589 真魔王、大陸へ渡る
真魔王のアザルじゃ。
しかしこの称号も何やら虚しくなってきたのう。
五百年間断絶していた同族は、我らの想像を超える進化を果たしておった。
強く、圧倒的に強く、こちら側の戦力など容易く圧倒し、勝利を掴み取っていきおった。
これが大陸の魔族の力!?
そもそもの魔族発祥は大陸の方。それゆえに元から持っていた魔族の伝統はすべて向こう側が引き継ぎ、激しい争いでさらに鍛え上げたじゃろうなあ。
そのことに考えが及ぶと、急に自分が恥ずかしくなってきたわい?
このような小さな島の主程度で得意になり、真なる魔王……真魔王を名乗るなど……。
鳥なき里の蝙蝠、大海を知らぬ井の中の蛙そのものではないか!
されど空の青さを知る!
島の戦闘自慢を集めて急遽結成した四天王も、まだ正規兵にもなっていないという若僧に蹴散らされてしまったし……。
まあ所詮、木こりと飛脚と無職の寄せ集めじゃしなあ。
まともに戦闘訓練受けているのが我が娘のシェミリしかいないという。
アレは無理があったわ。
対して向こうは、大陸にある別勢力と何百年も戦争して鍛え抜かれたプロ集団。
むしろこれで何故勝てると思ったのか?
昨日までの我、ちょっと変なテンションになってたかな?
しかしながら相手側の魔王ゼダン殿がとてもよくできた人物でよかった。
普通だったらそのまま開戦もありえた我からの無礼な振る舞いをすべて受け止め、融和の手を差し伸べてくださったのだから。
コロッセオでの親善試合のあとは正式に双方の友好が決まり、城にて晩餐などを行い飲めや歌えで親睦を深めたあと、我は魔王ゼダン殿と会談を設けた……。
* * *
「魔王の称号を放棄したい」
まず我から提案した。
「こたび痛感した。魔王の名に本当に相応しいのはゼダン殿であると。我らより遥かに強大な力を持つアナタを前に、我ごときが魔王を名乗るなどおこがましい」
まして真なる魔王などと……。
「これよりは支配権を譲渡し、貴国の一属領として扱ってもらいたいと思うのだが、いかがであろうか?」
「アザル殿、それはダメだ」
すぐさまゼダン殿は、丁重なる拒絶の意を表した。
「この国とて五百年、独立国家として生き抜いてきたのであろう。その歴史、その誇りを簡単に捨て去ってはいかん。無論、困っていることがあるなら我が魔国は助力を惜しまぬが、それは貴国の主権を狙ってのことではない」
魔王ゼダン殿は、身を乗り出して……。
「同族は助け合わねばならないからだ……!」
「ゼダン殿……!?」
何だこのイケメン。
最初はやたら体が大きくていけ好かないヤツだと思ったが、ガタイの大きさに似合った偉丈夫ではないか!
「……わかった、では正式に国交を結ぶということで正式な条約の作成を急ごう」
「うむ、二つの魔国が力を合わせて、より発展していくことを願おう」
それにしても呼び方には、知恵を絞らねばいかんのう。
本来『魔王』はただ一人。
この世に二人以上の魔王が現れた時、それは内乱の勃発であり再び魔王が一人になるまで争いが続くということでもあった。
過去、大陸では二人以上の魔王が乱立することによって魔国が割れ、血みどろの内乱に突入した時期もあったと聞く。
今世、我とゼダン殿が二人魔王を名乗りながら争いにならないのは百%ゼダン殿の慈悲によるもので、もし歴史のテンプレ通りとなったら蹂躙されて滅ぼされるのは百%こちらなのだから、ここで何らかの譲歩をしなければ、義理がね……。
義理が立たん。
「ゼダン殿にはこれまで通り『魔王』を名乗っていただき、こちらが何らかの一段劣る称号に整え直すというのがよかろうと思う」
「あまり気を使わずともよろしいぞ」
「そうしなければこちらの気が済まん! ……我らは孤島を領地としている。よって『島の魔王』と名乗るのはいかがであろう?」
島といえば、大陸より遥かに小さな国土であることは一目瞭然。
慎ましき亜種であることも一言の下に伝わろう。
「『島の魔王』……。つまり島魔王か?」
『しままおう』だと『ま』が二つ続いて語呂悪くない?
「では『しまおう』?」
「『仕舞おう』みたいじゃな」
「『ま』が二つ続くのが具合悪いなら……『しましまおう』」
「縞々になった!?」
「『しま・おうさく』」
「誰!?」
協議の結果、やっぱり何の捻りもなく『島の魔王』で公称化することにした。
そしてただ今我が治めている島の方の魔国は、『魔島』と呼称するようになった。
「いや待て。魔島の王なら『魔島王』と称する手も……!?」
「『ましまおう』!?」
嫌だ、そんなアブラマシマシみたいな呼称!
