626 義親子対決再び
どうしてでしょうなッ!?
人魚国主催の相撲大会。
その最後の試合。
人魚族vs人魔連合の対抗戦としても大会自体にとっても結びの大一番となるべき試合が、よりにもよって俺とナーガスさんのカード!
先代人魚王にして、プラティの父親でもあるのでからつまりは俺の義理の父でもある人との戦い!?
しかもその戦いに、ナーガスお義父さんは異様な情熱を燃やしている!?
「もすもすもすもすもすッ!!」
「もうダーリンたら、そんなに若くないんですからはしゃぎすぎないようにね?」
いきり立つナーガスさんに、奥さんであるシーラ様が肩を揉んでほぐす。
それによってナーガスさんの肩から余計な力が抜けて、冷静かつ情熱的な理想の戦闘モードへ!?
俺としては『余計なことを!?』としか思えない!?
そして俺の側も、妻のプラティが……!!
「いい度胸だわ! アタシの旦那様に、パパが一度ならず二度までも挑戦なんて身の程をまったくわかっていないわね! 旦那様、今回もコテンパンのノホホホイにしてやって!」
……なんでそんなに煽り倒すのかな!? 実の父親を!?
しかもその暴言はしっかりナーガスさんのお耳に届いていて、お義父さん顔を真っ赤にして憤慨している!
「もすうううううううッ!!」
ねえ、もうやめましょうよ!
婿と舅の確執みたいな話は一昨年の武泳大会でやり切ったでしょう!?
なんで再び同じようなネタを繰り広げなければならないんだ!?
「ふふ、甘いわね婿殿。義理の親子の戦いに終わりはないのよ」
シーラ様が知ったような口を利く!?
「親にとって、みずからのお腹を痛めて生み落とし、手塩にかけて育てた我が子を奪っていった配偶者は永遠の敵なのよ。だから機会さえあれば争い、優位を示すのが嫁姑、婿舅の関係の習い。アタシだって日々パッファさんと争い続け、アロワナちゃんやゾスちゃんを困らせているわ!」
少しは仲よくやってあげてくださいよ!
そしてまた密かなところでゾス・サイラさんがとばっちりを食らっている!?
現人魚王妃の育ての親でかつ先代人魚王妃の妹分という立場が最大限の被害をもたらしている!?
「ダーリンとて人の親なれば、醜態をさらし続けることはできないのよ! 一昨年の武泳大会で婿殿に惜敗を喫して以来、ただひたすらにリベンジを願って、全盛期に引けを取らないトレーニングを課してきたの! むしろトレーニングに集中したいからアロワナちゃんに王位を譲ったのよ!」
「マジで!?」
人魚国王位継承の裏にそんな秘話が!?
俺、政権の移譲にガッツリ関わっとるやんけ!?
「二年ぶりに訪れた雪辱の機会! しかも今度は相手にとって有利な土の上、だからと言って引き下がっては前人魚王の名が廃るわ! 行けダーリン! 今日こそ特訓の成果を見せる時よ!」
「もすうううううううッッ!!」
ナーガスさんとシーラ様の勢いが、さながら巨大ロボットを繰り出す少年みたいな感じになっている。
ホントにアレとぶつからなきゃいけないんですか俺が!?
どう見ても俺の手に負えるシロモノじゃないと思われますが!?
「こっちだって負けていないわよ! 行って旦那様! すべての障害を薙ぎ払うのよ!」
プラティまで巨大ロボットのような勢いを俺に求めないでくれますか!?
しかし逃げるわけにはいかず、土俵に上がるしかないのだった!!
* * *
結びの大一番。
海上の人魚たち、そして観覧席に座る招待客たちは土俵に上がった俺とナーガスさんに視線を釘付けとなっている。
「にぃしぃ~、ナーガスの富士ぃ~。ひがぁしぃ~、聖者の花ぁ~」
今回に限って行司は人魚王アロワナさんが務めていた。
彼はもう自分の試合を終了させて解放されているし、この最終試合を人魚王みずから見届け人となる意志の表れであろう。
余計に緊張感が高まるんですが!?
「みあってみあって、はっけよい、のこった!」
「もすううううううッ!!」
突進してくるナーガスさん!
元々巨体だけあって、本物の相撲取りのようだ!
