592 シュミリ姫の農場潜入
私の名はシュミリ。
栄えある真魔王アザルの長女……つまりは姫に当たるわ。
ピッチピチピチの十八歳よ。
もっとも私の下には弟がいるから、父の王位を継承するのは弟になるでしょうけれど。
それでも最初に生まれた子として、高貴なる者の義務を全力で遂行していく所存なのよ!!
しかし……!
私は、その高貴なる者の義務を果たすことができなかった。
五百年越しの再会を果たした大陸に残った魔族。その力比べの場にて私たち勢は大敗を喫してしまった。
四対一での四戦全敗。
四人抜きのストレート負けというパーフェクト負け。
しかも、相手はまだ修行中の若輩で、魔族ですらない人族。
大陸の魔族は、宿敵人族を戦争で討ち果たし、それを取り込んだということ?
あの敵が半人前ということは、その上にもっと成長して強い人族がゴロゴロいるということであり、さらにソイツらを倒した魔族はもっと強いヤツが、もっとゴロゴロしているということ!?
その推測はあまりにも当然至極で、だから私以外の多くの島民が思い至ったことだろう。
お父様がビビりまくって、相手との平和交渉を推し進めるのもわかる。
真魔国と名乗ることもやめ、この土地は魔島、お父様本人は『島の魔王』と名乗られるそうよ。
世の中平和ならば一番いいことだが、私自身は不甲斐なさで胸いっぱいだった。
お父様の娘として、誇りを守ることができなかったんだから。
幼い頃から厳しい稽古を受けて、剣の腕前は島一番という自負はあった。
実際に、ここ最近は誰にも負けなかったし。
島の宝……魔剣を賜ったのも、けっしてお父様が私可愛さだけでしたことじゃないと信じているわ!
しかしあの人族の男には、私がこれまで鍛え上げてきた剣の技も、魔剣も、何も通じなかった。
あれはどうやって修得した力なの!?
大陸では皆が皆、剣から光り輝く魔力の塊みたいなものをボワアアアアアアッッ! って出して、しかもそれが屋根より高いぐらいの大きさまで伸びるの!?
もしそうだとしたら私たちの差が圧倒的すぎる。
これは島の危機だわ。
なんとしてでも真実をたしかめなければ。
というわけで私は早速真相究明に乗り出したわ。
ボッコボコにのされたネフィル、バリーラ、ラミエどもと違って、私は試合で大した怪我もしなかったので終了後でもすぐ動けたわ。
危険を無傷で乗り越えられるのも実力のうちなのよ!
……とはいえ、一体どこから調べたものか。
相手は遠い海の向こうだものね。お父様に『調べ物があるので海を渡っていいですか!?』ってお願いしても百パー聞き届けられないだろうし。
そもそも実際問題、自力で海を渡る手段がないわ!
仕方ないので、私は近場から調べることにした。
わざわざ海を渡らなくても、今の私にはすぐ手に届く至近に重大な情報源があるじゃないの。
あのリテセウスとかいう人族よ!
アイツはまだ試合終了直後で、この魔島のどこかにいるはず。ヤツから直接あの強さの秘密を聞きだしてやるのがいいわ!
そして、その秘密を取り込み、我が島の精鋭も地上最強に!
では早速あのリテセウスとやらを探しましょう!
試合終了で、彼の役目も終わったことだからきっと暇を持て余してその辺ほっつき歩いているに違いないわ!
向こうかしら? あっちかしら?
こんなに血眼になって探していたら、なんだか私があの男に対して特別な感情があるみたいじゃない!?
とかやってるうちに、やっと見つけたわ!
この私をあちこち駆け回らさせるなんて、平民風情がいい気なものね!
私が自分で勝手にやったことですけれどね!!
……さて、ここからどう動いたものかしら?
こっちの思惑を見抜かれないためにも、接触はできる限り避けるのが無難ね。
今の時点では、こうして一歩引いたところから観察するのがいいのかしら。
こうして、木立の陰から隠れて覗くのが……。
……ッ!?
