615 ファンが見た異世界プロレス
これは、モモコたちのプロレス興行が始まる少し前のお話……。
* * *
オレは、どこにでもいるしがない魔国の民さ。
日がな一日、馬車を引いて荷物を運び、仕事のあと酒場に入って飲む一杯の酒だけが楽しみ。
単調な毎日の繰り返しだ。
これで彼女の一人でもいれば彩鮮やかにもなろうが、いないものは仕方がない。
それでも何かいい刺激はないかなあ……とあくびを噛み殺す、ある日のことだった。
「格闘興業?」
今日も仕事終わりに訪れた、いつもの酒場。
そこで顔を合わせるいつもの常連客。ソイツらと交わす会話の内容だけが、ほんの少しだけいつも通りではなかった。
「なんか新しくやるらしいぜ。昼間にビラ撒いていきやがったよ」
そう言って酔客が差し出したビラには……。
……え? 何コレ?
実に鮮やかな色彩で描かれた絵が? 絵柄は、二人の女性が組み合って力比べしているようで、しかもその女がほとんど下着みたいな格好で腹も太ももも出しまくり……!?
「…………」
「何食わぬ顔で懐に入れようとするな! とにかく、この格闘イベントとやらがチューケイチの街で開催されるそうなんだよ」
チューケイチの街。
人間国との国境近くにある大きな街だな。オレも荷物運びの仕事で何度も訪れたことがある。
「へえ、で、見に行こうってのか? たしかにオレの荷馬車は人間を運ぶこともあるけど、飲み友だからって運賃はしっかりとるぜ?」
「それがまだ思案中でなあ。このチラシをよく読んでみなよ」
んんー?
今まで絵に描いてある胸や太ももにばかり目が行って字の方は読んでいなかったが……。
何々……?
『提供、冒険者ギルド』……だって?
「冒険者ギルドといえば!?」
「そうだよ、人族の組織だ。だから当然出場する選手もほとんど人族で、しかも本職は冒険者らしい。つまりは冒険者どもによる人気取りの企てなんだよ!」
「な、なんだってー?」
つまり、どういうことだってばよ?
「冒険者っていうのは、モンスター退治やダンジョン探索するフリーの職業なんだそうだ。オレたち魔国にはないだろ?」
「ああ、モンスター退治もダンジョン探索も魔王軍の兵士さんの仕事だしな」
「それが近々変わってくるらしい。戦争が終わって魔王軍も人員削減されるってことで、これまで魔王軍がしていた仕事も民間に委託できるところはしていこうって流れになっているらしい」
「まさか、ダンジョンの管理も!?」
「そうだ、それで委託先として候補に挙がったのが冒険者ギルドだ。何しろアイツらは人間国でその手の仕事をきっちりこなしているんだからな。受け皿としては完璧ってわけだ」
それを聞いてオレがまず思ったことは、こうだ。
『ふざけるなよ』と。
ダンジョンやモンスターは、オレたちにとって深刻な危険であると同時に、重要な資源だぜ。
そりゃダンジョンから溢れ出すモンスターは怖いけど、ソイツらを狩って手に入れる皮やら肉は、魔国の生活を支えているんだ。
そんな重要なものを他国からの連中が抑えるっていうのかよ!?
「そんな不満を逸らすための興業だろう。現役冒険者を見せものにして人気取り。それで受け入れられる土壌を作ろうって魂胆だ」
すげえ! よく調べてるね!
「生粋の魔族を舐めるんじゃねえぜ! オレたちの土地に人族なんかを一歩も立ち入らせてなるか!」
「そうだよな! オレたちの生活は俺たちが支えるんだ! なんで戦争に負けた人族に、オレたちの土地を荒らされなきゃいけないんだよ!」
「卑劣なる人族の悪巧み、断固粉砕!」
そのためにもチューケイチの街で行われる興業は……!
「「必ず見に行かなければ!!」」
……ほら、あれですよ偵察ってヤツですよ。
敵を倒すには、敵のことをよく知らなきゃいけないからね? そのための研究ですよ。
けしてチラシに描かれた半裸の女性絵に惹かれたわけじゃないんだからね!
* * *
そして見にいってきました。
冒険者主催のプロレス興行。
観戦希望者を乗せて馬車で運んだおかげで、オレにも臨時収入あったわ。
俺自身の観戦チケット代を差し引いても大儲けになった。
それだけ大人数が観戦を望み、本来人間用じゃないオレの荷馬車に乗ってでも見に行ったわけだ。
大人気じゃない?
