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63 海から見た地上

 早速遊びに来たアロワナ王子に、人員補充の件を打診してみた。


「人魚を雇いたい?」


 相変わらずお茶請け用のたくあんをポリポリしつつ、アロワナ王子は俺たちの望みを復唱した。


「そうなのよ! 今兄さんが食べてるたくあん作りとか、そういうのにとにかく人手が足りないの! 人魚族が得意にしている薬学魔法の分野よ!」

「…………」


 アロワナ王子は、自身の携帯するカバンをガサゴソさせると、中からガキヒトデを取り出した。

 持ち歩いてんのか。


「そのヒトデじゃない!!」


 プラティは、アロワナ王子の手からガキヒトデと叩き落とした。

 しかしまったく同じボケをやらずに済ませられないとは。

 この時初めて俺は、二人が兄妹なんだなと実感を持つことができた。


「とにかく! 兄さんが大好きなたくあんだって、アタシ一人で生産していくには限界があるの! だからお願い、ちょこっとでいいから人手を回して! でないと作ったたくあんはまず先生に贈答して兄さんには余った分しか回さないわよ!!」

「それは困るな。妹よ。依怙贔屓するなら肉親であるこの兄を贔屓してはくれんのか?」


 一週間とおかず頻繁に遊びに来るアロワナ王子に、実の妹であるプラティがみずから歓待に出ることは実に少ない。

 大体いつも俺に持て成しを任せて、自身は醸造蔵に篭っているかダンジョンへ狩りに出かけてしまっている。


 お兄さんのこと嫌いなの? と勘繰ってしまうくらいだが、そんなプラティが慣例を破ってみずからお兄さんを歓待するぐらいなので、その切迫さが伝わって来ようというものだった。

 なんか色々おかしい気がする。


「プラティ、お前が大変なのは察しがついたが。……ぬう、人員補充か」


 アロワナ王子は、難しい顔つきになった。

 たくあんをポリポリする手と口は止めないまま。


「……聖者殿。我ら人魚族にとって陸がどんな場所か、ご存知か?」

「え?」


 それってつまり、人魚たちが地上をどう思っているかってこと?

 さあ。

 ハッキリしたことは知らないし、今まで想像したこともなかった。


 でもプラティなどが普通に暮らしているのを見るに、ごく普通のことなんじゃないの?


「肉親の私からは言いにくいのだが、プラティは人魚の中でも大変な変人の部類に入るのだ。……変人魚? ぐわッ!? 蹴るなプラティ! 兄を蹴るな!?」


 うん。

 それは大体想像がついていた。


 つまり地上に好んで住み着いたプラティは、変人ゆえの非常に稀なケースであると。


「一般的な人魚にとって陸という場所はな。……地獄、という認識なのだ」

「うわぁ……!?」

「まずもって人魚は陸では生きていけないからな。魔法薬によって陸人化する。それこそ人魚が陸で生活を営む大前提であるからして」


 そりゃそうだ。

 プラティやアロワナ王子があまりにも簡単に人間化して陸と海を行き来するから、それが普通なんだって錯覚してしまうけれど。


「あのー、今さらこんなこと聞くのもなんだけど。人魚にとって地上人に変わるための薬って貴重なんですか?」

「貴重だとも」


 貴重らしい。

 プラティやアロワナ王子は人魚の王族だから、そんな貴重なものをバカスカ飲んでも、まったく問題ないのだろうが。


「たしかに我ら一家にとって陸人化薬はそれほど貴重でもないのだ。より厳密に言うとプラティにとっては」

「?」

「プラティが新薬を開発するまで、陸人化薬は粗悪なものしかなかったのだ。陸人でいられるのに制限時間があったり、副作用で声が出なくなったり、人魚の戻る際に失敗して泡になって消えてしまう劇薬すらあった」

「え? ちょっと待って?」


 プラティが新薬を作るまでって、もしや……。


「そう、プラティが研究の結果、初めて何の副作用もない完璧な陸人化薬を開発させたのだ。陸人でいられる時間も無制限で、人魚に戻りたければ専用の解除薬を飲むだけでいい」

