603 新団体立ち上げ
こうして卒業試験について何一つ決まらないまま、手と時間をこまねいていた。
そしたら農場外から来客があったので、そちらの件はいったん棚上げ。
応対に専念することにした。
そして一体誰が訪ねて来られたかというと……。
「元気ですかー?」
S級冒険者のピンクトントンさんだった。
獣人族でイノシシの因子を持ち、多少ブタっぽい潰れ鼻なものの全体的には気立てのよさそうな田舎美人の顔立ちをしている。
元傭兵の経歴を証明するようにガッシリした体格で、男と比べても遜色ない逞しい手足。
あの丸太のような腕でラリアットしたら首がへし折れるかと思えるほどに太い。
そんな重機もかくやと思わせる剛健ボディながら、それでも性別を誤認しないのは女性としての特徴が際立ったナイスバディなせいだろう。
めっちゃおっぱい大きい。
ただ強いだけでなく、女性としての華やかさも持ち、しかも人懐っこい。
それらすべてを兼ね備えたがゆえに傭兵から冒険者に転職して僅か一、二年の短期間で、S級まで上り詰めることができたのだろう。
彼女のS級昇進は、戦争終結によって職を失った傭兵が大量に冒険者業界へと入り、それによる混乱を最小限に抑えるために打った対策の一つであったという。
つまりS級冒険者の中でも多分に政治的な存在である、と。
彼女の存在が、かつて傭兵であった転身冒険者をまとめ、他との軋轢を最小限に留めている。
ある意味で、もっとも重要なS級冒険者でもあった。
そんなピンクトントンさんが、一体何用で農場へ訪れたのか?
「ついに団体立ち上げですよッ!」
「…………?」
え?
どういうこと?
「格闘団体の立ち上げでっす!」
アナタ冒険者ですよね?
しかも最高位S級の?
それが何で格闘するんですか? しかも団体まで立ち上げて?
団体ってことは、アナタの他に何人も格闘する人がいるってことですか?
冒険者なのに?
冒険者なのにッ!?
「きっかけは……、竜の王様のお城で行われたグラシャラさんとのセメントマッチです」
「ああ、あれ……!?」
思い返せば実に突発的な出来事だったなあ。
本来は冒険者として、ダンジョン攻略競争をする場であったはずなのに、何故かピンクトントンさんと魔王妃グラシャラさんとの真剣勝負が勃発した。
原因は、何でも最強傭兵、魔王軍四天王とそれぞれ前歴のあるお二人がライバル関係であることに端を発したらしい。
突発的に行われた真剣勝負は、メインイベントが霞んでしまうほど大盛り上がりし、結果的にイベント全体の大成功に繋がった。
今となってはいい思い出だ。
「あれをヒントに考え付いたんです。ああいう風に戦いの様子を見世物にして興行すれば、大儲けできるんじゃないかと!」
「ああ」
「その思い付きを実行するために私は、あらゆる方面に呼び掛けついにあるべき形が見えてきました。世界中あちこちを巡業し、会場に客を呼んで、見やすい高い位置に闘場を作りそこで行う肉弾勝負!」
「それって……!?」
いや、皆まで言うまい。
ピンクトントンさんのやろうとしていることが大体わかってきた。
「私このたび傭兵、冒険者に続く第三の職に就くことになりました! 格闘家! 私は格闘家ピンクトントンとしてデビューします!!」
「おおー」
パチパチパチパチパチ……。
ってなんのことやら?
思わず拍手してしまったが、それとこれとは俺とまったくの無関係。
ここであえて俺がこの話にどう関わるかを推測してみると……。
この俺の灰色の脳細胞が導き出した答えは……!
「なるほど、この俺にイベントをプロデュースしてくれということだね?」
この聖者たる俺に!
異世界からやってきた者として前世界の知識を駆使し、俺はこれまで様々な催しを執り行い、大成功へと導いてきた。
その知恵を今また振るえと!
プロレス興行成功のために力を貸してほしいというわけだな!?
「違います」
「あれッ?」
違った。
「興業を成功させるためのアイデアは、既に協力者の皆さんから充分に募っています。特に同じS級冒険者のブラウン・カトウさんからは画期的なアイデアをいくつもいただいて、それを実用化するだけでもう手一杯です!」
そうかそうだった!
冒険者ギルドにいるカトウさんも、俺と同じ異世界転移者!
昭和辺りに巻き起こったブームの数々で非常に話が合い、ソウルメイトとなった俺たちだ!
たしかにカトウさんを通せば前世界発祥のアイデアは引き出し放題。
俺の存在意義が霞んでいく!?
