609 姉妹対決
引き続き勇者モモコでっす。
『セレナちゃんのお姉さん』ことベレナさん。
『裁縫職人のお姉さん』ことバティさん。
リングに上がった二人は、それゆえに女子レスラー用のリングコスチュームに身を包み、健康的エロチックな格好だった。
ベレナさんは青、バティさんは紫を基調にした衣装で、コスチュームなだけに露出度が高く色っぽい。
年上ゆえの、私やセレナちゃんにはまだまだない豊満さがはちきれんばかりだった。
そして……。
驚かされたのは見た目の色っぽさだけじゃない。
実際にバトルが始まって、その圧倒的な実力にただただ驚かされる。
「セレナちゃん! タッチよ! タッチして!」
「うぐぐ……!?」
セレナちゃんのお姉さんコンビは想像以上の強敵だったわ。
動きは俊敏。
その上にこっちの動きを読んで常に先回りしてくる。
二人の息も合っていて、巧みにレフェリーの目を盗みながらコンビネーション攻撃。
リングで戦うセレナちゃんをじわじわ苦しめていく。
「くっそう、リング中央で戦わないでよ! タッチできないじゃない!」
プロレスのタッグマッチは、基本交代制でパートナーが戦っている間は外で待機していないといけない。
交代するにはタッチしないといけないのにヤツらそうさせまいと私から離れた場所で戦っている。
「位置取りが上手い……、考えて戦っているから?」
「元勇者のモモコ……、神から強いスキルを貰い、相当地力に自信があるみたいね。だからこそ今まで力押しの戦い方ばかりで勝ってこられた」
!?
あの人たち私のことを知っている?
ついこの間会ったばかりなのに?
「対戦するかもしれない相手を調査するのは戦いの基本よ。四天王補佐の職務にはそういうのも含まれてたわね」
と言いつつセレナちゃんのお姉さん。
ボディスラムでセレナちゃんをリングに叩きつける。
「ごぼっほ!?」
容赦ない!?
たとえ姉妹であったとしても手心など加えないのが魔王軍人の厳しさなの!?
「よくもやったなクソ姉! やられたらやりかえす!」
「きゃああああッ!? 太ももに噛みつくな! 反則反則!」
……いや、あれはただ単なる姉妹ゲンカの延長なのかもしれない。
「歯形がつく歯形が! バティ、タッチ!」
「オーケイ!」
タッチを受けてロープを飛び越えるタッグパートナー。
あれはしっとり滑らかパンツを作ってくださる仕立て屋さん。
彼女戦えるの!?
「おりゃー! 吹っ飛べゃーッ!」
「ごろえぶッ!?」
凄い交代するなりドロップキックをかましてセレナちゃんを吹っ飛ばした!?
ロープ際に追い詰めて、そこからさらにチョップ! チョップ! チョップ! チョップ!
なんという猛烈な連打!?
ただ強いというだけでなく、その激しさに身震いすらする。気炎万丈!?
あのタッグ、どちらをとっても恐ろしい相手だわ!
「はッ、感心してる場合じゃない!」
セレナちゃんを助けないと!
ロープ際なのが幸いだわ!
コーナー外からロープを伝って……、ぐおりゃーセレナちゃんを苛めるなー!
「むきゃー! しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃッ!!」
うわー怖い!
反撃したのに怯まないなんなのこの人!?
とてもこんな素晴らしい衣装を作り上げる裁縫職人さんには見えないわ!
「バティさんを侮ってはいけません……!」
やっと自軍コーナーまで救出できたセレナちゃんが苦しそうに言う。
でも首元辺りを散々チョップされて息もしんどいんじゃない?
「彼女もかつては四天王補佐。そこまで上り詰めた魔王軍人はいずれも何か煌めくものを持っています。バティさんもそう……」
「それは、裁縫の腕前!?」
「いや、それはさすがに軍事向きではないので……!? 魔王軍にいた頃のバティさんは、納得できなければたとえ相手が上司だろうと臆することなく噛みついてきたとか。敵に対しては言わずもがな。逃げる背にまで執拗に食らいつき、敵味方を恐れさせた……」
そりゃ、そんな見境なしの人がいたら、たとえ味方であっても嫌だわ。
「その凶暴性をアスタレス様に見出され、徹底的に調教されるまで誰もその獰猛性を制御できなかったという……」
「調教言うな!」
「実際そうでしょう。そのあまりの獰猛さからついたあだ名が『魔犬』バティ……!」
あんなに綺麗で丁寧な服作りをする人が、戦場ではそんなに激烈な振る舞いをするなんて……。
やっぱり戦いって恐ろしいものなのね!