「じゃあそれまで人魚にとって地上は完全に未知の領域だったと!?」

「そうだなあ」


 しみじみ言うアロワナ王子。


「何か用事を果たすために制限時間付きの不完全な陸人化薬を使用することがあったが、海に戻る前に効果が切れてしまったら最悪だ。プラティの新薬も一般まで行き渡ってはいないし、結局大多数の人魚にとって陸は死の領域というわけだ」


 普通に考えてみればそうだよなあ。

 逆に、俺たち人間に「ちょっと海の中で生活してみろよ」って言えば「無茶言うな」って答えが100%返ってくるのは当然。


 そう考えると、自分が人魚たちにどれだけ無茶を言っているのかがわかる。

 そして、その無茶を容易く可能にしたプラティの新薬。


「プラティってやっぱり天才なの?」

「そうよー? 旦那様はもっとアタシを讃えてくれてもいいのよ?」


 天才は天才でも紙一重系の天才か。

 アロワナ王子が話を続ける。


「従ってプラティ製の完全な陸人化薬があっても好んで陸に上がる人魚はまず、いない。プラティの完全版陸人化薬が完成して、もっとも一般的な使用例が何かわかるか?」


 な、なんですか?


「追放だ」


 とんでもない答えが返ってきた。

 人魚社会では、大罪を犯した者への罰則として死刑に次ぐ厳罰に地上追放というのがあるらしい。


 もちろんプラティが完全版陸人化薬を開発してから制定された、比較的新しい制度らしいのだが。

 解除薬を摂取しない限りけっして人魚に戻れない完全版陸人化薬を無理やり飲ませて、地上に放ってそのまま。


 地上人化した人魚は戻りたくても故郷に戻れず、残りの人生を異境である大地で過ごすしかないという。

 普通の人魚にとって地上は死地なのだから、頼れる縁者も当然いるわけがなく。海底で培ってきた知識や技術も通じない異国で一人寂しく余生を過ごすしかない。


 こういうふうに言葉にされると、物凄い恐ろしい罰な気がしてきた。

 地上恐ろしい!

 人魚にとってバリ恐ろしい!!


「そういう場所に好んで雇われに来る人魚が、いかほどいようかという話になる」


 いるだろうか?

 いや、いない。

 反語が成立するレベルだ。


「まして聖者殿やプラティが求めているのは、たくあん作りや調合の手伝いができる、一定以上の薬学魔法使いだろう? それだけの人材を、行ったら二度と戻って来られるかわからない陸へ上げるとなると。本人の意思だけではどうにも……!」

「ですよねえ?」


 二度と帰れぬ覚悟を固めないといけない務め先ですか、ここ?


「他に方法があるとしたら……! いや、これはさすがになあ……!」

「なんですか!? いい方法があるですか!?」


 有効な手段があるなら、こちとらもう選り好みしている余裕はなさそうだ。


「先ほど言ったように、人魚の地上追放は厳重な刑罰なのだ。人魚の中には、高い薬学魔法の技術ゆえに道を踏み外し、禁薬を製造したり、攻撃魔法薬で暴力沙汰を起こす者もいる」


 ああ、つまり。

 そういうヤツを追放名目でこちらに送ってくれたら本人の意思も含めて何も問題ない、と?


「いや! ダメだダメだ! 大恩ある聖者殿の住み処を、よりにもよって流刑地扱いするなど無礼にもほどがある!!」


 そう言ってアロワナ王子はたくあんをバリボリ貪った。


「今のは聞かなかったことにしてくれ聖者殿! 何度でも言うが我ら人魚国、アナタには大恩がある! アナタ方の要望は人魚族の誇りにかけて必ず履行して……!」

「いいんじゃない?」


 と、唐突にプラティが言った。


「いいんじゃない、って、何が?」


 主語がないのでプラティの言わんとしているところがいまいち理解できない。


「だから、追放された犯罪者でいいんじゃない? そういう薬学魔法使いって大抵ぶっ飛んだ力量の持ち主だから、行儀のいい宮廷薬師よかよっぽど使えるわよ」

「プラティ? お前まさか……!?」

「とりあえず三人ほど送って来てよ兄さん。ただしとびっきり凶悪で優秀なヤツをね。その方がこき使うのに容赦せずに済むわ」

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