「し、しかしそれならどうして農場へ……!?」
「はい、それは聖者様にしかお願いできないことがあるからです!」
よし来た!
やっぱりあるよね俺にしかできない何事かが!
何でも言ってくれたまえ、ヒトに必要にされることこそ我が最大の喜び!
「実のところ……私の考えには冒険者ギルドも魔王軍も大いに賛同してくれています。今この世界に蟠っている様々な問題を一挙に解決する、そのとっかかりにもってこいだと」
あれ、大分最初の方から語り出したな?
それで俺にどうしてほしいと?
「傭兵からの転職組で飽和状態になっている冒険者業界。いまだ庶民レベルではままならない人族と魔族の交流。それらを改善するのにプロレス興行はもってこいだと。それで全面支援を受けております」
「へぇ~」
それで俺は何をすればいいの?
「格闘団体立ち上げとなったのもそういう経緯からでして、私一人リングに上がるだけじゃダメなんです。もっと大規模に、大人数でやらないと。ダンジョンから溢れた冒険者の雇用受け皿にならないし、話題にもならないって」
「なるほどね~」
で、俺は何を?
「そこで聖者様にお願いします!」
「何だね!?」
キタキタキタキタ!
「レタスレートさんを貸していただけませんか!?」
「えッ!?」
「前に訪問した時、レタスレートさんと一勝負しましたが、あんな小さい体で強固なパワー! 格闘センス! 見た目も煌びやかにしてスター選手の素質たっぷり! 我が団体の花形になってもらうため、是非とも話を通していただけませんか!?」
「ああ……はい……!」
俺自身に望みがあるわけじゃないんだ……。
いや、そこでガッカリするな。
どんな形であれ、人の役に立てるのはいいことじゃないか。
しかも今ピンクトントンさんの推し進めている企画は、私利私欲に収まらず世界全体のためになろうとしているという。
そんな素敵な企てに助力できるなら、繋ぎ役ぐらい務めてやろうではありませんか!!
* * *
そんなわけでレタスレートを連れてきた。
いつものように畑で豆を育てていた。その作業をいったん中断して来てもらった。
「……………………いいわ」
事情を伝えたところ、レタスレートは二つ返事で快諾してくれた。
頼れる女。
「私もそろそろ新しいことがしたいなと思っていたのよ。豆を世界に広げるための新しい試みを」
そして豆への執着が相変わらず強い。
「そのプロレス興行とやらには、たくさんの人たちが見物に来るんでしょう? 豆の素晴らしさを教え広めるチャンスじゃない! 是非とも参加させていただくわ!」
「ありがとうございます!」
こうしてレタスレートは、レタスレートの野望をもってプロレス興行に参加することになった。
そもそも彼女は人間国の王女様なんだからロイヤル感とか生まれながらにして注目を受ける資質が備わっている。
その上、豆パワーで今や世界屈指の強者に成り上がったレタスレートならスター選手になることは確約されたも同じ。
やはり王女様は、生まれながらにして格が違う!
……ん?
王女様?
「それってマズくない?」
元々レタスレートは、戦争に負けて滅んだ人間国の王女。
本来なら戦犯として一族郎党処刑となるところを勝者側である魔王さんの慈悲で、ここ農場に匿われることとなった。
だって農場は外界と隔絶して、表に出ることがないから。
「そんなレタスレートがプロレス興行に出て注目を受けるのはヤバいんでは?」
「「えええぇーーーーッ!?」」
俺の指摘にレタスレートもピンクトントンさんも絶叫する。
「そんな! 折角やる気が燃え上がった矢先に諸事情ストップなんて、そんなのないわよ!」
「何とかなりませんか! レタスレートさんは、我が団体のスター選手として絶対必要なのです!」
と縋られるが……。
これはもしや……俺頼られている?
そーいうことなら期待に応えないわけにはいかないな! この聖者キダンが皆様の悩みを解決しようじゃないか!
「大丈夫だ! 要はレタスレートの正体を隠したままリングに上がれるようにすればいいんだろう!?」
そういう時にもってこいな仕組みがプロレスにはある。
マスクだ!
マスクを被ることでミステリアスな覆面レスラーとなるのだ!
「マスクで顔が見えなくなれば正体はわからない! 匿名性を保ったままリングに上がれる! マスクマンになるんだレタスレート!」
「豆ね! 豆になるのね!」
こうして盛り上がりつつ、ピンクトントンさん立ち上げの格闘団体は興業本番へと突き進んでいく。
卒業試験もこんなトントン拍子に進んでいけばいいのに。