「アスタレス様の副官に選ばれた者はいずれも曲者揃いの精鋭揃い。そんなエリートに我が姉ベレナが選ばれたのは本当に意外でした。何故なら例えばバティさんが『魔犬』などという狂猛な二つ名を持っているのに対して、我が姉がなんと呼ばれていたか……!?」
な、何て呼ばれていたんです?
「『真面目だけが取り柄』のベレナ!」
……。
……うん、真面目はいいことなんじゃないかな?
世の中真面目な子が最後に報われるようにできてたらいいなあ……。
……といつも思ってるんですよ?
「……ふッ、まだまだ甘いわねセレナ」
向こう側のコーナーからお姉さんが不敵に笑う。
「あれからどれほどの月日が流れたと思っているの? 人は、時の流れと共に成長するのよ。この私も新天地でもがき足掻いて、成長の末に新しい二つ名を頂戴したのよ!」
「なんですって!?」
「私はもはや『真面目だけが取り柄』のベレナではない。よく拝聴しなさい。私の新しい二つ名は……!」
二つ名は!?
「『自称無能』のベレナ!!」
……。
「あのそれ、蔑称とかではなくて?」
「違うもん! ちゃんと自称ってついてるでしょう!?」
まあ、自称なら真実無能ではないのかもしれないですが……!?
どういう意図でつけられた異称なのか判断がつきかねるなあ。
上げられてるのか下げられてるのか?
少なくとも異常に奥ゆかしい人だということだけはハッキリしている。
「とにかく私たちは、アナタたちより一歩も十歩も先を行っているのよ。姉より優れた妹はいないということを、その身でたしかめればいいわ」
「ぐぬうううう……! 姉さんのくせに……!」
たしかにあの二人は強敵。
私たちより年上と言うアドバンテージを万全に活かし、年少の私たちを完封している。
つまりそれは、これまで積み重ねてきた年月を一秒漏らさず血肉に変えているということ。
漫然と過ごした日々はなく、時間のすべてが意味ある経験に変わっている。
これがベテラン。
たとえ試合と言えども、このベテランたちに経験値で劣る私たちが勝つのは容易なことではない。
でも、諦めたりしないわ!
私たちは優勝し、あの覆面女と戦うって決めたんだから!
* * *
「勝ったー!!」
何やかんやで勝った。
予期せぬ逆転大勝利。
試合の九割は一方的にボコボコにされてたんだけど、終盤になって急に相手側の攻めが緩んできたのでここぞとばかりに逆襲。
最後にコーナーポストからポーンと飛んでお尻から落ちてやりました。
下敷きにされたバティさん『ぐふぇッ!?』って言ってた。
そのままフォールしてカウントスリー。
見事鮮やかな逆転勝利。
これこそプロレスという感じだった。
「やったわねセレナちゃん! お姉ちゃんに勝ったよ!」
「は、はい……!」
なんとかウィナーとなった私たちだけれど、パートナーであるセレナちゃんは浮かない顔……。
「姉さんたちは結局、最後まで本気ではありませんでした。姉さんは魔法こそが得意なのに一切使いませんでしたし……」
そりゃあプロレスで魔法使ったら明らかに反則だし。
口から火を吹く程度なら問題ないかもだけれど。いや厳密には反則だけど。
「バティさんだって今は現役を退き、仕立て屋さんとして頑張っているのだから現役の私がここまで押されるのは本当はあってはならないことです。私も、モモコさんと一緒にダンジョンに挑戦し、相応の実力をつけたつもりだったのに……」
勝ちながらも反省が深いセレナちゃんは偉いなあと思った。
「よくやったわねセレナ。前に会った時から格段に強くなったわ……」
そう言って優しく寄り添ってくるセレナちゃんのお姉さん。
向こうが負けたはずなのに汗一つ掻いていない。
「アナタのような有能な仕官が残っているなら魔王軍は安心ね。私も今の任務に集中できるわ」
「っていうか、本当に今何をしているんですか姉さんは? 実家ではアナタの存在感が薄まりすぎてついに自分を透明にする術を会得したとか言われてるんですよ?」
「マジかよ……!?」
衝撃を受けるお姉さん。
この家族、実は仲が悪い?
「とにかく、今まで何をしていたか話してもらいますからね! 秘密任務だとしてもある程度話せる情報がないと姉さんの存在自体が家の恥になるんですよ!」
「すべてはこのイベントが終わってからねー」
上手く逃げられた。
そうだわ、一度の勝利に酔っている場合じゃなく戦いの全体はまだ終わらない。
何しろこれはトーナメントなのだから。
最後まで勝ち抜いて、あの覆面女に挑んで見せるわ!