58 帰還
「そう言えばさ」
俺は前々から気になっていたことを魔王さんに聞いてみた。
「魔王さんは、ここに来る時どうやって来たの?」
アスタレスさんらが最初に来た時みたいな船はどこにも見当たらなかったけど。
魔王さん単独だったし。
今の今まで疑問に思わないのもアレな話だが、今はまったりしていて話題がないので試しに聞いてみた。
魔王さんは答える。
「それはもちろん転移魔法だ」
やっぱりあるんだそんな魔法。
「色々と制約があるが、行きたいところに瞬時にしていけるのは便利だな。習得が難しく、魔族の中でも使い手が数えるほどしかいないのも難点だが……」
「制約って、どんな?」
「あらかじめ設定しておいたマーキングポイントにしか転移できないことだな。つまり一度行ったことのある場所にしか転移できない。まあポイントの座標コードがわかれば、当人が行ったことがない場所にも転移できるのは便利だが」
魔王さんも、マーキングポイントを頼ってここまで転移してきたという。
「待って。マーキングポイントとかいつの間に? この付近ってことでしょ?」
「アスタレスの部下の一人に、転移魔法の扱いに特化して、そこを評価されて副官入りした者がいる。……たしか、ベレナだったか?」
バティじゃない方か。
もしかして最初に来た時か? あの時俺たちに悟られないよう密かにマーキングポイントとやらを?
「アスタレスが任務失敗の責任を追及され魔都から追放される直前、我にだけわかるよう、この土地のマーキングポイント座標コードを記したメモを残していってくれた」
そのおかげで……。
「我は彼女たちを追ってこれて、晴れてアスタレスと結婚できたのだ」
魔王さんはしみじみと言った。
つまり彼とアスタレスさんを結んだ愛のキューピットこそ副官ベレナだったと?
地味にいい仕事するなあの子。
「でも、そんなマーキングがあるとしたら危ないんじゃない?」
転移魔法の使い手は、まだ魔族の中にいるだろうし、魔王さんたちを追って新たな魔族がここへ訪れるということも?
「問題ない。マーキングポイントもアクセスするための座標コードは暗号化されている。ポイントを作った本人から教えて貰わない限り特定不可能だ」
それはまた便利。
「さらに千里眼魔法に対する認識阻害まで掛けてあるのだから、連中はここに来るどころか我がここにいることすら察知できまいよ」
「認識阻害?」
「何だ気づいていないのか? 以前話した千里眼魔法のことは覚えているだろう?」
はい。
魔族が使う魔法の一つで、遠く離れた場所もつぶさに確認できるんですよね?
「この土地には、その千里眼を無効化する強力な認識阻害魔法が張り巡らされている。それのおかげで、ここ一帯は完全に魔法探知の視界の外だ」
何それ初耳。
「そんな助かる魔法を、一体誰が掛けてくれたんだ?」
「それは……!」
魔王さんの目が横を向く。そこには人化したドラゴン、ヴィールが。
「何だご主人様。やっと気づいてくれたのか? あのアホどもを戦場へ放り込んだ帰りにすぐ結界を張り巡らせてやったのに」
「竜魔法で張った認識阻害結界ならば、魔族に破ることなど絶対不可能だろう。おかげで我も実際に足を踏み入れるまでここの様子を知ることができなかった。アスタレスを取り戻したい一心で、一か八かのつもりで飛び込んだのだ。ハハハハハ……!」
なんと、ヴィールがそんな気配りを?
ひょっとしなくても俺のためか?
「ご主人様はこの地で静かに暮らしたいらしいから気を利かせてやったのだ。それなのにご主人様は、まったく気づかないで……!」
「ごめんごめん。感謝が遅れたな。おー、よしよし……!」
謝罪とお礼を込めて頭を撫でてやると、ヴィールは気持ちよさそうに目を細めた。
何だか顎の下も撫でてやりたくなった。
「静かに暮らせているのは我も同様だ。こんなに穏やかな日々は生涯初めてかも知れん。しかも生涯の伴侶となったアスタレスと共に。聖者殿たちには感謝するばかりだ。しかし……」
魔王さんが立ち上がった。
「それも、そろそろ終わりにしなければ」
「え?」
「我の不在に浮かれて、思わず決起してしまったお調子者たちの内紛も、煮詰まってきた頃だろう。その期に帰還を果たし、不心得者どもを一手に薙ぎ払い。魔族全体の人心を改めて掌握し直す!」
「おおー!」
そのためにこの開拓地に留まっていたということか!
ただアスタレスさんと新婚イチャイチャしたかっただけじゃなかったんだね!
「この地での生活は楽しかったが、我は魔王。支配者の義務を果たさねばならん」
「その言葉、いつか放たれるものと思っておりました」
アスタレスさんが出てきた。
「冥神ハデスの前で永久の愛を誓ってより、この身は常にゼダン様の傍らにと覚悟しております。どうか私を魔都へとお連れください」
「うむ!」
魔王さんは、アスタレスさんの肩を抱き寄せた。
多くを言わなくても通じ合える以心伝心と言った感じ。
「アスタレス様」
「我々もお供を……!」
副官のバティ、ベレナも並んで跪いた。
元はアスタレスさんに従ってここへ来た二人。去る時もアスタレスさんと共にだろう。
「バティ。無理をすることはない」
そんな彼女らにアスタレスさんは優しく声をかけた。
「家業を継ぎ、立派な仕立て屋になることがバティの夢だったのだろう? お前はここで、その夢を果たそうとしている。ここに残って夢を追いかけ続けなさい」
「アスタレス様! ですが……!」
「ベレナ、お前も一緒に残ってやってくれ」
アスタレスさんが、既に魔王妃の威厳で言う。
「この地へ再びやってくるために、転移魔法は必要不可欠だ。ここに設定された転移ポイントの番人となってくれ」
「そ、それは……!」
「転移ポイントは、設定地点の環境が一定以上変わると自然破棄される仕組みになっている。転移先が人の生存できない環境になっている場合に備えた安全装置だな。この地は、聖者様の開拓で日々目まぐるしく進化する。誰かが管理していなければ、すぐ消え去ってしまうだろう」
それでいいだろうか? とアスタレスさんの視線が俺に向けられた。
俺としては全然問題ない。深く深く頷いた。
「アスタレス様! 実はアスタレス様のために仕立てたドレスがございます! 魔王妃に相応しい出で立ちをと思って作成した一着です! どうかそれをお召しになって魔都へとお帰り下さい!!」
「このベレナ、魔王様たちとこの土地を繋ぐ役目をキッチリ果たしてみせます! どうかご心配なく、魔都へ戻りお役目をお果たしください!!」
こうして魔族副官バティとベレナはこの土地に残って、魔王夫妻は魔都へと戻ることになった。
みずからの地位に伴う役割を果たすために。
でもまあ、ベレナを残して転移ポイントを確保するってことは、またいつでもここへ戻ってくるつもりなんだろうけどな。






