602 卒業試験の準備 その二
農場留学生の卒業試験。
その具体的進行が何も決まらないまま時だけがいたずらに過ぎ去っていく。
『よーしよしよしよし……。よ~しよしよしよしよしよしよし……!』
異界から呼び寄せられた主神オーディンは、農場を歩き回ってるポチを見つけておもむろに撫で回していた。
狼型のモンスターであるヒュペリカオンのポチは突如、頭やら顎やら撫でられてかまい倒されてすっかり困惑している。
「あの……オーディン様? あまりかまいすぎるのはどうかと……?」
『おおッ、すまんな……。余これでも動物好きで、ちょっと見境がなくなるのだ』
ちょっと?
まあ、いいことか……動物好きに悪人はいないからな!
『実家でも犬を二匹、カラスを二羽、馬を一頭飼っていてな。皆途轍もなく可愛いのだ。あとラグナロクではロキんとこのフェンリルちゃんと戦う予定だが、多分モフッてるところを齧られて死ぬんだと思う!』
「はあ……」
モノホンだ。
語る時の口の速さが違う。
『やっぱり主神というのは変神揃いだなあ……はッ!?』
アヌビス神、鋭い視線を感じて身震いする。
その視線はオーディン神から送られるものだった。
『ワンちゃん、ワンちゃん……!』
『違うぞ!? 吾輩はジャッカルの化身であって、けして犬では! それ以前にれっきとした神で……!!』
『よーしよしよしよし、よしよしよしよしよしよしよし……!』
『やめて来ないでえええええええッッ!?』
神々による壮絶な追いかけっこが始まった!
農場の施設は壊さないでくださいね!
『煩いばかりで何も決まりませんなあ……!』
そして現状に呆れてため息をつくのがノーライフキングの先生だった。
たしかに異界を越えて神を召喚するという壮絶極まる秘術を行使した割に、今のところしょうもない成果しか挙げてない。
『ここのお茶は美味いのう。袋詰めにして地獄へ持って帰れないものか』
『そうねえ、この御茶請けの羊羹も美味しいわねえ』
他の来訪神であらせられる閻魔様やテミス神もまったりされている。
ただの茶会になってしまっている!
『あの、すみません……!』
「うわぁ!?」
ただでさえ神ばっかりで収集つかなくなっている現状に、さらなる別の神様が突如乱入。
ヘルメス神だ!
召喚されずに自分から押しかけることができるのは、神々の伝令役を務める彼しかいないのだが。
『随分面白そうなことをやってるね……!? とある神様から頼まれて、「是非とも自分を召喚してもらいたい!」と伝言しに来たんだけど……!?』
「え? 一体誰です?」
『英雄を試すことには一家言があるそうだよ。大層な自信でね。今のキミたちのニーズにもっとも合致した神は、自分以外にないと……!?』
なんだかよくわからないが、物凄い自信だ!?
そこまで言われたからには呼ばないわけにはいくまい。先生にお願いして召喚してみることにした。
そして現れたのが……。
『ここが農場なのね、やっと呼んでもらえたわ』
「ヘラさん!?」
天空の神々の女王的存在。
大神ゼウスの妻にして、もっとも厄介な神様ランキングぶっちぎりのトップクラスにいる女神様だ!
『死ねやあああああああッ!!』
『あらテミスちゃんお久しぶり。会うなり斬りかかってくるなんて相変わらず凶暴なティターン神族ね!』
真剣白刃取りしながら余裕の態度のヘラ女神。
毛嫌いされ慣れてるなあ。
「どういうつもりですかヘルメス神。彼女って農場にとって要注意な神様じゃないの!?」
海のポセイドス神や地のハデス神がいつも仰っていましたよ!
天空の神々……特にトップのゼウス神とヘラ女神は強欲かつ傲慢だから要注意だと!
『いやぁ、こないだの戦争騒ぎで彼女も色々と権能を制限されてね。これなら農場に入れても無害だと判断したんだ。それに一応私の義理の母なんだよ。いつまでもお願いを拒否し続けるのは心苦しくてねえ……』
今さら孝行息子のポーズをとるな天界神のくせに!
『それに、彼女の主張もあながち間違いじゃないんだよ。ここにいる若者たちが英雄であるかどうかを試したいんなら、ヘラ様はなかなかに打ってつけの神様だよ』
『ヘルメスちゃんの言う通りよ!』
斬りつけてくるテミス女神を無刀取りで制しつつ、話に入ってくるヘラさん。
強い。
『英雄を試したいのなら私ほど相応しい神はいないのに、なんでわざわざ異界から召喚するのかしら!? 不死の王もそそっかしいわね!』
素行に問題があるからじゃないでしょうか?
しかしそこまで自信たっぷりとは、ヘラ女神にはそんなに実績と言うか成果があるんですか?
