614 興業成功
あけましておめでとうございます!
2021年も異世界農場をよろしくお願いいたします!
そうして第一回、異世界プロレス興行は大成功裏に幕を閉じたわ。
トーナメント決勝戦は急遽、謎の悪役レスラー・パンドラの乱入によってぶち壊し。
元から出場していた正統レスラーが一致団結して迎え撃つという新たなアングル(筋書き)が組まれた。
まずは私がドロップキックで突入し、パンドラとの激戦を繰り広げた途中からタッグパートナーであるセレナちゃんも参戦。
さらに決勝戦で戦うはずだったピンクトントンさんも応援としてリングに上がり、最後にはミス・マメカラスの覆面を被ったレタスレート王女まで出てきて皆で袋叩きにすることで、パンドラを撃滅した。
普通に見たら多対一でボッコボコにして卑怯千万、どっちが悪者だかわからない構図だったが、それまでのパンドラの振舞いが余程癪に障ったのか、観客は大歓喜。
憎いアンチクショウを倒すためなら何をやっても許される。
……という雰囲気を全体に共有させることこそ真のヒールなのね。
それだけでなく普通に袋叩きにされても互角以上に張りあえる強さもパンドラにはあったし。
いや滅茶苦茶強かったわよ彼女!?
最初に私がサシでやって、すぐに『あ、こりゃダメだな』って感じ取ったもん。
私も圧倒的な実力差を肌で感じ取れるようにはなったわよ。
だからすぐにセレナちゃんが助けに来てくれたし、それでも足りないからピンクトントンさんも加わってくれたけど抑え込めるとは思えず、最後にレタスレート様が出てくることでやっと勝算が取れたのよ。
というかレタスレート様が一人でボコボコにしていたような感じだったけれど……。
私はこの異世界にやってきてかなり強くなったつもりではあったけれど……。
越えねばいけない壁はまだまだたくさんありそうね。
それを知れたことも本イベントの意義だったわ。
全試合が終了して、席から立って帰っていく観客の顔にはいずれも満足の色が浮かんでいたわ。
これがピンクトントンさんやレタスレート様が言っていた『お客様を楽しませることが大事』ってことなのね。
しかも会場出口には、今回出場したレスラー全員が並んで握手をするというサービスまで実施されたわ。
一番人気はもちろん覆面を着けたレタスレート様で、長蛇の列を作って皆が王女様(秘密)と手を握り合っていたわ。
それに次いでピンクトントンさんも大人気で、三番手は何故か私。
私にもファンがついてきた!?
『え?』『なんで?』と思ったけれど決勝まで上がったんだから当然か?
レタスレート様が老若男女問わず。
ピンクトントンさんが、戦場帰りの年配男性や、同性の婦人に人気が高いのに対し、私へ握手を求めに来るのは若い男性が多かった。
あと一応パンドラも並んでいたけど、皆から石を投げつけられていた。
そんな感じでファンとの触れ合いも忘れず、一部の隙もない進行で異世界プロレス興行は大成功だったのよ。
その夜は、成功を祝して皆で打ち上げをしたわ。
カンパーイってグラスをぶつけ合って『ハーッハッハッハ』と豪快に笑いながらビールを飲んでいたわ。
私はまだ未成年だから麦茶を飲んだけど。
隅ではパンドラも豪快一気飲みしながら……。
「何で私がこんなところで酒を……? 大体、昼間のアレは何なの? 世界の支配者たるパンドラ様に罵声を浴びせた上に、石まで投げつけて……!?」
「ありがとねパンドラちゃーん! アンタがすべての泥を被ってくれたおかげでイベントも大成功で丸く収まったわよー! やっぱり持つべき者は根性ひん曲がった捨て駒ねーッ!」
やけ酒中のパンドラに、覆面を脱いだレタスレート王女が絡む!
「馴れ馴れしく触れるなッ? 今日の理不尽もお前が謀ったことでしょう!? 私が復活して最初に会ったのがお前なせいで、私は不幸に見舞われまくりよ! どうしてくれるのよ!」
「何怒ってんのよー? フィニッシュホールドを恥ずかし固めで極めたこと? それくらい女子レスラーなら笑って流しなさいよー?」
「言うなあああッ!? 折角忘れようとしてたのにいいいいッ!? あッ! あんな大勢の見ている中で股を広げて……!? ああああああああッッ!?」
恥辱を思い出し悶絶しているパンドラだった。
まあ、あんなヤツに注意を割くのはこの辺にして、私も打ち上げを楽しもーっと。
「セレナちゃんと一緒に飲むのがきっと楽しいわよねー? あれ? セレナちゃんは?」
改めて宴会場を窺ってみてもセレナちゃんの姿はどこにもない。
彼女も今日参加したレスラーとして出席する資格は充分あるはずなのに。
どこに行ったんだろう?
おトイレかな?
気になるから探しに行ってみるか?
……(捜索中)……。
あちこち見回って、外にまで出てやっとセレナちゃん見っけ!!
人気のないところで誰かとお話していたわ!
お話の相手は……ベレナさん!?
数年間生き別れになっていたというセレナちゃんのお姉さん!?
なるほど血を分けた姉妹で積もる話もあるってことね。そういうことなら家族水入らずのところへ水を差しては無粋極まりないから静かに去るぜってなるのがハードボイルドなんだけども……。
他にもう一人いる?
あれは滑らかパンツの作り手バティさん!?
彼女が付き添いってことは姉妹感動の再会を喜び合うの巻ではないってことかしら?
もっと近づいて聞き耳を立ててみるわ!
「……なるほど、姉さんたちはそんな重要な部署に赴任していたのね」
「くれぐれも他言無用よ。あの場所は世界の富のすべてが集約されていると言っていいんだから。でも言いたかったら別に言っていいわよ」
「どっちなんですか?」
一体何の話かしら?