とりあえず地元の村に戻り、飲み友だち数人と連れ立っていつもの酒場に入った。
テーブルを囲んで座る。
「で……、お前たちどうだった?」
誰ともなしに口火を切る。
「オレは……モモコちゃんがサイコーだと思った! あの子こそ正統派レスラーだろう、パワースピードすべてが標準以上で動きに切れがある! 決勝まで上がっただけのことはあるぜ!」
「いや待て、モモコちゃんの決勝進出には何よりセレナちゃんの助けがあってこそだろう!? タッグマッチなんだぜ! パートナーに恵まれてこそ勝ちはある、そういう意味でセレナちゃんのアシストは最高というべきだろう。まさに理想の女房役!」
「何よりモモコちゃん可愛いものなあ……! 肌に張り艶あるし、おっぱおも大きいし……!」
「魔族のセレナちゃんと並ぶことで肌の白さが一層際立つよなあ、まるで輝くようだぜ……! ああいうのをなんて言うんだっけ? コントラスト?」
「魔族人族の美人が並ぶのがあんなに絵になるなんて、知らなかった……!! 神だ、あれは神の構図だよ……!!」
皆、格闘興業に参加していた選手の一組、モモコちゃんとセレナちゃんのタッグ『ラブリーペア』に首ったけになっていた。
彼女らが一番溌剌としていたからな!!
動きにも表情にも華があって、注目されていた。
何より強いし! 格闘興業なんだから強くなければ生き残れない!
「バカ野郎お前たち! 惑わされるな!」
モモコちゃんたちの話題で盛り上がっているところへ怒声。
テーブルを囲っている酔客仲間の中でも、年長の方の男だった。
「お前たち、今日何しにあそこへ行ったのか忘れたのか? 我らが魔国へと侵攻してくる冒険者ギルドを阻まんと、その動きを偵察するためじゃなかったのか?」
そうだった。
モモコちゃんとセレナちゃんの可愛さについつい忘れてしまった。
しかしこの年配は、初心を忘れず偵察に徹したというのか。年配だけあって思慮深い。
「……そんなワシから言わせてもらえば、今日の試合でもっとも注目すべきはピンクトントンさんだろうが!!」
あ、違った。
年配なだけに好みがマニアックなだけだった。
「た、たしかにピンクトントンも決勝まで上がった猛者だけど……!?」
「見た目的にはなあ?」
全体的に太いし。
「バカ野郎どもが! 太いからいいんだろうが!!」
さすが年配は目の付け所が違う。
「太さはパワーだぞ! 女ながらにあの巨体だからこそ何でも跳ね飛ばして、何でも叩き潰せる! 強いというのも納得だ!」
「いやでも魅力的には……!?」
「魅力的だろう太いのは! 肉感ムチムチだし何より母性がある!」
年配は、ピンクトントンの太ましさにイチコロにされていた。
「いやいや太さの魅力は置いておくとしてもピンクトントンってアレなんだろう? 元傭兵なんだろう?」
「戦争時代は魔王軍とガチでやり合った宿敵と思ったら、さすがにどんなに美人でもなあ」
たしかに、他の冒険者と違ってピンクトントンは経歴がアレだけに直接的な恨みもひとしおだ。
とてもファンとして応援する気には……。
「バカども……、よく聞け……!!」
しかしそれでもピンクトントン推しの年配、執拗に語る。
「たしかに彼女は元傭兵……その当時はビル・ブルソンと名乗っていたが。ワシはそんな彼女と戦場で遭遇したことがある。何しろワシは元は魔王軍の兵士だったからな」
「えええええええッッ!?」
「彼女の殺人タックルを受け、そのケガが元で引退に追い込まれた。しかし恨む気にはなれん! 彼女の全身で体当たりされた瞬間の、痛みだけでない心地よさを知ったら!」
この年配、個人的慕情じゃないか!
その思い出を胸に、熱心にベテラン選手を応援していてくれ!
「しかし……モモコちゃんもピンクトントンも名選手だが……!」
「やっぱりナンバーワン、チャンピオンは……!」
「「「「「ミス・マメカラスだなあ!!」」」」」
満場一致した。
「ミス・マメカラス! 彼女こそリングの女王に相応しい風格だぜ!」
「大岩を打ち砕いたパフォーマンスにも驚愕したが、全身から放たれる高貴なオーラが麗しい!」
「きっとあの覆面の下にはお姫様のような素顔があるに違いない! それをあえて隠すミステリアスさも魅力!」
「知ってるか? あのミス・マメカラスは食糧不足の辺境へ、物資を支援したことがあるらしいぜ!」
「なんという高貴なる者の振舞い!? マメカラスはリング上だけでなく世界の女王たりえる器なのか!?」
こうして試合を見終わったオレたちは、試合を彩った美人選手たちの虜となって、彼女たちを語る話題が尽きなかった。
他にも元魔王軍の殴り込み、バティとベレナタッグや納豆塗れの天使タッグ、皆でパンドラをコキ下ろす話題もあったが、さすがにキリがないのでここで区切りにしておくぜ。
ただ一つ言えることがあるならば……。
……次の興業が決まったら必ずまた見に行く!!