588 決着、真魔国
しん……。
闘技場は、耳が痛くなるほどの沈黙に包まれた。
数多の人が集まり、つい一瞬前まではたしかに熱狂で騒然としていたというのに。
誰もが言葉を忘れ、息すら忘れていた。
大暴れの限りを尽くした、外界よりの英雄……正確には『英雄のたまご』に圧倒され。
「…………!?」
リテセウス本人も、この妙な感じになっちゃった空気に戸惑うばかりだ。
皆、彼の強さに度肝を抜かれているのだ。
自分たちの常識を超える、理解の限度を超えた強さを見せつけられたら、人は機械か何かのようにフリーズしてしまうらしい。
「……え、ええと……!?」
しかし、この状況にもっとも戸惑っているのは勝者であるリテセウスだった。
このように沈黙しかない特異な状況。
しかもその原因が自分であることをわかっているので、とてもいたたまれない表情をしている。
何とか空気を盛り上げようと無理をして……。
「か、勝ったどー……!」
と慣れないギャグをかますから痛々しくて見ていられない!
俺にできることと言ったらせめて、すべった感を紛らわすため。
「わー! 凄いぞリテセウス! わー!」
全力で乗っかることぐらいだった!!
パチパチパチパチパチパチパチパチパチ……。
単音で鳴り響く拍手が、余計空々しい。
「すごいのらー! うおー!」
おお!
魔王さんとグラシャラさんの娘、マリネちゃんも一緒に乗ってくれた!?
なんていい子なんだ! 将来ウチのジュニアの嫁に来るかい!?
「ま、なあ……!」
そんな俺たちの道化ぶりをぶった切って、魔王さんが話し出す。
「つつがなく全試合終了し、大したトラブルもなく重畳なことだ。どうかな島の魔王殿? 我が擁する魔王軍の、ほんの力の一端は?」
隣に座る真魔王さんへと告げる。
元々は島の魔国、大陸の魔国との間で行われた力比べ。
終わってみれば四対一という圧倒的ハンデの末、四戦全勝、四人抜きという快挙の下でこちら側が圧勝!
「リテセウスは、将来有望な我が軍の宝だ。ゆくゆくは人族魔族に関わりなく有望なる者を取り入れ、より完璧なる魔王軍に仕立て上げていきたいと思っている。リテセウスは人魔混交新生魔王軍の要となるべき男であろう」
まあ、そのためにウチの農場で修行させているんだしね。
魔国人間国の融和を考える魔王さんの本気ぶりを垣間見る言葉でもあるが、今、本題とすべきはそこではない。
「しかし勘違いしないでもらいたい。我が魔王軍はリテセウスだけではない。新人もベテランも、老いも若きも隔てなく有用の人材が揃っている」
ここでグイッと押し迫る魔王さん。
従来の目的通り。
こちらの圧倒的強さを見せつけて相手の戦意を削ぎ、平和裏に交渉していこうというのが本来の目的だもんね。
「そちらが望まれるなら更なる勉強の機会を設けてやってもいいが、いかがかな? 改めて確認しておくが、リテセウスはまだまだ年少で正規の魔王軍人ではない。それどころか併呑されたばかりの敵国の生まれで、ほんの数年前までは彼の先輩に当たる人族の猛者たちと、我が魔王軍はバリバリにやり合ってきた」
ここぞとばかり話に尾ひれを付ける魔王さん。
実際には、リテセウス並みのクッソ強い人なんて魔王軍にも人間軍にも早々いなかったと思うけどね。
しかし、相手をビビらせることこそが目的の今回のケースともなれば全力で乗っかるのだ!
『ククク、リテセウスなど我らの中で最弱……』とか吹かしてみるのだ!
相手はきっと想像の中で、勝手にリテセウス以上の精鋭集団を思い描いてくれることだろう!
……。
俺もつられて想像したら、予想以上に精神揺さぶられた。
でもマンガとかに出てくる敵幹部集団って、結局一番手がリーダーの次くらいに強いんだよね。
余談だが。
そして俺がそんな愚にも付かない妄想をしている間にも、魔王ゼダンさんはズンズンと相手を追い込んでいく。
「さてどうする島の魔王殿? 無論先の約束通り、我らが全戦全勝完全完勝したといえども、我らがアナタたちに何も要求することはない。ただ相互の理解を深めたかっただけだ」
さすが魔王さん、締め上げ方も随分サマになっとりますなあ。
「そちらは我々のことをしっかり理解いただいたかな? もし『足りない』とお思いなら遠慮なく言ってくれ。我が魔王軍の層の厚さを、存分に堪能いただこう」
「ふ……」
「ふ?」
「ふぇえええええええええええええええッッ!?」
真魔王さんが壊れた!?
いきなり子どものように泣きわめく!?