「いや、『まとうおう』という読み方もアリでは?」
「『待とう、王』!」
何をそんなに待てと言うんじゃい!?
こうして高度に政治的な取り決めが会談で行われていったのじゃ。
アホかと思われているかもしれんが、誰が何を名乗るかで最悪、戦争にまでなっちゃうこともあるんじゃからのう!
逆に言えば、戦争を起こしたかったら余所様が怒髪天になるような大それた僭称しろってことじゃ。
「以上のことがつつがなく決まり、これより末永き友好を保ちたく思います」
「こちらこそ望むところじゃ。アナタこそ真なる魔王。よろしくお願いいたす」
「しかしアザル殿も見事な王者にあらせられるな。最初はどうかと思ったが、事態を飲み込むや否や、すぐさま余計な面子は捨て民のためを第一として行動する」
いやいや……。
「その態度、同じ魔王として感服いたしますぞ」
「いやホントに最初の方イキッたのは黒歴史でしたわい」
だからお願い、早う忘れて。
「我が国……いや島は、これまで小さいながらもなんとか自給自足を推し進めてきましたが、そろそろ限界に達しております。そちらの援助を何としても得たいと思っておりました」
「こちらとしても。互いの存在を知るきっかけとなった通信魔法や魔剣のことなど学びたいことは多くある。それぞれの長所短所を照らし合わせて、互いの発展を目指していこう」
なんと心強い……!
「それで提案なのだが」
「はい?」
「アザル殿も我らの魔国へ訪問くださらないか?」
「はいいいー?」
ゼダン殿からの申し出に、しかし我、咄嗟の反応ができない。
「改めて思うことは、相互理解が重要だということだ。互いが互いをどのように思っているか、理解を深めることが最初にすべきだと思う。そこで魔島の代表たるアザル殿にも我が魔国へ訪問いただき、どのような国なのか知っていただくべきだと思ってな」
これは……!?
ヤバいっていうか危険でない?
相手国へ訪問ということは相手の懐へ単身乗り込むと同じこと。
己が手のうちに入った小鳥を、焼こうが煮ようがその手の主の胸三寸ではないか。
甘い言葉で友好を装いながら、あちらの陣地へ入った途端縛り上げ、人質として無条件降伏を迫る。
なんて悪辣な手も充分あり得るということじゃ!?
どうするこれ?
普通に考えたら何かしら理由をこじつけて、やんわり断る局面ではあろうが……。
しかしそれを言ったら、既にこのゼダン殿は今まさに相手の懐に飛び込んでいるただ中ではないか。
我がひとたび命じれば、国中の者どもが襲い掛かりゼダン殿を虜にするだろう。……いや無理か?
そんな危険を冒してまで、向こうから出向いてくれたということは、それこそ信頼の証!
その信頼に応えずして、これから二つの魔族の融和がつつがなく進んでいくだろうか?
「……わかりました、窺わせていただきます」
「よっし!」
正直怖い。
めっちゃ怖いけど、ここはゼダン殿の想いに応えるためにも勇気を奮わねばならんか。
目の前の相手が信用できるとしても怖いことはあるの!
理屈の上では安全とわかっていても怖いものは怖いんだよって、いくらでもあるだろ!
* * *
ということで早速魔国へと訪問することになった我。
めっちゃ手早い。
ゼダン殿たちが帰還する船に乗せてもらって、そのまま魔国へと向かう我である。
「……この船、メチャクチャ豪華っすね?」
乗せてもらったのは魔国が所有する公船とのこと。
風がなくても進んでるんですが……、どういうこと!?
「魔法動力を積んだ自力航船だからな。さすがに魔国にも数隻とない超高級品なので気に入ってくれたのなら幸いだ!」
そっすか……。
ウチは島国だから造船技術進んでるでしょって思われるかもしれないんですがそんなことないんですよね。
第一に国土が狭くて、大きな船を作れる材料を確保できないの。
だから精々小舟でちょっと沖に出て魚釣りするぐらいしかしてこなかった。
「まあ、それでも上には上がいるので自慢にもならんがな。聖者様が所有する魔法動力船は、船体がすべて金属でできていて強度も船速も段違いだ」
「すべて金属!?」
どういうことですか!?
全部金属製だと水に沈まない!?
「それが聖者殿の凄いところで、それに比べれば魔都の賑わいなど普通のものよ。それでも我が身を粉にして治める自慢の都ゆえ、ガッカリされないことを祈るばかりだ」
あッ、これよくあるパターンだ。
知ってる、こうやってやたら謙遜するヤツほど限度を超えて凄いもの見せてくるんだと。
大丈夫だろうか? 我は(感性が)無事のまま魔島へ帰れるんだろうか?
様々な不安が渦巻く中で我は魔族発祥の地、魔国へと向かうのだった。






