604 勇者モモコ再登場
私は勇者モモコ。
え? もう勇者じゃないだろうって?
人間国が滅び、庇護を失った私はもはや勇者を名乗ってもただの自称。
勇者って国から認定されるものらしいから。
少なくともこの世界では。
じゃあ人間国が滅びてから、お前は今まで何してたかだって?
そりゃ色々あったわよ。
人間国が敗戦したことで、今まで勇者だった私が一夜にして戦争犯罪人に様変わり。
魔族に追われて転々とする逃亡者の日々。
それでもまあ何とかなって追われる日々にピリオドは打ったけど。
しかし勇者として国からお手当貰えることもなくなった。
自分の食い扶持は自分で稼がにゃあということで私が選んだ職は冒険者。
ダンジョン攻略やモンスター退治するとお金が貰えるのよ。凄い。
ということで腕に覚えのある私は即刻冒険者になることを決めたわ。
そこからは冒険三昧の日々よ!
ダンジョンを攻略したりモンスターを倒したり。
新しい仲間と出会って絆を深め合ったり、あと悪の組織と戦ったりもしたわ!
冒険の醍醐味ね!
だからといって当初の目的も忘れていないのが勤勉な私らしさよ!
聖者の農場を見つける!
かつて戦場で見たドラゴンの主、聖者が住むという農場に行けば、どんな望みでも叶うというのよ!
かつては聖者に頼んで人間国を復興してもらおうと思っていたけれど、冒険者に転身してから旧人間国の腐敗事情を目の当たりにして、考えを改めるようになったわ。
同じように人間国復活を目論む人たちが、テロリスト同然の行いで迷惑をかけるのも見てきたし、義心を振るって対立したりもした。
あんな悪人をのさばらせてしまうぐらいなら人間国は復活しない方がいいわ。
それでも私は聖者の農場を目指す。
だって最初に決めたことだから。初志貫徹が私のモットーなのよ。
それに人智を越えた聖者の下に行けば様々な願いが叶うというので、目指しといて損はないと思うわ。
今現在、私はパーティの仲間と共に『聖なる白乙女の山』というダンジョンを攻略中よ。
旧人間国どころか、世界最大と謳われるこのダンジョンの主は、グラウグリンツドラゴンのアレキサンダー様。
世にいるドラゴンの中でもっとも偉いらしいアレキサンダー様に聞けば、聖者の農場がどこにあるかわかるかもしれない。
そんな理由から奮ってダンジョン攻略中なのよ私たち。
でもまだダンジョン制覇には至らないけれどね。
でも今日こそ最後の階層まで行きついてみせるわ! レッツアドベンチャー! と意気込んでいたところへ来客があったわ。
出鼻を挫かれたわね。
* * *
訪ねてきたのはS級冒険者のブラウン・カトウさん。
私と同じように異世界から召喚された人で、一旦は勇者として戦場へ送られたものの、能力が向かないということで戦線離脱。
私たちよりずっと早い時期から冒険者として活躍してきたんですって。
それでもS級冒険者になるには並大抵のことじゃないんでカトウさんはとっても凄い人だって今ならわかるわ。
私も頑張っているけど、まだまだB級どまりだし。
カトウさんは、私が冒険者を始めたばかりの時ピンチを助けてくれて、それ以来よくお世話になっているのよ。
先輩冒険者としてめっちゃ頼りになる人なの!
そんなカトウさんの方からお願いがあるっていうんなら、聞いてあげなきゃ人道に反するわよね!
ん? お願い?
カトウさんから私にお願いがあるなんて珍しいわね?
「正確には僕からのお願いじゃなくて、とある別の人からのお願いなんだけどね」
「別の人?」
なんか回りくどい言い方ね?
本腰据えた話になりそうだし、これはもう今日のダンジョン攻略は中止にしないとかな?
「ピンクトントンさんからだよ」
「ああ、あの人……」
知ってるのかって?
そりゃあ知っているわよ有名人だもの。
この世界にたった五人しかいないS級冒険者の一人。要するに冒険者の最高峰に君臨する人なのよ!
しかも前歴が傭兵で、人魔戦争の時代には最前線に立って魔族と戦っていたこともあったんだって。
私の経歴も似たようなものなので、間接的にお世話になったことも何度かあるのよね。
今の冒険者業界では戦争が終わって転職した元兵士や傭兵がたくさんいるから、そういう人たちがスムーズに冒険者できているのもピンクトントンさんが代表者してるからだって、酒場のオジサンが言ってたわ!
「そんなピンクトントンさんの助けができるなら喜んで協力させてもらうわ! 何でも言ってちょうだい!」
「やったあ、今『なんでも』って言ったね?」
え? 言ったけど?