『私は太古の昔より様々な英雄を試し、導いてきたのよ! それらの試練を乗り越えた子たちは皆立派な英雄になったわ! 最高なる英雄の導き手を自負してもいいくらいよ!』
「おお!」
なんだかよくわからないが、凄い自信だ!?
こんなに自信たっぷりなら、たしかに試験の監督役を任せてもいいかも……!?
「で、実際のところどうなんですヘルメス神?」
『うん……!』
慎重な俺は、いついかなる時も第三者から意見を求めるのだ。
『ほら、ウチのバカ父は太古の時代、そこら中で浮気してたじゃない? そうやって生まれた子どもは、主神とのハーフなだけに大抵英雄になるんだよね……!?』
「ほう?」
『そしてそのアホ父の正妻であるヘラ様は、浮気相手に嫉妬の炎を燃やしまくりだから、その子どもたちにまで飛び火すんの。そして試練という名の嫌がらせを……!』
「嫌がらせかよ!?」
試練って要は、私怨から来る個人的制裁をオブラートで包んだ言い方じゃないか。
『私の試練を受けて一番ビッグになった英雄といえば……ヘラクレスちゃんね!』
『もう炎上の予感しかしない』
ヘルメス神が諦観を込めた顔つきになった。
『あの子には、人族の王を通して厄介な試練をたくさん与えたから! その数々の試練が多くの英雄譚を生み、あの子を世界一の英雄へと押し上げたのよ!』
『有難迷惑って言葉知ってます?』
『まず試練に集中できるように彼から正気を奪って、その当時いた彼の家族を処理させたのよ! やっぱり独身だと身軽になれていいわよね!』
一件目の話題からドン引きすぎて皆ドン引きした。
『そのあとヒュドラと戦わせたり、ライオンと取っ組み合いさせたり蟹を踏ませたり……。とにかく大活躍は世界中で語り継がれるのよ! それって凄くない!? 私が彼をあそこまで育てたのよ!』
なんか子どものころ苛められてた人が成長して偉くなり、苛めてたヤツが『オレが鍛えてやったおかげだな!』と手柄面するような……!?
『その功績をもって死後天界に迎えられて神にまでなったのがヘラクレスちゃんなのよ! 凄いでしょう、この私のプロデュース力!』
『そのヘラクレスくんが、こないだの神界戦争で協力拒否したのなんでだと思います?』
『それなのよねえ、どうして義理のママを助けてくれなかったのかしら? 反抗期ってヤツ?』
『ああまでされて、まだ自分がめっちゃ嫌われてるって気づきませんか?』
『もうヤダこの神……』という気配がヘルメスの全身から立ち昇っている。
「あの……実際のところヘラクレスって人は……?」
『そりゃあヘラ様に対して恨み骨髄だよ。彼女のお陰で人生滅茶苦茶にされたようなものだからねえ。家庭も二度ほどぶち壊しにされてるし』
酷え。
『一応、天界に迎えられてから和解の体裁は取り繕ったけど、今でもなあ。知ってる? 彼の名前って神託で無理やり改名させられたものなんだけど「ヘラの栄光」って意味なんだよ。よりにもよって一番恨んでる相手を名前に刻まれるってウケるー』
ウケるー、と言いながらまったく目が笑ってないヘルメス神。
『ヘラクレスくん自己紹介のたびに表情が険しくなってツバ吐いてるよ。どこが栄光なんだよ、災厄だよ、っつって……』
『私が与えた試練のお陰で大英雄となれたんだから恩義を感じて当然でしょう? どうかしら聖者さん? 私に任せていただけたら、若い子全員ヘラクレスちゃん並の英雄に仕立てて上げますわよ? 嬉しいでしょう?』
……。
「……ちなみに、ヘラクレスさんがアナタの試練を終えるまでにどれくらいの時間がかかったんですか?」
『んー、十二年くらい?』
長い。
やっぱりな、あまりに試験の項目が多いからめっちゃ長いくかかるんじゃないかと思ったんだ。
ウチの生徒たちのそんな長い試練課せられないよ。農場で学んだ期間より長いじゃないか!
『『『『…………』』』』
その一方で、これまでに召喚された異界の神々が円陣組んでゴニョゴニョ話し合っていた。
法の神テミスに、冥界の審判者アヌビス神、地獄の裁判長閻魔様、そして戦士を守護する主神オーディン。
彼らが、女神ヘラを前にして完全一致した見解は……。
『『『『ギルティ』』』』
『あらぁーーーーーーーーッ!?』
その瞬間、ヘラ女神はどこからともなく現れたワニに噛みつかれ、複数のワルキューレからどつき回されて、無間地獄へと引きずり込まれていった。
『あらあらこれは何かしら? 異界の神々の歓迎は荒っぽいのね? 人気者は辛いわぁーーーッ!?』
『ここまで来てもまだポジティブシンキング!?』
結局神々のイザコザを垣間見ただけで、卒業試験に関する具体案は何一つ決まらないまま。
俺たちは何をしているんだろう?






