587 英雄快進撃
第三試合……。
「フッ……、ネフィルもバリーラも所詮一芸特化のイロモノにすぎん。真の強者とは、すべてに秀でて完全無欠なるものだ。それにおいてはこの四天王の一人、万能のラミエ、弱点なくいかなる状況においても実力を発揮し、攻撃防御スピード魔法知能忍耐ジョークに社交までいかなる面でも……、ぶげえええええッッ!?」
「単なる器用貧乏だったな」
めっちゃ雑にリテセウスくんが勝った。
これで全四試合中三試合が終わり、いずれもリテセウスくんが勝利。
しかも圧倒的に。
さすがにホームグラウンドチームのあまりにズタボロな試合内容で、会場は静まり返るのみ。
「強い……、強すぎる……!?」
「あれが人族の力なのか……!?」
「しかもアイツはまだ子どもだろう? 正規兵にもなっていないんだろう?」
「あれで半人前だって言うのかよ!?」
「いやそれ以前に、あんなメチャクチャ強い人族を相手に戦争して勝ったっていうのか大陸の魔族は? じゃあ大陸にいる魔族は、あれよりもさらに強い……!?」
いい感じに困惑が高ぶっています。
そして推測が独り歩きしている。
リテセウスという新鋭が映し出す影絵。
それが無秩序にどんどん大きくなっていって島の魔族を恐怖に陥れていく。
ですよね魔王さん?
「……なあグラシャラよ」
「何です魔王様?」
「我が方の魔王軍四天王がリテセウスとぶつかったとして、勝つことができるだろうか?」
「ベルフェガミリアは何とかするでしょう。それ以外のヤツはまあ無理ですね」
とにかく、リテセウスの強さに圧倒され、それに引きずられてゼダンさんの魔族や魔国を恐れるようになってくれたら万々歳。
今回のイベントの目的は達成されたようなものだ。
「……いいや、まだじゃ。まだじゃ!」
そんな中、自称・真魔王のアザルさん、ワナワナ震えながら言う。
「まだ最後の一人が残っておる! 四天王の四人目、その頂点に立つ究極の戦士が! シェミリ!」
名を呼ばれ闘場へと上がってきたのは、妙齢の美女だった。
魔族らしく濃い色の肌で、それでいてどことなく高貴な気配を漂わせる。
「我が娘であるシェミリの実力は、前の三人とは比べ物にならんぞ! やるのじゃシェミリ! なんとしてでも勝って真魔国の誇りを守るのじゃ!」
「かしこまりました父上」
魔族の若い女性、細身の剣をかまえて戦闘態勢をとる。
「この魔剣アデックァに懸けて、必勝をお約束します。そもそも人族は、魔族にとって究極の宿敵。そのような者と戦うことは魔族の本懐と心得ます」
「試合開始!」
最後の勝負が始まった。
合図とともに果敢に攻め立てる美女魔族。フェンシングを思わせる刺突の連発をリテセウスはかわす。
「うおッ!? よッ!」
「どうした人族!? 避けるばかりで反撃もできないのか!?」
対戦相手の言うように、リテセウスくんの動きがここに来て明らかに鈍くなっている。
四連戦の疲労がついに表れたか?
いや違う。そんなことじゃない。
「これはリテセウスくんの弱点を突いた戦いになるかもしれない!」
「弱点だと!?」
そう、どんな子にも得手不得手がある。
農場でエリート教育を受けて、もはや完全無欠というべきリテセウスくんだが、そんな彼にも克服できない欠点がある。
それは……。
女性!
特に綺麗な女性!
「うわあ……、やりにくいなあ……!?」
やっぱり当人もそんなこと言いながら攻撃を回避し、自分からは少しも反撃しようとしない。
前の三戦ならとっくに終わっているはずの頃合いなのに。
「リテセウスくんは、女性を傷つけられないタチなんだよねえ」
なんという主人公体質。
それでなくても彼の体には、かつて人と交わった神の血が濃厚に発現しているのである。
しかも女ったらし、スケコマシで有名な天界神の血が。
それで女性を、単に敵だなどと認識できるわけがない。
「何故反撃してこない!? 戦う気がないの!?」
先に業を煮やしたのは対戦相手の女性の方だった。
……見た感じでけっこう若く、リテセウスくんと同じかちょっと上くらいの世代だな。
「女と見て私を侮るの!? これでもスポンチナ島で最強と言われた腕よ! 甘く見ていたら死ぬことになるわよ!!」
「いや、でも可愛い女の子にケガさせたら嫌だし……!」
「可愛いッ!?」
ボッと顔が赤くなる対戦相手。
前にも同じようなことしたよねリテセウスくん?
