜘蛛山』も入っているそうです!」

「なんじゃとおおおおおおッッ!?」


 我が領地が誇る四つ星ダンジョン『鬼蜘蛛山』が!?

 人族ごときが我が領の自慢を評価するとは! 不埒千万!


「あることないこと書いてこき下ろしているのではあるまいな!? 不当に我が領の名所を誹謗中傷していたら書いた本人を見つけ出して斬り捨ててくれる!!」

「まあ、それも実際読んでみればわかりますよ。このページですよホラ」


 そう言って特定のページを開いて渡してくる息子!

 どらどら!?


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異世界百名山No.56

『鬼蜘蛛山』

形態:ダンジョン(四つ星)

所在地:魔国、デーバディ子爵領、領主邸より北へ徒歩三日。

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 ホントにあったああああッ!?

 我が領に存在し、モンスターが溢れ出す危険さと同じくらいに産出する素材や資源で我が領を潤す名所があああああッ!


 本に取り上げられてるうううううううッ!?


「なんでしょうね? 地元が紹介されてると感じるこの嬉しさ?」


 煩いぞ息子よ!

 褒められているかどうか、紹介文を読まなければわからんではないか!


 卑怯卑劣の人族のこと、ここで魔国所在の山ダンジョンを悪口書き連ね、敗戦の鬱憤晴らしをしているかもしれぬ!

 読んでみるぞ。


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【総評】

『鬼蜘蛛山』は、怪しさと寒々しさを楽しめる山ダンジョンである。

特筆すべきものは、世界中このダンジョンにしか生息しない蜘蛛型モンスター、オイランクグツグモの存在である。

山の樹上に生息し、糸を垂らして木の下を通る獲物を捕まえ、釣り上げる。

その狡猾な狩りの技で恐れられる反面、表面を覆う体毛は赤、白、金色などが折り重なって美しく『貴婦人蜘蛛』という異名も頷ける……。

(以下略)

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 ふぉおおおおおおおおおおッッ!?

 いいことばっかり書かれておるううううッ!?


 たしかにオイランクグツグモは『鬼蜘蛛山』の目玉モンスター!

 美しい体毛に覆われた殻は、鎧に加工すると見栄えがすると、パンデモニウム商会が喜び勇んで買っていくんじゃああああッ!!


 そういうこともしっかり書いてあるし、ヤツらの異名『貴婦人蜘蛛』まで知っておるとは……!

 よく調べておるな!!


「いやぁ、地元民の私でも知らないことまで書いてある。とても他国民の人族とは思えない、入念な調査ぶりですよねえ」

「お前は知っとけや息子! 領主じゃろう!?」


 我が領地のダンジョンがこんなにベタ褒めで掲載されているなんて……!?

 しかもこの本が、何千も写本されて世界中に広まっていると言っていたな?

 ではそれだけ我が領のダンジョンが有名に!?


「来年のうちには冒険者たちが『鬼蜘蛛山』を攻略しに来ることでしょうし、この本を参考にするかもしれませんね。そしたら数もたくさんの……!」

「来訪者は金も落としていく……! 宿泊費、食費、他諸々。おおおおおおお……ッ!?」


 ダメじゃ騙されるでない。

 人族はかつて敵だったのじゃ! 憎むべき相手じゃ!


 そうじゃ、勝つためには敵を知れという言葉もある。


 他のページも読んで、こやつがどの程度の見識を持っているか確かめてやーるわ!


「……おおッ?『黒寡婦連山』も載っとるんじゃな!? あそこを選び出すとはわかっておる!『ファントム峰』に『蛇剣渡り』……懐かしいのう。ワシも若い頃はこの山登ったわ……!」

「そうなんですか?」

「ワシは魔王軍の退役将校じゃぞ。モンスター討伐のためにあちこち行ったわい」


 この本を読んでいると、その頃の思い出が蘇ってくるのう。

 ただ記憶を刺激されるのではなく、情景がありありと浮かぶのは、この本の著者が名文で各山の特徴を表現してくれるからじゃのう。


 ……人族が生意気な……!?


「……ん? この辺りから知らぬ山ばかりじゃのう?」

「人間国の山を紹介する項ですね。……私はこの『聖なる白乙女の山』というのが気になるんですが」

「はあ!? 六つ星の山ダンジョン!? ダンジョン等級は五つ星までじゃなかったのか!?」


 人間国にはこんな山ダンジョンがあったのか!?

 紹介文を見る限り、侵入者に優しく素人でも登りやすそうじゃ……!


 行ってみたい!

 登ってみたい!


「もうすぐ入出国の法整備が整って、観光目的でも人間国に入れるそうですから行ってみたらどうです!」

「そうじゃな! いかに老い衰えたと言えども普通に歩き回るだけの体力はまだ残っておるわ!」


 どうせ暇なんじゃし、人間国の山がいかほどのものか直にこの目で確かめてくれるわあああッ!


 いや、どうせならせっかく国外旅行をするのに目的地が一ヶ所だけでは寂しい!

 今のうちにこの本を読みまくって、その他にもいい山がないかじっくり吟味してくれりゃあああああああッ!!


「ふぃー、これで父上が遊びに行ってくれたら、冒険者たちを静かに迎えることができるよ……!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] この爺さんがどこぞの農場に迷い込むのかな。そこで魔王や前魔王と遭遇とのおまけも。
[一言] ゴールデンバットさんがまともなこと書いてる!?
[良い点] じーさまが第二第三の青春を歩めるようでよかったよかったw
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