601 卒業試験の準備 その一
農場で研鑽する留学生たち。
彼らもそろそろ学ぶべきことの大抵を学び終え、一人前となる時が迫ってきた。
……という話をこの前した。
その集大成として、これまで農場で学んできたことがきっちり身に着いているかの試験を行うことになった。
つまり卒業試験!
それをどのように執り行うかということで現在、俺と先生で相談中。
『粗末な試験ではいけません』
ノーライフキングの先生。
決然たる口調で言う。
『彼らの将来に関わる問題なのですから、中途半端な課題で足りぬ実力のまま、ちょっとした幸運で合格し、のちのちより大きな災いに当たって命を落とすなどあってはなりませぬ』
「心配性ですな先生……!」
生徒への思いやりが実に深い。
しかしあまり厳しい課題を与えて誰も合格できないとなったら本末転倒ですぞ。
『思うにワシみずから試験を執り行うのはいかぬと思います。きっとあの子らの頑張りに感銘して手心を加えてしまうでしょう。それは却ってあの子らのためになりませぬ』
ああ、うん……。
やりそうですね、先生。
「じゃあ、試験官は誰か別の人にお願いした方がよさそうですね」
俺は無理だよ?
皆よく誤解するが、俺は所詮一般人。魔国や人間国の軍人官僚などに相応しい人材の審査なぞできようはずがない。
ならばその道のプロ……魔王さん、では大袈裟すぎるし。
今魔王軍のトップは四天王のベルフェガミリアさん……ダメだ面倒くさがって拒否するビジョンしか見えない。
『その辺りはお任せください。ワシが打ってつけの神材を物色しておきました』
「おお、打ってつけの人材を!?」
……ん?
いや待て?
なんか今俺と先生の言葉のニュアンスに齟齬があったような?
「……人材ですよね?」
『神材です』
ほら違う! なんか違う!
同じ発音なのに字面が違う!!
『とりあえず試験官候補として召喚したテミス女神殿です』
『よろしくお願いします』
やっぱり来たああああああッ!?
神だ! 女神さまだああああああああッ!?
気軽に神を召喚しないでくださいっていつも言ってるじゃないですかッ!?
『テミス女神は正義と掟を司り、審判にはうってつけの女神です。彼女に最終試験の監督を任せてはどうかと……』
『私はこの世界の神ではありますが、三界神とは別系統で関係がありません。故にヤツらの生み出した人の子も差別なく平等に審査できましょう』
そ、そうですか……!?
見た目的にも清潔感で眩しくなる系統の美人であるテミス女神。
あまりの清らかさに近寄りがたいほどだ。
……。
ああ、神って本来こういうのだよなって一瞬思ってしまった。
『しかし私はあくまで正義と法を守護する者で、能力の審査は職域外です。アナタたちの要求には応えづらいかと』
「そうですよねー」
いやそれ以前に神様のお手を煩わせることが恐れ多いと思うのですが……。
いかがでしょう先生?
『そうですな……、そもそもこの世界の神々はテミス女神の言うように享楽的で、試験や審査と言ったものに向いておりません。やったとしても自分の好みに従って公平性の欠片もない判断を下すのがオチですな』
『その通り!』
テミス女神まで同意して……。
ということはやっぱり神様を試験官にするぶっとび案はなしということで……。
『そこでワシは考えました』
「はあ?」
『この世界の神に無理と言うなら、別の世界の神にお願いすればいいと。ワシの魔力も若者たちと触れ合って伸長しましたからな。新たなることに挑戦し、異界の神を召喚することに成功しましたぞ!』
「どういうことです!?」
俺、異世界人を前にして、異世界から神を呼び寄せたというんですか!?
益々何でもありになってくる先生!?
『まずは一神目、アヌビス神です』
『よろしくおねがいしゃーす』
なんか来た!?
基本的に人の形態だけど、頭だけ違う動物になっている神様!?
それは……、何?
犬!?