「のごおおおおおおッ!?」
我が全身にブチ当たる男肉の感触!?
硬い! ようでいて柔らかい!?
もっちりペタペタして、生暖かい!?
そんな感触に押し流されるうううううううッ!?
「ぐもっくッ!?」
一気に土俵際まで追いやられた!?
踵にたしかに感じる、仕切り藁の感触!
「こおッ!? こおおおおおおおッ!?」
背骨が折れそうになるぐらい仰け反りながらも、なんとか踏み止まるが、巨体ナーガスさんのがぶり寄りはまるでブルドーザーだッ!?
気を抜いたら一瞬で寄り切られるッ!?
「いいわよダーリン! そのまま押し出すのよッ!!」
「何してんの旦那様ああああッ!! 負けちゃうわよ! 押し返してええええッ!!」
簡単に言うな!
言うまでもなくパワーではナーガスさんの方が上!
しかも大人と子どもぐらいに!
普通にやったらどうやっても勝てません!
俺に勝機があるとしたら、それはやっぱりこの手にこもったギフト『至高の担い手』。
手にしたものすべての潜在能力を限界以上に引き出すこの能力をもってしたら、土俵上での俺を技巧派のベテラン力士に変えて『柔よく剛を制す』で力を受け流し勝利できるはず!
そう、『至高の担い手』がこもった、この手で……!
相手のマワシさえ掴めば……!
……ん?
掴めない!?
いかん! 手がナーガスさんのマワシまで届かない!?
それは取組ではよくあることで、相手のマワシを取るということは相手を投げ飛ばす準備ができたということなので、激しい主導権の取り合いがマワシの取り合いとイコールなのだ!!
手に取ることが『至高の担い手』発動条件なれば、いかに万能無敵のギフトといえど手も足も出ない!
ここに来て今さら判明する弱点!
どうする?
『至高の担い手』がなければ所詮俺など貧弱な現代人。この世界屈指の筋肉に敵う道理がない!
「もすうううううううッッ!!」
父親の誇りを懸けて寄せてくるナーガスさん!
このまま力任せに押し出されてしまうのか!? 土俵に出て負けてしまうのか!?
いや!
負けるわけにはいかない!
ナーガスさんも父親ではあるが、俺だって今はもう父親なのだ!
ジュニアが生まれ、そしてノリトが生まれたばかりの二児の父!
父は子どもの前で無様な姿は見せられんのだ!
「うおとりゃあああああああッッ!?」
四肢に込められる渾身の力。
ナーガスさんの巨体がほんの少しだけ押し戻された。
「もす……ッ!?」
俺は、もうもはや貧弱な現代人ではない。
この体には『至高の担い手』とは別の新たな力が宿っているのだ。
家庭を持ち、父親となって、守るものができた俺は……。
守るために限界以上の能力を発揮できるのだあああああッ!!
これこそまさに一家の大黒柱の力。
父親の力。
パパのパワー。
名付けてパパパパワーだッ!!
「おんのりゃああああああああッ!!」
信じがたいことに、横綱級の馬力を持ったナーガスさんを押し返す。
この貧弱な、一般人並みの体格を持った俺が。
「もすッ? もすもすもすッ!?」
さすがにナーガスさんも戸惑っているな。
その隙を突き、マワシを取ることができれば『至高の担い手』を発動させて一気に逆転だ!
父親としての意地を見せてやる!
「もすううううううッッ!!」
「なにいいいいいいッ!?」
と思ったら、ここでまた巻き返してきた!?
既に全力だと思っていたナーガスさんがここに来て、さらなるパワーアップ!
……はッ? そういうことか?
俺は、自分が父親であることを頼みにして押し返したが、それは何も俺だけの専売特許じゃない。
相手だって十二分に父親じゃないか。
しかも長子が生まれて二年ほどしかたっていない俺に比べて、ナーガスさんはプラティやアロワナさんを含めて全部で九人の子どもを設け、そのうち幾人かを一人前にまで育て上げた、いわば父親の大ベテラン。
そんなナーガスさんも今日、父親としての沽券を懸けて婿たる俺に挑んでいるのだ。
この人が父親としての力をフル発揮するにたる、この状況。
九人の子どもの父が放つこの力は……。
パパパパパパパパパパパワーだッッ!!
続くッ!