「凶悪じゃあああああああッ! 大陸の魔王は正真正銘の凶悪じゃああああああッッ!?」
「いや、ちょっとそんなことは……!?」
「お前らが本気になったら、我が国土など一日のうちに破壊し尽くされてしまうではないかああああッ!? そして住民は皆殺しにされ、建物はすべて取り壊され、地面に塩を撒いて人が生きていた痕跡から消し去るつもりなのじゃろう!? どこかの昔話みたいに!」
ないよそんな残虐昔話は。
「しかし我こそは、曲がりなりにもこの島の指導者! 殺すならまず我から殺せえええええッ! それより前に我が島民には指一本触れさせんぞおおおおおッッ!!」
と『煮るなり焼くなり好きにしろ』モードに入ってしまわれた真魔王さん。
ある意味情けないが、それでも民のために我が身を投げ出す姿は指導者として立派なものなので、闘技場に居合わせた人々の感涙を誘っている。
「無用の心配ですぞ」
そう言って、優しく手を取る魔王ゼダンさん。
「我々は、元から同じ魔族ではないか。五百年前の不幸より分断され、長らく触れ合うことのなかった兄弟が再会を果たしたのだ。これ以上喜ばしいことはない」
「おお……!?」
「この上は、再び出会った我々は手を取り合い、協力して生きていくことこそ必要なことではないか? 我はそう思う。対等な協力者として誼を通じていこう」
「ま、魔王殿……!!」
こうして二人の魔王は手を取り合い、平和りな協力体制がここに確立された。
その歴史的光景の目撃者となったコロッセオの観衆たちは惜しみない拍手を鳴らして祝福した。
今再び、二つに分かれた魔族は一つとなったのだ。
* * *
ってところで俺たちの役割は終わった。
ここから先の具体的政治的な話は、それこそ担当者のやるべきことだろう。現場を混乱させないためにも役割を果たした者は速やかに去るべきだ。
「リテセウスくん、おつかれー」
「お疲れ様でした……」
でも今回働いたのは俺よか圧倒的に彼だけどね。
リテセウスくん。
農場で学んだことをいかんなく発揮し、無双を実現してくれた。
「キミも格段に強くなったなあ。指導した先生やオークボたちもさぞかし喜ぶことだろう」
「いいえ、聖者様にはまだまだ及びません!」
……そんなことないよ?
皆は俺のこと戦闘キャラだと誤解しがちだけど、性根の段階で違うからね?
マンガでよくある『コイツは生まれながらの戦闘者だ! 常に戦いのことしか考えていないんだ!』っていうキャラの真逆のタイプが、俺。
きっと多少の実力差があったとしてもメンタルで覆されて負けるんだろうな。
だから絶対に戦わない。
問題があったら平和裏に解決させる。
それが俺のモットー!
「まあ、それのお陰で今日はリテセウスくんをたっぷり働かせてしまったがね。では帰ろうか、農場に」
とはいえ俺は転移魔法を使えない。
なのでどうやって帰るかというと、いつぞや魔法合成で作り出されたホムンクルス馬のサカモトを連れてきているからコイツに乗って帰る。
選りすぐりの名馬とドラゴンのDNAを合成して作り上げた究極駿馬だからな。
音速ぐらい平気で超えるし、空だって飛ぶ。
だから遠い海の向こうにある島からだって問題なく農場へ帰還可能。
「リテセウスくんも後ろに乗りなさい。二ケツは馬には重かろうが、サカモトなら問題なかろう」
「はーい」
ちなみにサカモトとはこの馬の名前です。
ドラゴンとの遺伝子合成で作られた馬……ドラゴン馬だから。
しかし、何だろう?
どこから視線を感じるのだが?
これは俺への視線ではないな? 俺のすぐ近くにいるリテセウスへの視線?
まあ、彼はここで大活躍したから注目を受けるのも当然だが……。
めっちゃ熱い視線を送っている主の正体が問題だった。
女の子ではないか。
しかも見覚えがある。
最後の試合でリテセウスくんと戦った、こっちの四天王のリーダーでしかも魔王の娘さんとか言ってた……!?
「いやあ、あれからずっと付きまとわれていまして。何でしょう?『今度いつ会えるの?』とか聞かれましてね。再戦の申し込みでしょうか?」
コイツ……!?
また新しい女に惚れられてる? 自然な流れで?
この見事なまでの主人公体質! いや英雄体質か?
英雄色を好むというし、何よりコイツの先祖返りした血の源は好色奔放で有名な天界神の血脈。
なんかこのリテセウスくんが将来札束の風呂に入りながら左右をお姉ちゃんに挟まれる姿が幻視された。
「よし、帰ろう。帰ってこのことをエリンギアにチクろう」
「え? 何でそこでエリンギアが出てくるんです? 待ってくださいよよくわからないけれど修羅場の匂いがプンプンする!」
初心でいながら本能で危険を察知するな!
奔れサカモト! このハーレム野郎に掣肘を食らわせるために!
あッ、リテセウスめ転移魔法使いやがった! 人族のくせに!
瞬間移動で先回りしてエリンギアを説き伏せる気だな!? そうはいくか!
サカモト今こそお前の最高速度が試される時だ!
転移魔法の速度を超えて農場へ帰れ! お前ならできる!
そしてリテセウスより先に農場にたどり着き、彼女にあることないことぶちまけるのだ!