『吾輩ジャッカルの化身ですので。我が世界の神々は皆何かしらの獣性を持っているのですよ』
『ケモ属性ですね!?』
違うと思うが……。
何でそこで興奮するんですテミス女神。
『アヌビス神様は、あちらの冥界を管理する一神で、魂の罪深さをチェックします』
説明する先生。
『亡者の心臓を天秤に乗せてですな。もう一方に聖なる羽根を乗せて、釣り合えば合格となるのです』
「も、もし釣り合わなかったら?」
アヌビス神のアンサー。
『有罪の魂はワニに食わせます』
「こええええええッ!?」
ダメだよ!
この神様を試験官にして、不合格になった生徒を片っ端からワニに食われることになってしまったらどうする!?
デッドオアアライブな試験はダメだって前にも言ったでしょう!?
『むう、ダメですか? では次の候補者にお越しいただきましょう』
「まだいるの!?」
っていうかどれだけの神様を異界から呼び出したんです先生!?
テミス女神から数えたらもう三神目ですが!?
『こちらはヤマ神です』
『閻魔大王とも呼ばれておる』
俺、この神知ってるうううううううッ!?
ウソつくと舌引っこ抜く人だああああああッ!?
いや人じゃなく……神? 仏!? いやどれだ、わからん!?
こんな有名どころまで異界越しに召喚してくるなんて、先生の魔力はどれだけ突き抜けているんですか!?
『自界では地獄の審判を務めておる。前世での罪業を検分し、評価し、来世にていかなる輪廻へ転生させるかを判断しておる』
『さっきのアヌビス神から、冥府の裁判官が続くわね』
テミス女神の言う通りで。
なんかこの神の合いの手が絶妙だ。
『試験を采配するとなると、どうしてもそういう神に偏りますのう。何しろ冥府神の他に、好んで人を審査するような神はなかなかおりませんで。気紛れに試す神ならたくさんいますが』
『ホント気紛れに試すわよね』
『ならば今度は冥府神以外の候補を紹介しましょう』
早々に次の候補へ。
閻魔様が『えッ? ワシのアピールタイムは?』と困惑していた。
『次の候補は冥府神ではありませんぞ。こことは異なる世界で主神を務めておりますオーディン様です』
『ルーン彫ってる?』
主神!?
神々の王様!?
そんな偉い神様まで召喚しちゃうんですか先生は!?
『アースガルドの主神オーディン殿。また大物を呼んできたな?』
『しかし主神と言えども、人の子を試験するという今回の募集要項に適うのかしら。主神って大体どこの世界でもロクでもないのよねえ』
『アナタの世界の主神が突き抜けているだけでは?』
呆れた口調で言うテミス女神。
っていうか今まで紹介されてきた神様たちも寸評に加わっとる。
『侮るでないぞ。余は他の世界の主神と違って精勤にて人間好きなのだ!』
と呼び出されたオーディン神は大威張り。
『余は、来るべき最終戦争ラグナロクに備え、ヴァルハラという冥界を作りだして管理しておる! 強い勇者豪傑の魂を迎え入れるためだ!』
『やっぱり冥界神じゃねーか』
『そうしてヴァルハラに住まわせし英霊エインヘリヤルは、ラグナロクにて巨人の軍勢を打ち破るための重要な戦力! 自軍強化のために余は幾度となく英雄を見定め、目は肥えている!』
おお。
アピールを聞くに、今までで一番募集要項に合致した神様じゃないですか?
農場で学んだ生徒たちは多くが軍人志望だから、戦士を守護するオーディンは絶好の審査役。
『ではオーディン神よ。一つ約束してもらいたいのですが……』
『何かな?』
既にやる気のオーディン神に、先生は言う。
『審査した生徒の中にお気に入りがいてもヴァルハラに連れて行かないでくだされよ』
『えッ? ダメなの?』
『ダメですぞ!』
優れた戦士の魂をヴァルハラにコレクションしたがる主神オーディンは、この世界でもコレクション物色をやめる気がなかった!
あぶねえ!
コイツに試験官任せていたら合格生徒片っ端からヴァルハラに連れ去られるところった!!
『やっぱり主神ってロクなヤツがいないわねえ……!』
呆れ気味に呟くテミス女神であった。
卒業試験のことは何も決まらないまま、つづく。
ここで少しお休みをいただきまして、次回12/8(火)更新予定です。






