594 シェミリ・イン・ポッシブル
トマトの美味しさに夢見心地になっていたら移動が終わっていたわ。
ここが例の『英才教育を受けられる授業』?
屋根もない青空の下、机を並べて和気あいあいとしているようにしか見えないけれど?
これが大陸最強の戦士を生み出す授業風景なの?
牧歌的にしか見えないんだけれど!?
ちょっと小一時間ほど問い詰めたいところだけれども、下手に追求したら私が部外者であることがバレてしまうわ。
ここは息を潜めて、もう少し成り行きを見守りましょう。
えーと、生徒を装ってるんだから席に着かないとね。
「ええと、こちらよろしいかしら?」
「はい、どうぞ?」
よし! 上手いこと座れたわ!
席はあらかじめ決まっているわけではなく自由に座れるようね。
このまま生徒を装って授業を受け、英雄を育てるその秘訣をバッチリ盗み取ってあげるわ。
「あの……、そこボクの席……!?」
「しッ! 私の椅子半分空けてあげるから、そこに座りなさい!!」
なんだか周囲が騒がしいけど、あえて聞き流して静かにしているわ!
潜入者は目立ってはいけない、景色に同化するのよ。
……あッ。
リテセウスくんもやってきたわね。
私の左手、前方の席に座ったわ。
フフン、まさか私が遠く離れた魔島からついてきて、ここまで侵入しているなんて夢にも思っていないでしょうね……。
すぐ後ろにいるわよ。
親善試合でアナタと死闘を演じた相手がね。
さて、ここでどんな授業が行われるかとっくりと見せてもらおうじゃない。
期待外れにならないか心配だけどね。
「おぉい、先生がいらっしゃったぞー」
ほう、教員ね? 何者かしら?
屋根も壁もいない青空教室で、遠くの方からテクテク歩いてくるのが遠目からでもわかるわ。
遠くからじゃ小さくてはっきり見えなかったけれど、近づいてくるほどに……。
……うん?
何でしょう、この禍々しい妖気は!?
そして充分に接近して確認できた、このありえない出で立ち。
骨と皮だけになった干からびたミイラのような人間が、法衣を着て歩いている。
「先生が来られましたー。一同、起立」
皆一斉に立ち上がって……。
「礼、着席」
なんでみんな普通に対応しているの!?
あの異様すぎる密度の瘴気に、死体がひとりでに動いているとしか見えない外見。
あれこそは世界でもっとも恐ろしい存在とされている不死の王ノーライフキングではないの!?
ぐおおおおおおおおーーーーーッッ!?
目の当たりにする瘴気に圧されて呼吸が浅くなっていくううううッ!?
このままだとじきに酸欠になって失神する。
しかし耐えるのよ! ここで事切れたら魔島最強の名折れ!
何が何でも、この異様な瘴気の中で意識を保って見せる!!
『えー今日も元気に皆、出席しておるようじゃのう。嬉しい限りじゃ』
そして本当にノーライフキングが授業を進めるの!?
どういうこと!?
まさかここでは、本当にノーライフキングからの教えを受けているというの。
『では授業を始める前に、皆に発表がある。先日、所用があって欠席したリテセウスくんが無事帰還した。今日からまたみんなと授業を受けるぞい』
紹介を受けるリテセウスくん。
やっぱり彼は、この青空教室の中でも特別な存在なの?
『彼が出かけた具体的な理由は、最近新たに発見された魔族の集合体に関してじゃ。……魔島と呼ばれるようになったその土地で親善試合があり、リテセウスが出場した。彼一人で四戦を全勝したとのことじゃ』
おおおおおお……、と席から歓声が上がる。
くッ、屈辱だわ……。
『これもリテセウスが日夜頑張った成果じゃ。努力が実るたしかな手応えを感じるのは嬉しいのう。皆もそうした経験をするために、今日も授業に励もうかの』
それだけ!?
リテセウスくんが我が魔島の最精鋭を蹴散らしたことに関する感想がそれだけ!?
やられた側としては少しぐらい『あの魔島の軍勢を打ち破ったんだぞー!』的な増長があってくれないと寂しいんだけれど!?
複雑な気分!
『それでは今日は魔法の勉強じゃ。魔族の魔術魔法について語っていこうかの』
そしてマジで教鞭取り始めるノーライフキング!?
……聞いたことがある。
ノーライフキングとは、大魔導士や高僧がみずからの意志でアンデッド化し、生前の知能知識を保持したまま不老不死になるので、そのまま数百年と生き続ければ人類より遥かに賢くなると!
そのノーライフキングから授業を受けたら、それすなわち最高の叡智を授かるってことでは!?
『えー、魔術魔法にてもっとも重要なのは詠唱じゃ。多くの者はこう思っていることじゃろう。「詠唱なんて無駄」「隙にしかならない」「戦闘中に詠唱を唱えるなどシロウトのすることだ」などなど』
た、たしかに……!?
