586 リテセウス参戦
人族のリテセウスくんは、ウチの農場で勉強修行している留学生の一人だ。
魔王ゼダンさんが将来のことを考え、併合した人間国の人々からも優秀な人材を登用して高い地位に就けようという意図から英才教育を施している。
そんな中でもっとも将来有望なのがリテセウスくんだ。
能力A、賢さA、成長性A。
人間族は遥か昔、神々の火遊びで生まれた半神半人のハーフがたくさんいたとのことだがリテセウスくんはそうした血統が先祖返りしている。
人でありながら神のような力を持ち、しかも努力することで力をさらに伸ばしていく。
ウチの農場でも出色の有望株なので、今回のイベントにも呼び出しがかかった。
「……リテセウスくん、今回のキミの役割はわかるね?」
「ハイ!」
セコンドでリテセウスくんにアドバイスする俺。
「俺たちの目的は、本格的な戦争をすることなく真魔国の人たちと手を結び、対等な関係を築き上げることだ。キミはそのための手段だ」
「ハイ!」
「今、会場の人たちは皆思っているぞ。『人族』で『子ども』で『正規兵じゃない』、しかも『たった一人』。そんなヤツに自分たちが負けるはずがないと」
「ハイ!」
そんな彼が圧勝したらどうなるか?
予想を覆された真魔国の人々は心底ビビッて、ゼダンさんの魔国と正面からぶつかることを躊躇うだろう。
それをもって戦争という選択肢を捨てて、平和的な交渉へと進もうとするはずだ。
「だからこそキミに負けは許されない! ただ勝つだけでも許されない! 求められるのは完璧な勝利! 圧倒して蹂躙する完全無欠の勝利だ! キミならできる、いってらっしゃいませ!」
「いってきます!」
そして闘技場へと駆けていくリテセウスくん。
既に敵の一番手がスタンバイしていた。
「我らが真魔国の一番手は四天王の一人、怪力無双のネフィルだ! 木こりの仕事で培った筋肉は、丸太よりも太くて重い! そのパワーで人族など一ひねりだぞー!」
なんか実況ぽい人がアナウンスしている。
その間に魔王さんたちの待つ観客席に戻る俺。
「……アザル殿、あらかじめ断っておくことがある」
「なんじゃな?」
魔王ゼダンさん、静かに闘技場を眺めながら言う。
「この親善試合、あくまで互いの理解を深めるのが目的であり、何かを決めるものではない。よって敗者が何かを失うことも、勝者が何かを得ることもない。賭け試合などではないことを言明しておく」
「なんじゃ? もう負けた時の逃げ道づくりか? あの人族小僧が負けた時に備えて保険でもかけておくのか?」
「これは、アナタ方へのいたわりのために言ったことだ。我はリテセウスの勝利を微塵も疑っていない。その証拠に、リテセウスが敗北した際には我が魔国の支配権をアザル殿、そっくりアナタに譲ろうではないか」
「なんと!?」
これにはアザルさんも驚き目を丸くする。
「重ねて言うが、アナタ方が負けた際には何も差し出さずともよい。勝つのはリテセウスに決まっている。たとえ相手が四人であろうが百人であろうが。敗者はいたわってやらねばならない」
なんという大胆な発言。
魔王さんはそこまでリテセウスくんを信じているというのか?
「ひょ……、軽率な男じゃ。その言葉あとでなかったことにしてくれと鳴きを入れる様が目に浮かぶようじゃがな」
「驚きすぎて最初に変な声が出ましたね」
「煩いわ!」
魔王さんも策がわかっているな。
圧倒的な自信を見せつけることで相手の戦意を削ぐ準備を整えている。
そうしているうちに第一試合スタート。
リテセウスくんの前に、小山のごとき巨漢が立ちはだかる。
「オラは四天王の一人、ネフィルだよー!」
大男が言う。
「勝ったらたくさんご褒美をくれるって魔王様が約束してくれたからよ! チビと言えども容赦しねえぜ! オラの怪力で三つ折りに畳んでやるでよぉー!!」
そう言って丸太のように太い両腕が差し出される。
その両手をリテセウスくんは掴み返す。
がっぷりと組合の形に!
