613 もっともヒールが似合う女
「本当はね、私がヒールになるのが当初の予定だったのよ」
レタスレート王女が脱いだ覆面を手先で弄んでいる。
「嫌われ者はもう慣れっこですからね……」
「お姫様元気出して、元気!」
「そのためイベントに先んじて各地をドサ回りし、顔と名前を売って、その上でヒールとしてのヘイトも溜めた上でスター選手に倒されればイベントとしても大成功と思っていたんだけどね……!」
しかしそうはならなかった。
地方巡業の結果、何故か覆面を被ったお姫様は人気者になって帰ってきた!
それはセレモニーでの大歓声が何より証明している。
「どうしてああなったのか……!? プロレス巡業のついでと思ってやった豆のプロモーションが私の好感度まで稼いでしまったのかしら? 豆は本当に偉大ね……!」
お姫様、何故こうまで豆に心酔を……!?
「筋書きとしては、ヒールで大ボスとしての私がチャンピオンの座で待ち受け、勝ち上がってきたピンクトントンさんなりアナタなりにぶちのめされたらお客様大喜びでイベント大成功! ……だったのに目算が大きく狂ったわ」
「いまやお客さんは姫……じゃなく覆面ミス・マメカラスの大活躍を見に来たんですからね。これが敗北でもしたら大ブーイングだわ」
ピンクトントンさんも困ったように呟く。
「だからこそ筋書きに変更を加えて、逆にヒールがチャンピオンに挑む構造にすべきだと思っているのよ。その場合は決勝の時点でヒールが勝ってお姫様に挑戦するという段取りができていないといけないわ」
「それってもしや……!?」
「そう、私がヒールになるわ!!」
宣言するピンクトントンさん。
そんな! 彼女は団体の代表なのに!?
「私は元々傭兵で、魔族を敵に戦ってきたわ。何年もの間。だから潜在的なヘイトは厚いと思う。そこを刺激すればすぐさま立派なヒールの出来上がりよ!」
「ダメよ! アナタは代表として団体を引っ張っていかなければいけない。そんなアナタに汚れ役をさせるわけにはいかないわ!」
「いいえ、アナタのように輝くスター性を持った逸材にヒールを押し付けようとしたことが間違いだったんです! その責任を取るためにも、私が!」
「いいえ私が!」
「いや私が!」
「それでも私が!」
一歩も譲らず『私が』『私が』と主張し合う、レタスレート王女とピンクトントンさん。
自分が泥を被ろうという犠牲の心が悲壮ではあるものの……。
私はこの流れに恐ろしさを感じるより他なかった。
だってホラ、『私が』『私が』って言い合って、私一人何も言わなかったら私こそ正真正銘の悪者みたいじゃない?
それに耐えきれず『じゃあ私が……!?』なんて恐る恐る言おうものなら『どうぞどうぞ』ってなるに決まっているのよ!!
知ってるもんこの流れ!
だてにバラエティ好きじゃないのよ! しまった、出遅れてしまったがために最悪のポジションに取り残されてしまった!
私だって嫌よヒールなんて! 私勇者なんだから!
いつでも称賛される存在のはずでしょう勇者って!?
そんな私がヒールなんて……!? でもこの一対二という最小範囲で最大限の同調圧力を発揮する構図に、抗うことができない。
「わかりました! 私がやります!」
こうなったからには全力で主張するのが、せめてもの抵抗よ!
さあ来るがいいわ!『どうぞどうぞ』と。
「「それはダメ」」
「ええええええええええええッッ!?」
まさかのボケ外し!?
鉄板ネタなのに、こんなまさかの展開があるのね異世界って!?
「ダメよモモコちゃん。アナタをここでヒールに落ちぶれさせるわけにはいかないわ」
「私たちは、アナタを見た途端ビビッと来たのよ。アナタはいずれ必ず最高のスター選手になるって」
そうなんですか!?
「アナタは魔族のセレナちゃんと仲よくしていて、今回のイベントでもタッグで出場したわ。そんなアナタだからこそ、これから目指すべき『人族と魔族の融和』というテーマの象徴になってくれるでしょう」
「その上、強いし見た目もいいし、こんな逸材を悪者にして無闇に否定できないの!」
は、はあ真面目に考えてるんだなあ……!?