『今や多くの者が詠唱など無意味なものと思っている。しかしそれだけが真実ではない。特に魔術魔法において詠唱がどういう役割を持っているか、深く考えなければならん』
なんだか私まで授業に引き込まれていくなあ。
『魔術魔法とは、この世界の根幹に住む神や精霊の力を借りて事象を引き起こす体系じゃ。火を熾すには火の精霊に、風を吹かせるには風の精霊の力を借りなければならん。それ以上の事象を引き起こすには上級精霊や神など、さらに高位の存在に願いを捧げねばならんのじゃ』
「願いを捧げる……んですか?」
『無論じゃ。そもそも精霊も神も、人類より上の存在。命じることなどできん、よって人類が神霊を動かすには希うより外ないのじゃ』
「そのための詠唱なんですね」
『うむ、よいところに気づいたのう。誰の発言じゃ? ……やっぱりリテセウスか』
なんか一体感のある授業だなあ。
基本的にあのノーライフキングが喋りつつも、途中活発な生徒が質問したりして、和気あいあいとしている。
『いかにも詠唱とは、これから唱える呪文の源となる精霊もしくは神に対する、希望の祝詞じゃ。神や精霊を讃え、媚び、その上で助力してほしいという意思を伝える決まり文句じゃ』
「それをあんなに長々唱えるって……!?」
『最近の者たちはそれらを無駄と決めつける、そして排そうとする。しかしヒトにものを頼む時は最低限の礼儀を払うことは、相手が人類であろうと神霊であろうと変わりはせぬ。「お願いします」「お手数ですが」「世話になります」「助かりました」「ありがとうございます」。それらと同じ意味のことを精霊たちに対して伝えるのが、詠唱なのじゃ』
ゆえに詠唱を省略した魔術魔法の発動は、精霊たちに何の礼儀も払わず『やれ』と頭ごなしに言っているようなもの。
人間相手だったら間違いなくキレられる。
詠唱を省略した魔術魔法もあるにはあるが、必ずやちゃんと詠唱したものより効果は落ちるし、重大な危険性を伴わせたりする。
『ゆえに面倒くさがることなく、精霊たちへの感謝の気持ちを込めて詠唱と唱えることが結局は強くなるための近道なのじゃ。というわけでキッチリ間違えず詠唱を唱えるために、活舌をよくするよう発声練習から始めるぞ』
「「「「「はい、先生!!」」」」」
ノーライフキング、ゴホンと咳払いしてから。
『あ、え、い、う、え、お、あ、お』
「「「「「あ、え、い、う、え、お、あ、お」」」」」
『か、け、き、く、け、こ、か、こ』
「「「「「か、け、き、く、け、こ、か、こ」」」」」
『あめんぼあかいな、あいうえお』
「「「「「あめんぼあかいな、あいうえお」」」」」
『かーめんまきまき、かきくけこ』
「「「「「「かーめんまきまき、まきくけこッ!?」」」」」
誰か噛んだ。
『魔法のポイントは?』
「「「「「一に健康、二にマナー!」」」」」
『三に仕掛けは?』
「「「「「農場で!」」」」」
『はい、よくできました。皆、咄嗟の呪文詠唱もこなせるよう、常に口が滑らかに動く訓練をしておきなさい。何事も基本が一番大事でのう』
ふむ、一見当たり前のように見えるけど大事なことだわ。
魔術魔法は、神や聖霊との交感によって発動する魔法、精霊たちのご機嫌を損ねたら魔法は即座に無意味化する。
島にも詠唱を無駄だと断じ、やたら省略したがる魔導士がいるけれど、結局はカッコよくないのよね。
単に不可視の存在に対して礼儀知らずってだけだから。
『では基本授業はこれくらいにして、応用授業に入っていきたいのじゃが、その前に一つ聞きたい』
「はい?」
『キミは誰じゃ?』
という不死者が指さすのは、間違いなく私に向けてだった。
滅茶苦茶怖い。
青空教室でだからこそ怖さも半減しているが、もし同じことをダンジョンの奥深くでやられたら恐怖で心臓止まっている。
「せ……」
『お?』
「「「「「先生がやってくれたああああああああッッ!?」」」」」
そして盛り上がる生徒たち。
「そうですよね! 普通気になりますよね!?」
「これまでいなかった顔が唐突に素知らぬ顔で交じってきたら、そりゃ驚くし、不気味に思うわ!」
「しかも可愛いから余計に目立つ!!」
「でも誰も何も言わないから! 触れてはいけない空気がビリビリだから!」
「その空気を読まずにしっかり聞ける先生! さすが絶対強者で年長者!」
「そこに痺れる憧れる!」
むしろその沸き上がりように戸惑ってビクビクする死者の王。
そして私はお縄に着いた。