あくまでできる範囲、常識的な範囲でね?
「実は、ピンクトントンさんが格闘団体を立ち上げることになってね」
「なんで?」
なんで冒険者が格闘団体を立ち上げるの?
そこから謎なんだけど?
「こないだ、あるイベントで偶発的に行われたセメントマッチが思いのほか好評でね。興業として正式に進めようという話になったのさ」
「はー」
なるほど、わかんないわ!
「とはいえピンクトントンさん一人だけじゃ興業として成立しないから、派手にやらないとだから、もっと数を揃えようということになったんだ。プロレスとして成立するだけの強さとタフさと、スター性を併せ持った人材がまとまった数欲しいんだよね」
「今、プロレスって言った?」
知っているわよその言葉。
私がこの異世界に召喚される前、ちらっと小耳にはさんだ覚えがなくもない、気がする。
「そう、彼女がやろうとしていることにあえて名前を付けるなら、女子プロレスと呼ぶのがもっとも相応しいね。異世界からやって来た僕たちだからこそ言える、知識の合致さ」
そっかー。
でもホラ私、女の子だから。プロレスとかまったく知らないのよねー。
そもそも格闘技全般に興味がない。
「冒険者ギルドとしても、これから規制緩和されて魔国ダンジョンへ進出するにあたり、向こうの方々に受け入れてもらえるように施策すべきだという意見があってね」
「それでプロレス?」
「まず実力派の冒険者をプロレス選手として、魔国各地で巡業させて知名度を上げる。そうしてファンを獲得していったら本業の冒険者として魔国ダンジョンに入る時も歓迎されやすいだろう?」
はへー。
冒険者ギルドって色々考えるのねー。
そういえばギルドマスターが代替わりするとか言ってなかったっけ?
JKの私はニュースとかまったく興味ないんでよく知らないんだけど?
「シルバーウルフさんがギルドマスターに就任することで、色んな事が加速度的に動き出していくよねー。前から思ってたけど働きすぎだよね彼」
「えッ? 新しいギルドマスターってシルバーウルフさんなんですか? S級冒険者の?」
「そうだよ。一匹狼気取っているけど、とんだリーダー気質だよ。元々オオカミは群れを作る動物だしね」
「ほへー」
あのワンちゃんな人、一回モフモフしてみたかったんだけどなー。
「てなわけで本題として、モモコちゃんにプロレス団体に所属してほしい! そして異世界プロレスをしょって立つスター選手になってほしいんだ!」
「そこまで!?」
カトウさんの私に対する期待値が想像を遥かに超えていた!?
「ちょっと待ってくださいよ! プロレスやることはいいにしてもスターは荷が重すぎますって!」
「いいやそんなことはない! モモコちゃんみたく実力と可愛さを兼ね備えた女の子は中々いない! キミならばどんな相手と戦おうとも連勝街道驀進できるし、その可愛さでファンを鈴生りに取り込めようぞ!!」
「可愛さ!?」
「そう可愛さ!!」
「私って可愛い!?」
「そう、可愛い!!」
仕方ないなああああ……!
『可愛い』なんて、こっちの世界に召喚されてからそんなに言われたことなかったし、そこまで言われたら引き受けないわけにはいかないわね。
女子高生だって、おだてられたら木に登るのよ!
やってやろうじゃないの、この女子高生勇者モモコ!
女子プロレスでだって異世界の頂点に立って見せる!
「いやよかった……、キミにまで断られたらどうしようかと……!?」
「あれ? もしかして私の前にもいくらかオファーしたっぽい?」
私が一番じゃなかったんだ?
「こっちの世界でプロレスって言ってもなかなか理解してもらえなくてね。さすがに今までなかった概念だから」
「冒険者ってそもそも用心深いところがあるから、得体の知れないものにはまず警戒しますよね」
少なくともこの世界ではそうなのよ。
用心深く危険をたしかめる者だけがダンジョンから生還できるのよ。
「その点、モモコちゃんは快くて助かったよ? 女の子だからプロレスには馴染みがないと思ってたんだけど……?」
「私も前の世界でプロレス観戦したことなんてなかったけれど。プロレス漫画なら読んだことあるから。ほらあの、ジャ〇プに載ってた……」
「ああ、あれね。有名だからね」
「ザ・モモ〇ロウ」
「そっちッ!?」
いやだって。
私の名前がモモコじゃない?
同じ『モモ』繋がりだなってことで気になって、偶然古本屋さんで見かけたのを手に取ってしまったのよね。
とっても面白かったわ。
私自身がプロレスに挑戦する時は、その知識をフル活用して臨むことにするわ。