「敵に対して『可愛いキレイひまわりのよう』だなんて……!? 浅ましい挑発ね!」
「そこまで言ってないけど!?」
「もういいわ! この私のために打ち鍛えられた魔剣アデックァで串刺しにしてあげるわ!」
…………。
女性との戦いになると何故か途端に応援されなくなるリテセウスくん。
元からアウェーであるここですら、さらに冷たい視線にさらされる。
「あの乙女……『魔剣』と言ったか?」
「え?『負けん』?」
そんな中さすがの魔王さんだけは冷静な判断で言う。
「聞いたことがある。昔、聖剣に次ぐものとして、魔族が数千年という研鑽の末に製造法を確立した魔剣という武器があったと。聖剣には及ばぬものの、それに追随する剣気と、大量生産が可能ということで一時期魔王軍の主力武器になっていたと」
え?
でも今の魔王軍の人って、魔剣とやらなんか持っていなかったですよね?
「ある時期から魔剣の生産法が断絶し、作られなくなったからだ。ゆえに現在の魔国では聖剣以上に幻と化し、伝説でしか語られなくなったが……。こちらに伝わっていたのか、魔剣の作り方が……!?」
「フォホホホホホホッ!! その通りよ!」
いきり立つ真魔王。
「魔剣アデックァは、シェミリの体格、闘法、性格すべてに合わせてオーダーメイドで作られた特注品じゃ! あの魔剣で戦うシェミリに敵はない! 天地に最強の王女なのじゃああああッ!!」
他にも最強っぽい王女は幾人か心当たりがあるが、今はそれどころじゃない。
ここでリテセウスくんが勝たないと厄介なことになるからな。
俺が一つ激励してやらねばいかんか。
「リテセウスくん、キミが他の女性に鼻の下伸ばしてたってエリンギアに言うよー」
「やめて!!」
やっぱりこの手の脅しが覿面に聞いた。
彼女にあることないこと吹き込まれたくなかったら、ちゃんと戦うんだ! そして勝つんだ! リテセウスくん!
「いや、元々勝つつもりではあったけどこうなったら仕方がない。僕も使うしかないな、必殺武器を!」
腰から下げていた剣を、鞘より抜き放つ。
そう今日のリテセウスくんは帯剣していたのだ。この日のため、立派な魔国の代表として戦えるよう特別に用意したものだ!
「聖者様が打ってくださったマナメタル製の、聖剣っぽい剣!」
鞘から放たれた瞬間、凄まじいまでの剣気が噴き出し、渦巻きながら空気を巻き込んで乱気流を作り出す。
その強さは聖剣級。
「うわあああああーーーッッ!? どういうことだ!? アレは何なのだ聖者殿!?」
さすがに魔王さんも驚いて俺へと問い詰める。
「いや……、リテセウスくんに必勝の願いを込めて一から作ったものなんだけど。出来上がったら、なんか普通に聖剣並みの性能があってね」
「聖剣並みの性能!?」
リテセウスくんが振り上げる聖剣から、まばゆく輝く剣気が噴出。
まるで間欠泉のようで、あるいは刀身が何倍も伸びて広がったかのようだ。
「うええええええッ!?」
対戦相手のお嬢さん、おののきながらもレイピアっぽい魔剣を虚空に数度突き、その動作に合わせて差し穿つような剣気を機関銃のように飛ばす。
しかしリテセウスくんの振り下ろす大剣気には何の意味もなかった。
小さな剣気は大きな剣気にいともたやすく弾かれ、相殺すら叶わない。
むしろ少しも威力を弱めないリテセウスくんの剣気は、その巨大さで相手を飲み込むとすら思われたが……。
「きゃあああああああああッッ!?」
その攻撃範囲は、相手のお嬢さんに届くギリギリ手前で途切れ、相手を害することがなかった。
その代わり、闘技場の地面を大きく斬り裂き、まるで地割れが起きたかのような体になっていた。
……神の力をその身に宿したリテセウスくんが、聖剣級の力を振るうとああなるのか……。
「勝負はどうします……?」
「勝ちで……、そちらの勝ちでいいです……!」
真魔王さんの搾り出すような声で、リテセウスくんの四戦全勝が確定した。
よくやったぞリテセウスくん。
強いぞリテセウスくん。
彼の大活躍に恐れをなして、真魔国側も強気な態度を改めてくれたらいいなあと思った。
それが元々の狙いだからね。