ちなみにその私と仲良しのセレナちゃんは別室で、ホルコスフォンさんと納豆談議に花を咲かせています。
「でも、イベントを成功させるにはヒールはやっぱり必要不可欠じゃないんですか?」
「問題はそこなのよねえ。やはり私が火中の栗を拾いに行くしか……!」
話が堂々巡りになりかけたその時だった。
「こうなれば、あの切り札を使うしかなさそうね」
レタスレート王女様が何かしら呟いた。
「箱を開けることになるなんて、出会いとはわからないものね……!」
* * *
そして数分後のリング上に……。
箱が置いてあった。
何あの箱?
木組みで出来た見るからに頑丈そうな箱で、体積は、丸まりさえすれば人一人すっぽり収まりそうなくらいにある。
その大きさ、様相から見てパッと見の印象は……。
宝箱!
観客さんたちも、これから決勝戦が始まるとばかり思っていたのに、唐突に宝箱を見せられて戸惑いが上がっている。
これは覆面マメカラス……の正体が判明したレタスレート王女の仕掛け?
一体あの宝箱から何が出てくるというの?
……出てくるわよね?
そういう仕掛けよね!?
「開いたああああああッ!?」
ギギギギギ……、と木の軋む音を上げて宝箱の蓋が開く。
そして中からは……人が出てきた!?
女性が一人!
しかもけっこう若くて綺麗だわ!?
一体どう言う演出!?
「……くっさ、誰よ私の箱の中に腐った豆を詰め込んだのは? 臭いっつーの! 吐き気がするっつーの! ゴミだわこれマジで!」
開口一番、何と口汚いことか。
舞台袖で見守っている私たちの傍ら、レタスレート王女がなんか必死で引き留めている。
「待ってホルコスちゃん!! 納豆を貶された怒りはわかるけどアイツを誅するのは他の人の役目よ! ホルコスちゃんが飛び出すと筋書きが変わっちゃうから、ここは抑えて!!」
レタスレート王女が引き留めていたのは、私たちが二回戦で戦った天使さんではないか!?
眼光が殺し屋みたいになってるわ!?
『完全にトサカに来ちまったよ』って感じだわ!?
そしてリング上では、あの箱から出てきた女の人が依然としてやりたい放題だわ!?
「はーん……? 今度目覚めた場所はやけに人が多いじゃない? こんなにウジャウジャとまるで虫ね?」
イラッと。
苛立たしげな感情が観客席から湧きたつ。
まだ僅かな程度でしかないけれど。
「ちょうどいいから告げてあげるわ。私はパンドラ。この世界でもっとも美しく、もっとも強く、神からあらゆる価値あるものを無数に贈られた最強無敵の女……。お前たち下賤の凡人とはまったく違うということよ」
イライライラ……ッ。
観客席から更なる苛立ちの感情が立ち昇る。
「この私こそ、この世界の支配者に相応しい。お前たちは私の奴隷となるのが相応しい虫けらよ。私に仕える幸福を与えてあげるから、能無しは能無しらしく何も考えずに従いなさい。私は最高! お前たちは最低! それこそが絶対の摂理!!」
イライライライライライライライライライラッ!!
あのパンドラとかいう女に言いたい放題言わせて、会場の苛立ちが頂点に達している。
「今よモモコちゃん! リングに突入するのよ!!」
天使を羽交い絞めにしつつレタスレート王女、言う。
「感じているでしょう会場のボルテージを! ここが臨界点よ! 今あの女に一発食らわせればお客様は大喜び。逆に今を逃したら暴発必至よ!」
「ええと、私がやっていいんですか!?」
「もちろんよスター選手! しっかりやりなさい!」
レタスレート様の気遣いを無駄にはできない!
私は舞台袖から駆け出し、花道を一直線にひた走り、一っ飛びでリングに飛び乗って、パンドラの後頭部にキック!!
「ぐほんッ!?」
ドロップキックが見事に決まったわ!
会場からは割れんばかりの拍手喝さいが巻き起こる!
完全にレタスレート王女の読みがハマったわ!
しかしこの女パンドラ。
箱から出てきて一分と経たずに会場全体のヘイトを自分に集中させて雰囲気を支配してしまうなんて。
よっぽどヒールが性に合ってるとしかいいようがないわ!
まるで生まれついてのヒールね!
本年の更新はこれで最後になります。
今年も皆さまのご愛読のお陰でまっとうすることができました。また来年もよろしくお願いいたします。