ヤバいわ、今目が合ったわ!?
リテセウスくんじゃないけれど、その一緒にいる人に。
同様に人族っぽいけど、ずっと年上でオジサンぽいわ。その人の視線が一瞬、たしかにこっちを向いた気が!?
……?
…………!?
……何もないわね?
ふう、気づいたようで気づいていないのね?
相手が鈍感で助かったわ。
このまま獲物を狙う猫のように息を潜め、相手の動向をつぶさに見守るのがいいわね。
くっふっふ、今に見てなさい。
アナタの秘密を暴き、すぐさまアナタと同じぐらいの実力を身に着けてみせるわ!!
そのためにも情報収集よ!
まずは聞き耳を立てて、相手の会話を盗聴してやるのよ! 重要機密を口から滑らせなさい!
……で、オジサンの方がなんか言い出したわ。
「よし、帰ろう。帰ってこのことをエリンギアにチクろう」
!?
何なの!? エリンギアって誰!?
明らかに女の名前よね?
何よその女!? リテセウスくんとどういう関係なの!?
「何でそこでエリンギアが出てくるんです? 待ってくださいよよくわからないけれど修羅場の匂いがプンプンする!」
そしてこのリテセウスくんの慌てぶりも充分怪しいわ!
敵情調査の第一目標はハッキリしたわね! そのエリンギアとかいう女の正体を探るのよ!
ああッ!? そうしているうちに現場に動きが!?
リテセウスくんが転移魔法を使おうとしているの!?
聞いたことがあるわ! 昔の魔族はそんな魔法で、遠くから遠くへ一っ飛びできるって!
魔島では大崩壊からの移住のドサクサで失伝してしまったらしいけど、本来魔族の魔法であるはずじゃないの!?
それを人族でありながら使えるってリテセウスくんってやっぱり凄いのね!?
……って感心している場合じゃないわ!
転移魔法ってことは、つまりこれからリテセウスくんはここから離れたどこかへ飛んで行ってしまうということ!
去ってしまったら、今度ここへ来るのはいつになることか!?
もしかしたら二度とないかも!
そう思うと体が勝手に動いていた。
リテセウスくんの背後から駆け寄って……。
……腰にしがみつく!
同時に視界がぐんにゃりと歪み出した。
歪みは収まるどころか、どんどん激しさを増していって、風景の輪郭がどんどん薄くなっていき、ついにはすべての色が交じり合って一色になる。
それからだんだん視界がクリアになっていって視界も、頭がおかしくなりそうなグニャグニャから、ハッキリした色分けがされていって……。
* * *
目の前に新しい風景が現れた。
ついさっきまでとはまったく違う風景。
磯の香りがするのは魔島とそんなに変わりはないが、しかし魔島にはあった慎ましやかだけれど人が賑わう気配はなく。
ただ自然の静寂だけに満たされた場所だった。
大きく広がる草原。遠くに山。ちょっと向こうに水平線があって、かすかだが波の音が聞こえる。
磯の香りも、きっと向こうから流れてくるのだろう。
いや、そうじゃなく。
ここは明らかに魔島の中ではない!
リテセウスくんが転移魔法を使おうとするのにとっさにしがみついてしまったが、そのせいで巻き込まれて一緒に転移してしまったということ!?
遥か遠くの場所にも一瞬で移動することができるという転移魔法。
そしてリテセウスくんは大陸で生まれ大陸で育った、今住むのも大陸だろう。
転移魔法を、今彼が住む場所へ帰るために使ったというのなら……。
まさにここは大陸!?
私、生まれて初めて島の外に出たってこと!?
でも一体ここはどこなのかしら!?
見た感じ、何もない未開の地って感じだけれども!?
文明の欠片もいないわ!
大陸って、魔島より遥かに賑わっていると思っていたのだけれど違うのかしら!?