「バカなチビだよぉー! 力自慢のオラ相手に力比べかよぉー!?」
「……」
「お? おおおお……!?」
観衆はまだ気づかない。
闘場で組み合う二人は微動だにしないのだから。
しかし少しずつ異変に気づいてくる。
「お? お? おおおおッッ!? 何だべ!? まったく動かないべ!? こんなチビのくせに! フルパワーだべうごおおおおおおッッ!!」
しかしリテセウスくんは全身どころか、組み合う腕すらピクリとも動かない。
「フルパワーの中のフルパワーだべ! うごおおおおおおおッッ!!」
「前と変わりませんけど?」
リテセウスくんは冷たい声で言った。
「僕が修行している農場には、凄まじい腕力と豆好きで有名な女性がいます。その人に比べれば……ネフィルさんでしたっけ? アナタの力はその百分の一にも及ばない」
「おげげげげげげげげげぇーッ!?」
一瞬にして攻守が逆転した。
リテセウスくん力を入れると相手は少しも耐え切れずに崩れ落ちる。
剛力に押し込まれる。
「うげええええッ!? いてえええええッ!? 押し込まれる! 体が九十九折れになっちまうべよおおおおおッッ!?」
「コンパクトになっていいじゃないですか」
力自慢の巨漢は、地面に膝をつき、背は大きく反って、両腕は変な方向に圧縮されて今にもへし折れそうだった。
パワー自慢がパワーで圧倒されている。
その光景は、彼の味方からすれば悪夢であろう。
「いでででででぇー!? 降参だ! 全身の骨が粉々になっちまうううううッ!?」
「正しい選択です」
リテセウスくんがパッと手を放すと、パワーキャラはその場に崩れ落ち、ピクリとも動かなかった。
きっと全力を込めてリテセウスくんに対抗していたのだろう。それでも押し込まれて体中の骨をへし折られそうになった。
精魂が尽き果てた感じになっている。
「……だ、第一試合、勝者リテセウス」
あまりにも一方的な試合に、声も出ない観客席。
まあリテセウスくんからすれば完全アウェーなんだし、歓声なんて上がりようがないな。
「やったぞリテセウスくん! 我が農場の一番星!」
せめて俺だけでも彼の味方になってやらねば。
ということでパチパチパチパチパチパチパチ……!
「だ、第二試合を開始しますー」
そうだった。
対戦者は全部で四人。リテセウスはその全員を一人で倒さないといけないんだ。
エントリーでそうなっているから。
リテセウスくんは四連戦して、その中のどれかで一敗でもしてしまえば、こっちの負けになってしまう。
誰だ? こんな不利な対戦組んだの?
俺かな!?
「ケーッヒッヒッヒッヒ! アッシはネフィルのようにはいかないでゲスよ!」
二人目の選手が早速登場。
痩せて手足が異様に長い、軽そうな男だ。
「四天王の一人、疾風迅速のバリーラでゲス! やはり世界を決めるのはスピードでゲスよ! 飛脚としてスポンチナ島の隅から隅までを駆け回るアッシの脚力を見るでゲスー!!」
そして痩身の男、リテセウスの周りを激しく駆け回る。
あまりに素早くて彼の姿の輪郭がぼやけて残像しか目を追うことができない。
「失敬! 速すぎて見ることができないでゲスね!? だったらすぐさま終わりにして……ッ、うおッ!?」
スピード自慢の痩身男は急ブレーキをかけて止まった。
目の前にリテセウスがいたから。止まらなければ危うく正面衝突するところだった。
「アッシとしたことが進路を間違えてしまったようでゲスね!? では改めて……、ぬおッ!?」
進行方向を変えて再び走り出そうとするも、またその眼前にリテセウスくんがいて前進できない。
また方向を変えても……横を向いても後ろを向いても、そのたびにリテセウスくんが先回りして通せんぼする。
「ど、どういうことでゲスか!? まさか超スピードで、アッシが振り向くより先に、その前に!?」
「遅いな……」
またリテセウスくんが冷たく言う。
「ゴブ吉さんに比べればあくびが出るほどに遅い。あの人は『超音速移動』『未来予知』に加えて最近『時間停止』までできるようになった。その複合攻撃の厄介さに比べれば、アナタとの速さ比べなんて昼寝のようだ」
え?
ちょっと待って?
ゴブ吉が時間停止できるようになったってどういうこと? それって頑張れば使えるようになるものなの?
そしてそのチートにチートを重ね掛けしたような概念を『厄介』で済ませちゃえるリテセウスくんって?
「『速さ』を語るには性格がのんびり過ぎるようだな。もう少しせっかちになって出直してこい!」
「ゲスううううううううううううッッ!?」
吹っ飛ばされるスピードの人。
殴られてはいない。リテセウスくんは彼の体に指一本触れなかった。
彼が超高速で移動したことにより発生したソニックブームだ。
それが必殺の一撃となって敵を吹き飛ばした。
最後まで敵の流儀に従って、速さだけで勝った。