「しかし、まさか姉さんたちがそこにいるなんて思いもしませんでした。聖者の農場は、モモコさんがずっと追い求めている最終目標と言っていい場所。本当にあるかどうかもわからなかったのに……!?」
「聖者の農場!?」
思わぬところで出てきたそのフレーズに、私は思わず反応してしまった。
それにさらに反応して、セレナちゃんベレナさんバティさんの三人が、それぞれに殺気を高める。
「何ヤツ!?」
「盗み聞き!? 行儀の悪い子もいたものね!」
「聞かれたからには生かしておけぬ! 見敵必殺! そりょわーッ!!」
一瞬にして魔法の鎖が私に絡みつき、身動きの取れなくなったところに魔力のこもった拳が迫ってくる!?
まるで巨岩のように大きくなった拳が私の体全体に迫ってくるかのような錯覚!?
「あれ!? モモコちゃんだ!?」
しかしその拳は寸止めされた。
されなかったら私の体全体が砕けていただろうという確信があった。
「いやあの……、セレナちゃんがどこに行ったのかなって探しに来たら……!?」
試合直後『二人は魔法を使わなかったから全然本気じゃなかった』とセレナちゃんが言っていたけれど、魔法を使っていたらこういうことになっていたのね?
たしかにわかった。
もし魔法を使われていたら私たちの方が秒でノックアウトされていた!
私たちはルールに守られていたのね!?
「モモコさん……今の話を聞いてしまったのですね?」
「そうよ!? アナタたち『聖者の農場』って言わなかった!? 聖者は実在するのねやっぱり!?」
勇者として召喚された私が、人間国のために戦い……。
その人間国が滅びたあと、私の第二の目標として長く追い求めることになった『聖者キダン』。
その聖者が住むという、聖者の農場。
その手掛かりが思わぬところに!?
「……聖者様は、一般社会から遥か隔絶された秘境に住み、俗世との交わりを断っているの。戦争などといった俗耳に関わることなく静かに暮らすことを望まれているのよ」
「だからもしアナタが、人間国の復活を聖者様に願い出たとしても、聖者様は聞き届けてくださらないわ」
人間国の復活……。
たしかに、それを求めて聖者を探した時期もあった。
しかしその旅路の途中、様々な出会いがあって、人間国が滅びてしまった今の方が皆穏やかに満ち足りて暮らせているということがわかった。
再び世の中が乱れるきっかけになるぐらいならば人間国は復活しない方がいいわ。
けれど、私はこれまで抱えてきた志を最後まで貫き通すために聖者の農場に辿りつきたい。
「教えて! どうすれば聖者の農場へ行くことができるの!?」
「お望みなら連れてって上げるけど?」
「あっさりッ!?」
「ベレナの転移魔法で一瞬のうちに行くことができるわよ」
「もっとあっさりッ!?」
ええええ……ッ!?
ちょっとあっさりすぎるのもそれはそれで……!?
一応私の生涯目標に定めた場所へ行くには、もう一山二山越えて皿に一波乱ぐらいあるものじゃないかなと……!?
「大丈夫なの? 聖者様本人に断りもなく部外者を連れてきてしまって……!?」
「大丈夫でしょう? 最近とみにユルくなってるじゃない、あそこの出入り?」
そういうものなの!?
どうしよう!?
このチャンスはいわば偶然。このまま見過ごしたら二度と美味しい状況は巡ってこないのかもしれないし。
かといって、そんな簡単に目的達成してしまうのも……!?
「……では、こういうのはどうかしら?」
「レタスレート様!?」
いつの間にかレタスレート様まで人気のない外に!?
酒の肴のアタリメをクチャクチャさせる表情がなんかワルっぽい!?
「リングで私と勝負して、勝つことができたらセージャのところへ案内してあげるわ。チャンピオンベルトの副賞よ。魅力的でしょう?」
「なんですって!?」
まさかレタスレート様も聖者と何か関係が!?
考えてみれば戦犯として処刑されたはずの王女様が今までどこにいたかと考えてみたら、世間の目に付かないよう余程上手く隠さなきゃ大騒ぎになるはず。
さっき聖者の農場は『一般社会から隔絶されたところにある』と言われてたじゃない。
表向き処刑されたお姫様を隠しておくには打ってつけの場所。
「わかったわ、私アナタに挑戦するわ!」
今回の興行でもう一つわかったことは、レタスレート様の強さは本物だということ。
勇者である私よりも遥かに強い!
お姫様なのになんで!?
「しかしそれは、越えるべき壁としては充分ということ! 必ずアナタをリングで倒し、聖者の農場への道を切り開いてみせる!」
「モモコさん、私もお付き合いしましょう」
セレナちゃん!?
「私も今ではモモコさんのパーティメンバーです。仲間の手助けをするのはパーティなら当然のこと。一緒に戦いましょう!」
「ありがとうセレナちゃん! 私とセレナちゃんの二人で、まずはタッグのタイトルを総舐めね!」
固い握手を交わし合う私たち!
俄然やる気が湧いてきたわ!
「クックック……、これでモモコ、セレナの花形タッグが安定して試合に出る状況が確保されたわ……。格闘団体が世界中を席巻する足掛かりになったわね……!」
なんか不敵に笑うレタスレート様。
「レタスレートさん……、すっかりプロモーターが板について……!?」
「陰謀を巡らせる姿が却って王族っぽいというか。まさかそんな方法で再び世界に影響力を及ぼすとでも……!?」
とにかく聖者の農場への道筋がハッキリ見えて、やる気に燃えるわ!
見ていなさい! すぐにレタスレート様をリングに沈めてチャンピオンベルトを獲得して見せる!
……え? 冒険者の活動は、って?






